第8話「校外の敵」
「少し話そうぜ」
駐車場に、その声だけが響いた。
天馬は目の前の男から視線を逸らさない。
「何の話だ?」
「この前、お前がやったことについてだよ」
「だから、俺は黒田を一人で倒したわけじゃねぇって」
「ほんとか?」
男の口元が少し上がる。
「ほんとだよ!嘘ついてどうする」
「そうか」
男は天馬の前まで歩いてくる。
「俺は榊原隼人」
夢斗が眉をひそめる。
「榊原?」
「そう。お前らの学校とは別だ」
隼人は周囲を見回した。
「黒田とは中学が一緒だった。それだけだ」
天馬が聞く。
「じゃあ、黒田のために来たのか?」
「それもある」
「それも?」
「黒田が負けたって聞いてな。どんな奴に負けたのか、見てみたくなった」
夢斗が鼻で笑う。
「わざわざ四人も連れて?」
「お前らだって三人いるだろ」
「俺たちは帰りに飯食いに行くだけだったんだけどな」
「そうか」
隼人は天馬を見る。
「なら、簡単だ」
一歩近づく。
「俺と一対一でやろうぜ」
夢斗が反応した。
「秋山」
天馬は手を上げて止める。
「いいよ」
「天馬!」
「俺のことを探してきたんだろ」
天馬は隼人の前へ出た。
「だったら俺が相手する」
隼人が笑う。
「話が早いな」
二人が少し離れる。
夢斗と海斗は後ろへ下がった。
「本当に一対一か?」
海斗が聞く。
「そのつもりだ」
隼人が答える。
「周りは手を出すなよ」
夢斗が腕を組む。
「言われなくても、そのつもりだ」
天馬が拳を握る。
隼人も構えた。
「行くぞ」
先に動いたのは隼人だった。
一直線に踏み込む。
天馬が拳をかわす。
すぐに二発目。
天馬は腕で受けた。
「重い……!」
隼人がさらに踏み込む。
天馬は後ろへ下がる。
「どうした?」
「……まだこれからだ」
天馬が踏み込む。
拳を振り抜く。
隼人は腕で防いだ。
「いい拳だ」
「そっちもな」
天馬が連続で拳を繰り出す。
一発。
二発。
三発。
隼人は防ぎながら距離を取る。
「速いな」
「逃げてんのか?」
「まさか」
隼人が踏み込んだ。
天馬の腹へ拳が入る。
「ぐっ!」
天馬の体が折れる。
そこへ追撃。
天馬は横へ転がってかわした。
「危ねぇ……」
夢斗が思わず前へ出そうになる。
海斗が腕を掴んだ。
「まだだ」
「分かってる」
天馬が立ち上がる。
口元を拭う。
「強ぇな」
「お前もな」
隼人が構え直す。
「だから面白い」
二人が再びぶつかった。
拳が交差する。
天馬の肩に一発。
隼人の頬にも一発。
互いに下がる。
息が荒くなる。
「……やっぱり、昨日の噂は嘘じゃなかったな」
隼人が笑う。
「何の話だ?」
「お前が喧嘩になると変わるって話だよ」
天馬の眉が動く。
「変わる?」
「普段は普通の高校生なのに、殴り合いになると目が変わる」
天馬は答えなかった。
自分でも、最近になって感じている。
喧嘩になると、身体が勝手に動く。
相手の動きが読めるような感覚。
だが、理由は分からない。
「……知らねぇよ」
天馬は拳を握り直した。
「そんなこと」
隼人が笑った。
「なら、確かめてみるか」
再び踏み込む。
天馬も前へ出る。
拳と拳が激しくぶつかった。
「おおっ!」
夢斗が思わず声を上げる。
海斗も黙って二人を見ていた。
一発。
二発。
三発。
互いに譲らない。
だが、天馬の呼吸が少しずつ乱れていく。
隼人はまだ余裕がある。
「秋山!」
夢斗が叫ぶ。
天馬は答えない。
隼人の拳が迫る。
天馬は身体をひねった。
拳が頬をかすめる。
その瞬間、天馬の拳が隼人の脇腹へ入った。
「ぐっ……!」
隼人が初めて大きく下がった。
天馬が追う。
「終わらせる!」
拳を振り抜く。
隼人は腕を上げて防いだ。
「まだだ!」
そのまま天馬の腕を掴む。
引き寄せる。
「捕まえたぞ!」
天馬の体勢が崩れた。
隼人が拳を振り上げる。
その瞬間。
「そこまで!」
声が響いた。
二人が止まる。
駐車場の入口に、一人の男子が立っていた。
隼人の表情が変わる。
「……お前」
男はゆっくり歩いてくる。
「隼人。今日はここまでだ」
「まだ終わってねぇ」
「分かってる」
男は天馬を見る。
「お前が秋山天馬か」
「……そうだけど」
「今日は顔を見るだけでいい」
夢斗が睨む。
「何なんだよ、お前」
男は夢斗には答えず、天馬だけを見る。
「そのうち、また会う」
「名前くらい名乗れよ」
男は少し笑った。
「今は必要ない」
それだけ言うと、隼人たちへ向き直る。
「帰るぞ」
「待てよ!」
天馬が声をかける。
男が振り返った。
「次に来るなら、名前くらい教えろ」
男は一瞬黙った。
「……分かった」
六人が駐車場を出ていく。
残された三人。
夢斗が天馬を見る。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
海斗が隼人たちの去った方向を見る。
「最後の奴、かなり強そうだったな」
「ああ」
天馬も同じ方向を見る。
「次は、あいつともやることになるかもな」
夢斗が苦笑する。
「お前、最近喧嘩ばっかりだな」
「俺のせいじゃねぇよ」
三人は駐車場を後にした。
夕暮れの街を歩きながら、海斗が口を開く。
「なあ、秋山」
「何?」
「さっきの戦い」
「ん?」
「最後、何か掴んだだろ」
天馬が足を止める。
「……分からない」
「そうか」
海斗はそれ以上聞かなかった。
天馬は自分の拳を見る。
理由は分からない。
ただ、戦えば戦うほど、自分の中に何かがあるような気がしていた。
第8話 完




