第74話「東条雅人VS岡島秀太」
小豆坂、旧運動広場。
広場の中央で、二人の男が向かい合っていた。
東尾張連合を率いる東条雅人。
今川学園の幹部、岡島秀太。
周囲では双方の生徒たちが距離を取り、二人の動きを見守っている。
「……まさか、お前と最初に戦うことになるとはな」
東条が口を開いた。
岡島は笑った。
「俺は最初から、お前とやってみたかったけどな」
「そうかよ」
「東尾張をまとめてる男が、どれくらい強えのか気になってた」
東条は制服の上着を脱ぎ、神谷亮介へ渡した。
「神谷、頼む」
「ああ」
神谷は上着を受け取った。
「無茶するなよ」
東条は笑った。
「分かってる」
少し離れた場所では、相馬恭介と久我山慎吾が二人を見つめていた。
「……岡島って奴、相当やるぞ」
久我山が呟いた。
相馬が頷く。
「東商で会った時から、何となく分かってた」
「東条が負けると思うか?」
「……分からねえ」
相馬は正直に答えた。
「でも、簡単には負けねえよ」
その頃、今川学園の一団では、朝比奈優吾が腕を組んでいた。
「……岡島の奴、随分楽しそうだな」
隣の中本泰史が笑った。
「強い相手と戦うのが好きですからね」
佐藤健は二人の様子を静かに見つめていた。
「……東条雅人も、ただの喧嘩自慢ではありません」
朝比奈が顔を向ける。
「分かってる」
「東尾張の学校をまとめてきた男です。力だけではなく、判断力もある」
佐藤は続けた。
「岡島さんも、油断すれば危険でしょう」
遠藤道流は何も言わず、二人を見つめていた。
そして、岡島が拳を構えた。
「……始めようぜ、東条」
東条もゆっくりと構える。
「……ああ」
二人の間にあった距離が、少しずつ縮まった。
先に動いたのは岡島だった。
右足を踏み込み、東条の顔へ拳を伸ばす。
東条は身体を横へずらした。
しかし、岡島はその動きを読んでいた。
すぐに左の拳を振るう。
東条は腕で受け止め、相手の胸元へ踏み込んだ。
「……っ!」
岡島の腹部へ拳が届く。
だが、岡島は大きく下がらなかった。
「……いいじゃねえか」
岡島は笑った。
そのまま東条の肩を掴み、身体を引き寄せる。
東条は腕を振り払い、距離を取ろうとした。
しかし、岡島の膝が腹部へ迫った。
東条は咄嗟に肘を下げ、衝撃を受け止めた。
「……くっ」
東条が一歩下がる。
岡島は追撃せず、拳を構え直した。
「……お前、思ったより反応いいな」
東条は腕を軽く振った。
「そりゃどうも」
「でも、まだ本気じゃねえだろ?」
「……お互い様だろ」
岡島が笑った。
「分かってんじゃねえか」
再び二人が踏み込んだ。
今度は東条が先に動いた。
左の拳で岡島の顔を狙う。
岡島が腕を上げた瞬間、東条は身体を沈めた。
狙いを変え、腹部へ拳を打ち込む。
岡島は一歩下がった。
その隙に、東条は右の拳を伸ばした。
拳が岡島の頬を捉えた。
岡島の顔が横へ向く。
周囲の東尾張連合の生徒たちが声を上げた。
「東条!」
「いいぞ!」
しかし、岡島は倒れなかった。
ゆっくりと顔を戻し、頬を指で触れる。
「……なるほどな」
東条は警戒を解かなかった。
岡島は小さく笑った。
「……やっぱり、面白え」
その目つきが変わった。
「……岡島の動きが変わったな」
朝比奈が呟いた。
佐藤は頷いた。
「ええ」
中本が尋ねる。
「何か違うんですか?」
「さっきまでは、相手の実力を確かめるような攻め方でした」
佐藤は答えた。
「ですが、今は違います」
広場の中央。
岡島は東条との距離を慎重に測っていた。
先ほどまでの大きな踏み込みはない。
東条も相手の変化に気づいていた。
(……何だ?)
岡島は右の拳を軽く伸ばした。
東条は腕を上げる。
しかし、その拳は途中で止まった。
(……誘いか)
東条が動きを止めた瞬間、岡島が踏み込んだ。
左の拳が東条の脇腹へ届く。
「……っ!」
東条は顔をしかめた。
岡島はすぐに距離を取った。
「……どうした?」
東条は呼吸を整えた。
「……随分、嫌な戦い方するな」
岡島が笑った。
「勝つためだからな」
東条は拳を握り直した。
「……なるほど」
次の瞬間、東条が踏み込んだ。
岡島は先ほどと同じように拳を伸ばす。
しかし、東条は反応しなかった。
そのまま相手の懐へ入る。
岡島の表情が変わった。
「……!」
東条は相手の腕を掴み、身体を押し込んだ。
岡島は後ろへ下がる。
だが、東条は逃がさなかった。
肩をぶつけるように踏み込み、相手の体勢を崩す。
岡島の足がもつれた。
東条は右の拳を振り抜いた。
拳が岡島の腹部へ深く入る。
「……ぐっ!」
岡島は膝を折りかけた。
東条はさらに前へ出ようとした。
しかし、岡島は相手の腕を掴んだ。
そのまま身体を捻り、東条を横へ引き倒す。
二人は地面へ倒れ込んだ。
東条はすぐに身体を起こした。
岡島も立ち上がる。
互いに距離を取り、呼吸を整えた。
「……やるじゃねえか」
岡島が笑った。
東条も口元を緩めた。
「お前もな」
しかし、二人の表情には疲労が見え始めていた。
少し離れた場所。
秋山天馬は、二人の戦いを真剣に見つめていた。
「……東条、強えな」
大地夢斗が頷いた。
「ああ。でも、岡島も相当だぞ」
竜胆椿は腕を組んでいた。
「……岡島の方が、相手の動きを読むのが上手い」
天馬が顔を向けた。
「そうなのか?」
「ああ。東条が攻める方向を、少しずつ誘導している」
椿は続けた。
「ただ、東条もそれに気づき始めている」
佐久間海斗が拳を握った。
「……だったら、東条が勝つんじゃないっすか?」
桐生拓真は首を横に振った。
「……まだ分からねえ」
海斗が顔を向ける。
「何でっすか?」
桐生は岡島を見つめた。
「……あいつ、まだ余裕を残してる」
天馬も岡島へ視線を戻した。
確かに、岡島は息を乱している。
しかし、その目には焦りがなかった。
(……何だ、あいつ)
天馬は小さく拳を握った。
(……まだ何か隠してるのか?)
広場の中央。
東条と岡島は再び向かい合った。
岡島はゆっくりと息を吐いた。
(……なるほどな)
東条の攻撃は重い。
判断も速い。
何より、簡単には引かない。
岡島は口元を緩めた。
(……こいつ、いい頭してやがる)
その時、岡島の意識の奥に声が響いた。
『……油断するな』
岡島は表情を変えなかった。
(……分かってるよ)
声の主は、岡島の中に宿る武将の魂。
岡部元信。
すでに目覚めているその存在は、戦いの最中にも岡島へ助言を与えていた。
『相手は力任せではない。こちらの癖を見抜き始めている』
(……ああ)
岡島は東条を見つめた。
『ならば、正面から受けるな。相手の踏み込みを利用せよ』
岡島は小さく息を吐いた。
(……了解)
一方、東条も岡島の変化を感じ取っていた。
(……何だ?)
先ほどまでと、立ち方が違う。
拳の位置。
足の向き。
そして、こちらを見る目。
東条は警戒を強めた。
「……岡島」
「何だ?」
「お前、まだ本気じゃなかったのか?」
岡島は笑った。
「……どうだろうな」
東条は拳を構え直した。
「……だったら、引きずり出してやる」
岡島の笑みが深くなった。
「やってみろよ」
東条が踏み込んだ。
右の拳が岡島の顔へ伸びる。
しかし、岡島は最小限の動きでかわした。
東条はすぐに左を振るう。
岡島はその腕を受け流し、相手の横へ回り込んだ。
(……速い!)
東条が振り返ろうとした瞬間、岡島の拳が脇腹へ入った。
「……ぐっ!」
東条は歯を食いしばった。
岡島はさらに踏み込む。
今度は肩を押し込み、東条の体勢を崩した。
東条は片膝をついた。
周囲の東尾張連合の生徒たちが息を呑んだ。
「……東条!」
神谷が一歩前へ出かけた。
しかし、相馬が腕を掴んだ。
「……待て」
神谷が顔を向ける。
「相馬……」
「まだ終わってねえ」
東条は片膝をついたまま、岡島を見上げた。
岡島は追撃せず、静かに立っていた。
「……どうした、東条」
東条はゆっくりと立ち上がった。
「……まだだ」
岡島が笑った。
「……そうこなくちゃな」
東条は脇腹を押さえながら、拳を構え直した。
その目には、まだ闘志が残っていた。
「……俺は、東尾張の連中に約束してんだ」
岡島が眉を上げた。
「何を?」
「……誰にも、好き勝手させねえってな」
岡島は静かに笑った。
「……だったら、その約束を守ってみろよ」
二人は再び向かい合った。
しかし、その頃。
広場の反対側では、別の緊張が生まれ始めていた。
今川学園の生徒たちが、尾張の一団へ視線を向けている。
そして、北陵会の片瀬翔が、ゆっくりと拳を握った。
東条と岡島の戦いは、まだ終わらない。
だが、小豆坂の衝突は、すでに二人だけのものではなくなろうとしていた。
第74話 完




