第9話「椿の選択」
放課後。
竜胆椿は教室を出ると、廊下の窓から校庭を眺めた。
校門の向こうでは、生徒たちがそれぞれ帰路についている。
その中に、秋山天馬の姿があった。
大地夢斗と佐久間海斗。
三人で並んで歩いている。
「……三人か」
椿は小さく呟いた。
昨日までなら、天馬と自分が少し話した程度だった。
だが、今は違う。
天馬の周りに人が集まり始めている。
それが良いことなのか。
椿には、まだ判断できなかった。
「竜胆」
背後から声がした。
振り返る。
そこにいたのは、以前から何度か自分に声をかけてきた男だった。
椿は窓から離れた。
「何だ?」
「ちょっと付き合ってくれ」
「どこに?」
「学校の外だ」
椿は男の顔を見た。
これまで何度か秋山天馬について聞いてきた。
それだけではない。
天馬の周囲を探るような言葉もあった。
「秋山のことか?」
「……そうだ」
椿は少し黙った。
それから鞄を肩に掛け直す。
「分かった」
「いいのか?」
「俺も聞きたいことがある」
男は何も言わず、歩き出した。
椿もその後を追った。
一方。
校門を出た天馬たちは、駅とは反対方向へ歩いていた。
「なあ、天馬」
夢斗が隣から声をかける。
「何だ?」
「昨日の奴、やっぱ強かったな」
「榊原?」
海斗が口を挟む。
「ああ。あいつ、普通の喧嘩とは違った」
天馬は黙って歩いていた。
昨日、隼人と殴り合った感覚が残っている。
拳を握る。
力を込めただけなのに、妙に身体が軽くなる瞬間があった。
相手の動きが見えた。
考えるより先に身体が動いた。
「……何なんだろうな」
「何が?」
「いや」
天馬は拳を開いた。
「最近、喧嘩すると変な感じがする」
夢斗が笑う。
「強くなってるってことじゃね?」
「そうなのかな」
海斗は天馬の横顔を見た。
「強くなってるだけなら、それでいいんだけどな」
「どういう意味だ?」
「昨日の最後の動き」
海斗は少し考える。
「自分でやった感じ、あったか?」
天馬は答えなかった。
「……分からない」
三人の間に少しだけ沈黙が流れた。
その頃。
椿と男は、学校から少し離れた場所まで来ていた。
人通りの少ない路地。
男が足を止める。
「秋山天馬」
椿も立ち止まった。
「またその話か」
「お前はどうする?」
「何を?」
「秋山と関わるのか」
椿は男を見た。
「それを聞いてどうする?」
「別に」
「なら、答える必要はないだろ」
男は少しだけ目を細めた。
「……そういうところは、変わらないな」
椿は眉を寄せる。
「俺のことを知ってるのか?」
「少しな」
「どこで?」
男は答えなかった。
椿は一歩前へ出る。
「秋山に何をするつもりだ?」
「まだ何もしない」
「まだ?」
「様子を見てる」
椿は黙った。
最近、天馬の周囲が少しずつ騒がしくなっている。
椿には、それが偶然だけとは思えなかった。
「俺は秋山と話す」
男が顔を上げる。
「それがお前の答えか?」
「ああ」
「関われば、面倒なことになるぞ」
椿は視線を逸らさない。
「面倒かどうかは、俺が決める」
男はしばらく椿を見つめた。
「……そうか」
それだけ言うと、男は歩き出した。
椿はその背中を見送る。
そしてスマートフォンを取り出した。
連絡先を開く。
秋山天馬。
まだ登録したばかりの名前。
椿は少し迷った。
だが、そのままメッセージを送る。
『今日、少し話せるか?』
数秒後。
画面が光った。
『いいけど、どこで?』
椿は短く場所を入力した。
『学校近くの公園』
『分かった』
椿はスマートフォンをポケットにしまった。
「……行くか」
夕暮れの道を、一人で歩き始める。
その頃、天馬たちも公園へ向かっていた。
「天馬、今日も三人で飯行こうぜ」
夢斗が言う。
「いいな」
海斗も頷く。
「じゃあ決まりだな」
三人が角を曲がる。
その先に、公園が見えた。
そして入口付近に、一人の男が立っている。
「……椿?」
天馬が足を止めた。
椿もこちらに気づく。
「秋山」
「どうした?話って?」
椿は三人を見た。
少しだけ間を置いてから口を開く。
「少しいいか?」
夢斗と海斗が顔を見合わせる。
「俺たちは?」
海斗が尋ねる。
椿は少し考えた。
「……一緒でもいい」
天馬が笑う。
「じゃあ、そこで話そうぜ」
四人が公園へ入っていく。
夕暮れの空の下。
それぞれの思惑が交わり始めていた。
第9話 完




