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戦国アウトロー  作者: 石蒜
第2章「尾張の狼煙」
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第79話「尾張敗北」

小豆坂、旧運動広場。

秋山天馬が地面に膝をつく中、桐生拓真は遠藤道流の前に立っていた。

「……お前が今川学園の頭か」

桐生が尋ねた。

遠藤は静かに頷いた。

「ああ。お前は?」

「尾張中央高校三年、桐生拓真だ」

「秋山の先輩か」

「そうだ」

桐生は拳を握った。

「後輩がここまでやられて、黙って帰るわけにはいかねえ」

遠藤は桐生の後方を見た。

佐久間海斗が天馬の身体を支えている。

「天馬さん! しっかりしてください!」

「……うるせえ。聞こえてる」

天馬は苦しそうに答えた。

海斗は安心したように息を吐いた。

しかし、天馬の顔色は悪い。

立ち上がろうとしても、足に力が入らなかった。

桐生は二人へ視線を向けた。

「海斗、天馬を連れて下がれ」

「でも、桐生さんは!」

「俺のことはいい」

「一人じゃ危険っすよ!」

桐生は振り返った。

「だったら、なおさら天馬を守れ」

海斗は言葉を失った。

天馬が顔を上げる。

「……桐生」

「何だ?」

「……あいつ、強えぞ」

桐生は小さく笑った。

「見りゃ分かる」

そして遠藤へ向き直った。

「……来いよ」

遠藤は拳を構えた。

「後悔するなよ」

桐生が先に踏み込んだ。

右の拳を遠藤の顔へ伸ばす。

遠藤は腕で受け止めた。

しかし、桐生はすぐに左の拳を腹部へ打ち込んだ。

「……っ!」

遠藤が一歩後退する。

桐生は間合いを詰めた。

「まだだ!」

続けて右の拳を振るう。

遠藤は身体を横へずらした。

桐生はその動きを読んでいた。

拳を引き戻し、相手の胸元を掴む。

「……逃がさねえ!」

遠藤の体勢が崩れた。

桐生は肩を押し込み、そのまま拳を振り抜いた。

遠藤の頬に一撃が入る。

「……ぐっ!」

遠藤は数歩後退した。

海斗が目を見開く。

「……すげえ!」

天馬も顔を上げた。

「……桐生」

遠藤は頬を拭った。

「……なるほどな」

桐生は構えを崩さなかった。

「まだ終わってねえぞ」

「分かっている」

遠藤は静かに答えた。

「お前も相当な実力者らしい」

桐生は鼻で笑った。

「今さら気づいたのかよ」

しかし、その表情に余裕はなかった。

(……重い)

最初の攻撃を受け止められた時、腕に強い衝撃が残った。

遠藤はすでに天馬と戦い、負傷している。

それでも、この強さだった。

(……こいつ、本当に高校生かよ)

遠藤が踏み込んだ。

桐生は拳を構える。

右から来る。

そう判断した瞬間、遠藤は身体を沈めた。

桐生の腹部へ拳が入る。

「……ぐっ!」

桐生は後退した。

遠藤は追撃する。

しかし、桐生は足を踏ん張り、左の拳を振り抜いた。

遠藤の肩に拳が当たる。

「……っ!」

遠藤の動きが止まった。

桐生はその隙に距離を取る。

「……やるじゃねえか」

遠藤は肩を回した。

「お前もな」

二人は再び向かい合った。

その時、桐生の脳裏に奇妙な光景が浮かんだ。

見知らぬ城。

大勢の兵士。

そして、長い槍を手にした一人の武将。

(……何だ?)

一瞬だけ、身体が熱くなる。

誰かの記憶が、自分の中へ流れ込んでくるような感覚だった。

しかし、遠藤の踏み込みによって、その光景は消えた。

「……っ!」

桐生は咄嗟に腕を上げた。

遠藤の拳が腕を捉える。

続けて腹部へ一撃。

桐生は膝をついた。

「……くそっ」

遠藤は追撃せず、距離を取った。

「……まだやるか?」

桐生は顔を上げた。

「……当たり前だ」

立ち上がろうとする。

しかし、足元がふらついた。

その時、天馬が声を上げた。

「……桐生!」

桐生は振り返った。

天馬は海斗に支えられながら、必死に立っていた。

「……もういい」

桐生の表情が変わった。

「何?」

「……俺を助けるために、お前まで倒れる必要ねえだろ」

桐生は歯を食いしばった。

「……天馬」

「悔しいけどよ……」

天馬は遠藤を見た。

「……今日は、俺たちの負けだ」

その言葉を口にするまで、どれほどの覚悟が必要だったのか。

桐生には分かっていた。

桐生はゆっくりと拳を下ろした。

「……分かった」

遠藤も構えを解いた。

「賢明な判断だ」

天馬は悔しそうに顔を歪めた。

「……次は負けねえ」

遠藤は静かに答えた。

「なら、強くなれ」

天馬は何も言い返さなかった。

広場の中央では、東尾張連合の神谷亮介が仲間たちを集めていた。

東条雅人は相馬恭介と久我山慎吾に支えられている。

「……神谷」

東条が声をかけた。

「何だ?」

「……まだ、やれる奴はいるか?」

神谷は周囲を見渡した。

相馬は頬を腫らし、久我山も肩を負傷していた。

神谷自身も、今川学園の生徒たちとの戦闘で何度も拳を受けている。

「……いる」

神谷は答えた。

「でも、これ以上続ければ全員倒れる」

東条は歯を食いしばった。

「……そうか」

「東条、撤退しよう」

神谷は続けた。

「ここで全員やられたら、東尾張の学校を守る奴がいなくなる」

東条は目を閉じた。

自分たちを信じている後輩たち。

東尾張連合に加わった学校の仲間たち。

その顔が浮かんだ。

「……分かった」

東条は静かに答えた。

「撤退する」

相馬が頷いた。

「……了解」

久我山は岡島秀太の方を見た。

岡島も腹部を押さえながら、こちらを見つめていた。

「……岡島」

久我山が呟いた。

岡島は小さく手を上げた。

「……またな」

久我山は拳を握った。

「……次は負けねえからな」

岡島は笑った。

「楽しみにしてるぜ」

東尾張連合は、負傷した仲間を支えながら広場を後にした。

北側でも、戦いは終わりに近づいていた。

城戸圭吾は朝比奈優吾の前で膝をついていた。

「……はぁ、はぁ……」

城戸は呼吸を整えようとした。

しかし、胸元の痛みが強く、思うように息ができなかった。

朝比奈も頬を腫らし、左腕を押さえている。

「……城戸」

朝比奈が声をかけた。

「……何だ」

「もう終わりにしよう」

城戸は顔を上げた。

「……まだ、俺は」

「分かってる。まだ戦うつもりなんだろ」

朝比奈は静かに続けた。

「だが、お前の仲間を見ろ」

城戸は周囲を見た。

片瀬翔は三浦直哉との戦いに敗れ、宮坂亮に支えられていた。

水原廉も負傷し、片膝をついている。

三浦も無傷ではなかったが、すでに戦闘を続ける必要はないと判断していた。

「……片瀬」

城戸が呟いた。

片瀬は顔を上げた。

「……城戸さん」

「……悪い」

片瀬は首を横に振った。

「謝らないでください」

宮坂も口を開いた。

「俺たち、全力で戦いました」

水原が悔しそうに笑った。

「……でも、負けちまいましたね」

城戸はしばらく黙っていた。

やがて、朝比奈へ視線を戻した。

「……今日は、お前らの勝ちだ」

朝比奈は静かに頷いた。

「……ああ」

城戸は立ち上がった。

「だが、北陵会は今川の下にはつかねえ」

朝比奈は答えた。

「分かってる」

「……次は、必ず勝つ」

朝比奈は城戸を見つめた。

「俺たちも、負けるつもりはない」

二人は最後まで視線を逸らさなかった。

南側では、高瀬宗介が撤退を決断していた。

「……全員、下がるぞ!」

柴田亮が驚いた。

「おい、高瀬! まだ終わってねえだろ!」

「終わりだ」

高瀬は静かに答えた。

「これ以上続けても、仲間が傷つくだけだ」

柴田は拳を握った。

「……くそっ」

村井健太が柴田の肩を支えた。

「柴田さん、行きましょう」

柴田は村井を見た。

「……お前も、怪我してんじゃねえか」

「お互い様ですよ」

村井は苦笑した。

藤崎蓮は石原和樹を支えていた。

長谷川拓也も足を引きずりながら歩いている。

「……高瀬さん」

長谷川が口を開いた。

「何だ?」

「……俺、今日来てよかったです」

高瀬は驚いた。

「……どうして?」

長谷川は今川学園の生徒たちを見た。

「今川学園が強いことは分かりました」

そして、高瀬へ視線を戻した。

「でも、強いからって従う必要はない。それも分かりました」

高瀬は静かに頷いた。

「……そうか」

石原が苦笑した。

「……それにしても、完敗だったな」

高瀬は答えた。

「……ああ」

その言葉を否定する者はいなかった。

南尾張の生徒たちも、互いに支え合いながら広場を後にした。

やがて、旧運動広場には今川学園の生徒たちと、尾張中央高校の五人だけが残った。

竜胆椿と大地夢斗も、すでに工藤春樹と中本泰史に敗れていた。

夢斗は右肩を押さえ、椿も頬に傷を負っている。

「……天馬」

夢斗が声をかけた。

天馬は顔を上げた。

「……夢斗」

「……悪い。俺たちも負けた」

椿が静かに続けた。

「工藤も中本も、想像以上だった」

天馬は二人を見た。

そして、小さく首を振った。

「……謝んなよ」

夢斗が驚いた。

「……天馬?」

「俺だって負けたんだ」

天馬は遠藤へ視線を向けた。

「……あいつに、何もできなかった」

桐生が口を開いた。

「何もできなかったわけじゃねえ」

天馬は顔を向けた。

「……何?」

「お前は最後まで戦った。それは事実だ」

桐生は続けた。

「でも、負けたことも事実だ」

天馬は黙った。

「だから、次にどうするか考えろ」

桐生の言葉に、天馬は拳を握った。

「……ああ」

海斗が口を開いた。

「……俺、もっと強くなりたいっす」

夢斗が顔を向けた。

「海斗?」

「今日、ほとんど何もできなかった」

海斗は悔しそうに俯いた。

「天馬さんがやられて、桐生さんが戦って……俺は助けることしかできなかった」

桐生は海斗の頭に手を置いた。

「……馬鹿野郎」

海斗が顔を上げる。

「……え?」

「お前が天馬を助けなかったら、どうなってたと思う?」

海斗は答えられなかった。

桐生は続けた。

「戦うだけが仲間を守る方法じゃねえ」

海斗は拳を握った。

「……はい」

遠藤道流は、五人の様子を静かに見つめていた。

佐藤健が隣へ並ぶ。

「……遠藤さん」

「何だ?」

「尾張の各勢力が撤退しました」

遠藤は頷いた。

「……そうか」

「こちらにも負傷者が出ています。岡島さん、朝比奈さん、工藤さんも治療が必要です」

遠藤は広場を見渡した。

今川学園の生徒たちも、決して無傷ではなかった。

東条との戦いで負傷した岡島。

城戸との激闘で腕を痛めた朝比奈。

そして、南尾張の生徒たちとの戦いで負傷した者たち。

「……思った以上に、手強かったな」

遠藤が呟いた。

佐藤は頷いた。

「はい」

「だが、勝った」

「……ええ」

遠藤は天馬たちへ視線を向けた。

「秋山」

天馬が顔を上げる。

「……何だよ」

「今日の結果を忘れるな」

天馬は遠藤を睨んだ。

「……忘れるわけねえだろ」

遠藤は静かに答えた。

「なら、それでいい」

天馬は拳を握った。

「……次は、絶対に勝つ」

遠藤は小さく笑った。

「待っている」

そして、佐藤へ向き直った。

「健、負傷者を確認しろ。必要な者は病院へ連れていく」

「分かりました」

佐藤はすぐに今川学園の生徒たちへ指示を出した。

遠藤は最後にもう一度、天馬を見た。

その意識の奥で、今川義元の声が響いた。

『……道流』

(何だ?)

『あの若者を侮るな』

遠藤は静かに答えた。

(……分かっている)

『今日の敗北は、あの者を変えるやもしれぬ』

遠藤は天馬の背中を見つめた。

(……ならば、次に会う時が楽しみだ)

やがて、天馬たちも広場を後にした。

帰り道。

五人はしばらく無言で歩いていた。

天馬は海斗に支えられながら、ゆっくりと坂道を下っていた。

その途中で、ふと足を止めた。

「……なあ」

夢斗が振り返る。

「何だ?」

天馬は遠くに見える旧運動広場を見つめた。

「……俺たち、弱かったな」

誰も否定しなかった。

椿が静かに答えた。

「……ああ」

桐生も頷いた。

「今川学園は強かった」

天馬は拳を握った。

「……でもよ」

夢斗が顔を上げる。

「……何だ?」

天馬はゆっくりと振り返った。

「……このままで終わりたくねえ」

その目には、まだ闘志が残っていた。

「俺は、もっと強くなる」

椿が静かに笑った。

「……俺もだ」

夢斗も頷いた。

「当たり前だろ」

海斗が拳を握った。

「俺も絶対強くなります!」

桐生は四人を見つめた。

そして、小さく笑った。

「……だったら、まずは怪我を治せ」

天馬たちは思わず顔を見合わせた。

「……確かにな」

夢斗が苦笑した。

五人は再び歩き始めた。

第二次小豆坂の戦い。

勝者、三河・今川学園。

敗者、尾張の四勢力。

この敗北は、尾張の若者たちに大きな傷を残した。

しかし、それぞれの胸に、新たな決意も生まれていた。

東尾張連合は、東尾張連合として。

北陵会は、北陵会として。

南尾張の各校は、それぞれの学校として。

そして、秋山天馬たちもまた、自分たちの道を歩み始めようとしていた。

まだ誰も知らない。

この敗北が、やがて尾張全土を揺るがす戦いの始まりになることを。

第79話 完

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