10.この世界もいろいろ大変です
町に辿り着き、魔法も覚え、気づけば異世界に来て1ヶ月が経っていた。
そろそろ、俺たちも新たなステージへ進まねばなるまい。
そのためには、やはりモンスター討伐だ。
「危険なクエストは絶対に選ばないこと、必ず5人以上のグループになること、危ないと思ったらすぐに帰ること。この3つは絶対に守ってね」
出発を目前に、日比野がロビーで力説している。
「じゃあ、初討伐クエスト、しゅっぱーつ!」
日比野が明るい声で宣言すると、宿の扉を開け放つ。
「魔王軍襲撃! 冒険者の皆さんは、直ちに冒険者ギルドへ集まってください」
外に出た瞬間、町中の魔法連絡装置から声が響く。
「ま、魔王軍!? どういうこと!?」
「お、落ち着いて! ひとまずギルドに急ごう」
俺たちは、予定よりもかなり急ぎ目にギルドへと移動した。
ギルドは、こんなにいたのかと驚くに十分足るほどの冒険者で溢れかえっていた。
ギルドの人が手を叩くと、冒険者たちの注目が吸い付けられる。
「現在、町の東側からの魔王軍の接近を確認しております。規模はアンデッドやゴースト中心で、1000匹ほどとみられます」
「「せ、1000!?」」
その想像だにしなかった巨大な数に、俺たちは飛び上がる。
他の冒険者たちも、怯えたり慄いたり……。
していない。
「おいおい、なにビビってんだ? アンデッド1000匹倒すなんて、人間5人倒すより簡単だぜ」
「言い過ぎだろ。……だが、あいつらは数が頼りの低脳だから、遠距離攻撃ぶちこみゃすぐに倒せる。まあ、普通のクエストよりずっと簡単だ」
……魔王軍弱すぎません?
まあ、倒さねばならないのは間違いない。
俺たちは、東の城門へと向かった。
広い平原を望む、東の門。
目を凝らして見ると、微かに人だかりがこちらへ接近しているのが見えた。
いや、正確には人ではないが……。
「簡単な相手だが、油断はしないように。魔術師は魔法を放てるよう用意、衛士は念のため前に出て。剣士も剣の点検を」
この町の防衛隊長、ハンドンはテキパキと指示を出している。
防衛隊というのは、冒険者が町を守るために作った軍隊みたいなものだ。
冒険者ギルドを管理しているのも、防衛隊である。
「魔法の発動準備! 俺の合図で、一気に倒すぞ」
ハンドンの指示に従い、俺は魔法を準備する。
実のところ、俺はこの戦いには結構自信がある。
すきま時間を活用し、魔法鍛錬を怠らなかったこの1ヶ月は、無駄ではなかった。
つい先日、オリジナル魔法の創造に成功したのだ!
……とか自慢げに語っているが、別にすごいことではない。
やっていることは、イメージするものをちょっくら変えただけ。
もともと同じ魔法でも使用者によって効果は変動するし、その変化の幅がちょっと大きいだけだ。
その魔法は、炎属性と闇属性を組み合わせたもの。
毒の瘴気を孕んだ炎が、敵を焼き尽くす。
普通の炎魔法よりもダメージ効率が高く、普通の闇魔法よりも使い勝手が良い。
いいとこ取りと言ったところか。
命名、『不知火』。
由来? なんかかっこいいからだ。
理由など聞くもんじゃない。
おっと、自分語りしている場合ではない。
手先に魔力を流し込み、同時に残酷な闇の炎を思い描く。
生じた光球は、禍々しい臙脂色の光を放つ。
辺りの空気に、熱がこもる。
魔力が溶け出している証拠だ。
手が熱い、痛い。
耐えろ。これを乗り切れば、俺は『平凡』の檻から抜け出せる。
戦果を上げ、冒険者として頭角を表す。
俺は決して、普通の男子高校生などではない!
「攻撃開始! 放てーっ!」
ハンドンの声が、高らかに響き渡る。
「『不知火』っ!」
何百ものドス黒い火の玉が、濃赤色の光から飛び出す。
それらは拡散し、敵陣に突っ込んでいく。
魔力を気にせず魔法が使えるのは、神のおかげかな、とちょっぴり思った。
アンデッドの群れには、色とりどりの炎や電撃、嵐や岩石が降り注いでいた。
まとまりのない乱暴者の集団、という俺の冒険者に対する偏見は、綺麗さっぱり消えた。
彼らの頭にあるのはただ一つ、自分の、大切なものの住むこのアルトを守りたい。
ただ、それだけだろう。
「やめ! 水魔法で鎮火を!」
草原に襲いかかる怒涛の攻撃は止み、恵みの雨のような水が降り注ぐ。
ときどきこうして生態系が破壊されるのに、しぶとく生えてくる草はすごい。
大自然に感動していると、まもなく戦地を覆っていた水蒸気の煙が晴れた。
そこには、アンデッドのかけらすら見えなかった。
「勝ったぞー!」
「「うおおおおおっ!!」」
ハンドンに続き、冒険者たちが勝鬨を上げる。
俺たちの完全勝利だ。
どこからともなく、戦勝を祝う陽気な音楽が聞こえてくる──
ドスン!
突然響いた、内臓を揺らす地響き。
地震か!? 日本生まれの身としては、恐ろしいものだ。
だが、どうも揺れ方が違う。
ドスン!
地震のように長く揺れるわけではなく、規則的に強い揺れが起こる。
ドスン!
言うなれば、足音──
その時、最前に陣取っていた衛士たちから悲鳴が上がる。
何かが再び攻めてきたのか!?
俺は、先ほどの戦闘の跡のまだ残る草原に目をやる。
そして、息を呑んだ。
人間の数倍はあろうかという巨体。
額から突き出した、2本の真っ白な角。
何より目を引いたのが、その真紅の体色。
日本生まれの身としては、どうしてもアレを想像せずにはいられない。
節分に家にやってきたり、桃太郎に退治されたりする、アレである。
「お、鬼ぃ!?」
隣の井川から、驚愕の言葉が漏れる。
そう、鬼。
強大で残酷な鬼が、この町に攻め入ろうとしているのだ。




