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戦国アウトロー  作者: 石蒜
第3章「美濃の蝮」
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第82話「蝮と若き反逆者」

美濃第一高校。

放課後の校舎には、部活動へ向かう生徒たちの声が響いていた。

その一方で、校舎三階の会議室には、普段とは違う緊張感が漂っていた。

「……本当に一人で来るんでしょうか」

稲葉勝治が窓の外を見ながら呟いた。

安藤涼太は腕を組んだ。

「須藤のことだ。約束を破るような奴じゃない」

「でも、青木さんと対立しているんですよね?」

「意見が違うだけだ。まだ敵になったわけじゃねえ」

安藤はそう答えたものの、その表情は険しかった。

美濃連盟の北部地区をまとめる須藤秀光。

かつて青木優真と共に、美濃連盟の設立に尽力した男だった。

その須藤が、連盟の新しい規則に異議を唱えている。

加盟校の代表者たちの間でも、すでに噂が広がり始めていた。

「……安藤」

窓際に座っていた青木が口を開いた。

「はい」

「須藤が来ても、余計なことは言うなよ」

安藤は眉を寄せた。

「余計なこと?」

「あいつを裏切り者扱いするなってことだ」

「……分かっています」

青木は静かに頷いた。

「ならいい」

その時、会議室の扉が開いた。

「失礼します」

入ってきたのは、美濃第一高校の二年生だった。

「青木さん、北美濃工業の須藤さんが到着しました」

青木は立ち上がった。

「通してくれ」

「はい」

数分後。

会議室に、一人の男が姿を現した。

北美濃工業高校三年、須藤秀光。

短く整えた髪に、鋭い目つき。

制服の上着を肩に掛け、堂々とした足取りで入ってきた。

「……久しぶりだな、青木」

青木は小さく笑った。

「そうだな、須藤」

二人は向かい合った。

安藤が椅子を引いた。

「座れよ」

須藤は安藤を見た。

「……お前も相変わらずだな」

「何がだ?」

「青木の隣にいるところだよ」

安藤は鼻で笑った。

「お前こそ、北美濃の連中をまとめるのに忙しそうじゃねえか」

「まあな」

須藤は椅子に座った。

青木も向かい側へ腰を下ろした。

「……それで?」

青木が尋ねた。

「新しい規則について話したいんだろ?」

須藤は頷いた。

「ああ」

そして、鞄から一枚の書類を取り出した。

「これだ」

机の上に置かれたのは、美濃連盟の新しい運営規則だった。

青木は書類を見た。

「何が気に入らない?」

須藤は即答した。

「全部だ」

安藤が眉を寄せた。

「……おい」

しかし、青木は笑った。

「随分とはっきり言うな」

「遠回しに言っても仕方ねえだろ」

須藤は続けた。

「加盟校同士の問題は、連盟本部の承認なしに処理できない。連盟の指示に従わない学校は、共同防衛の対象から外す」

青木は頷いた。

「そう書いてあるな」

「これじゃ、加盟校は自分たちで何も決められなくなる」

「何も決められないわけじゃない」

青木は静かに答えた。

「学校内の問題まで口を出すつもりはない。他校との争いについて、勝手に報復するなと言っているだけだ」

須藤は首を横に振った。

「だったら、そう書けばいい」

青木の表情が変わった。

「……何?」

「今の文章じゃ、解釈次第で何でも禁止できる」

須藤は書類を指差した。

「例えば、北美濃工業の生徒が他校の奴に絡まれたとする。俺たちが仲裁に入るのも、本部の承認が必要なのか?」

青木は少し考えた。

「緊急の場合は別だ」

「それも書いてない」

安藤が口を開いた。

「細かい部分は運用で対応すればいいだろ」

須藤は安藤を見た。

「その運用を決めるのは誰だ?」

「……本部だ」

「つまり、青木だろ」

安藤は言葉を止めた。

須藤は青木へ視線を戻した。

「俺は、お前が信用できないと言ってるわけじゃねえ」

「……分かってる」

「でもな、青木」

須藤は真剣な表情になった。

「お前が卒業した後はどうなる?」

会議室が静まり返った。

青木は須藤を見つめた。

「……続けろ」

「次の代表が、お前みたいに考えるとは限らねえ」

須藤は続けた。

「連盟の権限だけが残って、それを悪用する奴が出てきたらどうする?」

青木は黙った。

「俺たちは、学校同士の無意味な抗争を終わらせるために連盟を作ったんだろ?」

「……ああ」

「だったら、連盟そのものが学校を脅すようになっちゃいけねえ」

青木はゆっくりと背もたれに身体を預けた。

「……なるほどな」

安藤が顔を向けた。

「青木さん?」

青木は小さく笑った。

「須藤の言うことにも、一理ある」

須藤は驚かなかった。

「お前なら、そう言うと思ってた」

「だがな」

青木は表情を引き締めた。

「俺にも譲れないものがある」

須藤が黙る。

「去年、西美濃の学校同士で何が起きたか覚えてるか?」

「……ああ」

「最初は二人の喧嘩だった。それが学校同士の抗争になって、最後は関係ない一年生まで巻き込まれた」

須藤は拳を握った。

「……覚えてる」

「あの時、各校の代表は何と言った?」

須藤は答えなかった。

青木が続けた。

「自分たちで解決する。外部は口を出すな。全員がそう言って、誰も引かなかった」

青木は机の書類を見た。

「俺は、あんなことを二度と起こしたくない」

須藤は静かに頷いた。

「……それは俺も同じだ」

「なら、どうする?」

青木は尋ねた。

「各校の自主性を守りながら、勝手な報復を止める方法があるのか?」

須藤はしばらく考えた。

そして、口を開いた。

「……ある」

安藤が顔を上げた。

「何?」

「各地区から代表を出して、合議で決める」

須藤は続けた。

「青木一人に決定権を集中させるんじゃなく、複数の代表が判断する仕組みにするんだ」

青木は腕を組んだ。

「……なるほど」

「緊急の場合は、現場の代表が動けるようにする。ただし、後から連盟へ報告する」

「報復については?」

「原則禁止だ。そこは俺も賛成してる」

須藤は青木を見つめた。

「問題なのは、連盟が全てを決めることだ」

青木はしばらく黙っていた。

やがて、静かに口を開いた。

「……悪くない案だ」

安藤が驚いた。

「青木さん、本気ですか?」

「ああ」

青木は頷いた。

「少なくとも、検討する価値はある」

須藤の表情が少し和らいだ。

しかし、青木は続けた。

「ただし、条件がある」

「……何だ?」

「合議で決めるなら、決定が出た後は全員が従う。それができなきゃ意味がない」

須藤は頷いた。

「当然だ」

「もう一つ」

青木は須藤を見つめた。

「北美濃工業だけで勝手に動くのはやめろ」

須藤の表情が変わった。

「……どういう意味だ?」

「お前が北部の学校を集めていることは知っている」

青木は続けた。

「相談するのは構わない。だが、連盟に対抗するための別組織を作るなら話は違う」

須藤は青木を睨んだ。

「……俺を疑ってるのか?」

「確認しているだけだ」

「だったら、はっきり言う」

須藤は身を乗り出した。

「俺は今のところ、連盟を壊すつもりはねえ」

青木は黙って聞いていた。

「でも、北美濃の学校が不当に扱われるなら、黙って従うつもりもない」

安藤が立ち上がりかけた。

「……須藤!」

青木が片手を上げた。

「座れ、安藤」

「でも……!」

「いいから」

安藤は渋々椅子へ戻った。

青木は須藤を見つめた。

「……お前らしいな」

須藤は答えた。

「お前も変わらねえよ」

「そうか?」

「ああ」

須藤は小さく笑った。

「相手の逃げ道を全部塞いでから、最後に選択肢を出してくる」

青木も笑った。

「……褒めてるのか?」

「まさか」

須藤は立ち上がった。

「今日はこれで帰る」

青木が尋ねた。

「結論は?」

「新しい規則の施行を延期してくれ」

須藤は答えた。

「その間に、各地区の代表を集めて話し合う」

青木は少し考えた。

「……一週間だ」

須藤が顔を上げる。

「何?」

「一週間、施行を延期する。その間に代案をまとめろ」

須藤は頷いた。

「……分かった」

青木は続けた。

「ただし、他校への報復禁止は今までどおりだ」

「当然だ」

須藤は扉へ向かった。

その背中に、青木が声をかけた。

「……須藤」

須藤が振り返る。

「何だ?」

「俺は、お前と争いたいわけじゃない」

須藤はしばらく青木を見つめた。

そして、静かに答えた。

「……俺もだよ」

会議室の扉が閉まった。

安藤は深く息を吐いた。

「……本当に一週間も待つんですか?」

青木は頷いた。

「ああ」

「その間に須藤が北部をまとめたら、厄介ですよ」

青木は窓の外を見つめた。

「……そうだな」

稲葉が尋ねた。

「だったら、なぜ?」

青木は静かに答えた。

「須藤を力で押さえつければ、北美濃の連中は俺たちを敵だと思う」

「……はい」

「そうなれば、今まで築いてきた連盟が内側から崩れる」

安藤は黙った。

青木は続けた。

「だが、須藤の案にも弱点はある」

稲葉が顔を上げた。

「……弱点?」

「各地区の代表が、自分の学校の利益ばかり主張したらどうなる?」

安藤が答えた。

「……何も決まらなくなります」

「そういうことだ」

青木は机の書類を見つめた。

「須藤は理想を語った。なら、その理想を形にできるか見せてもらおう」

一方、美濃第一高校を出た須藤は、校門の外で立ち止まっていた。

スマートフォンには、北美濃工業の後輩からメッセージが届いていた。

『青木さんとの話し合いはどうでしたか?』

須藤は短く返信した。

『一週間、時間をもらった』

すぐに返事が届く。

『それなら解決しそうですね!』

須藤は画面を見つめた。

「……そう簡単にはいかねえよ」

青木は譲歩した。

しかし、連盟の中心に権限を置く考えを捨てたわけではない。

そして、自分の提案も、全ての学校に受け入れられるとは限らなかった。

須藤はスマートフォンをしまった。

「……青木」

夕暮れの校舎を振り返る。

「お前が本気で美濃を守ろうとしてることは、分かってる」

その表情が引き締まった。

「でも、俺にも譲れねえものがある」

美濃連盟の頂点に立つ青木優真。

その支配に異を唱える須藤秀光。

二人はまだ、敵ではなかった。

しかし、同じ理想を持つ者同士だからこそ、簡単には譲れないものがあった。

一週間後。

美濃連盟の未来を左右する会議が開かれる。

そして、その会議をきっかけに、これまで表に出ることのなかった加盟校同士の思惑が動き始めようとしていた。

第82話 完

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