第73話「第二次小豆坂の戦い・開戦」
小豆坂地区、旧運動広場。
かつて地域の運動施設として使われていた広場には、今も白線の跡が残っていた。
周囲を囲む金網は所々錆びつき、隅には使われなくなったベンチが並んでいる。
その中央に、今川学園の生徒たちが立っていた。
遠藤道流。
佐藤健。
岡島秀太。
朝比奈優吾。
中本泰史。
工藤春樹。
三浦直哉。
そして、その後方には今川学園の上級生たちが控えていた。
「……来ると思いますか?」
中本が尋ねた。
佐藤は腕時計を確認した。
「来るでしょう」
「全員?」
「少なくとも、秋山天馬と東条雅人は来ると思います」
岡島が笑った。
「城戸も来るだろ。あいつが黙って引き下がるとは思えねえ」
朝比奈が頷く。
「北陵会の連中は、仲間を守ることに関しては頑固だからな」
遠藤は黙って広場の入口を見つめていた。
その時、佐藤のスマートフォンに連絡が入った。
「……来ました」
佐藤が顔を上げる。
広場へ続く坂道に、数人の男子生徒が姿を見せた。
先頭を歩くのは、秋山天馬だった。
その隣には大地夢斗。
少し後ろには竜胆椿、佐久間海斗、桐生拓真が続いている。
「……あれが秋山か」
遠藤が静かに呟いた。
佐藤が頷いた。
「はい」
岡島が笑った。
「久しぶりだな、秋山!」
天馬が顔を上げた。
「……岡島か」
「ちゃんと来たじゃねえか」
「呼んだのはお前らだろ」
天馬は広場の中央へ歩いていった。
夢斗が小さく声をかける。
「……天馬、思ったより人数いるぞ」
「分かってる」
椿は周囲を見渡した。
「……不用意に近づきすぎるな」
海斗が眉を寄せる。
「何だよ、最初から喧嘩する気か?」
桐生が静かに答えた。
「まだ分からねえ。だから警戒するんだ」
五人は今川学園の生徒たちから少し離れた場所で足を止めた。
遠藤が一歩前へ出た。
「……秋山天馬だな」
天馬は頷いた。
「ああ」
「俺が遠藤道流だ」
「……今川学園の頭か」
「そうだ」
遠藤は天馬を見つめた。
「大沢たちの件は聞いている」
天馬の表情が変わった。
「……そうか」
「あいつらが勝手に喧嘩を売ったことについては、俺からも謝る」
遠藤は静かに頭を下げた。
海斗が驚いた。
「……え?」
夢斗も少し目を見開いた。
天馬は遠藤を見つめたまま答えた。
「……分かった」
遠藤は顔を上げた。
「ただし、今日の話は別だ」
「……ああ」
天馬も頷いた。
「それも分かってる」
二人の視線が交わった。
その間に、岡島が口を挟むことはなかった。
しばらくして、別の入口から東尾張連合が現れた。
東条雅人を先頭に、神谷亮介、相馬恭介、久我山慎吾が続く。
「……東条」
天馬が顔を向けた。
東条は小さく笑った。
「久しぶりだな、秋山」
「お前らも来たのか」
「当然だ」
東条は今川学園の生徒たちへ視線を向けた。
岡島が片手を上げる。
「よう、東条」
「……岡島」
東条は短く答えた。
神谷が佐藤を見た。
「……今日は、正式な話し合いだと聞いている」
佐藤が頷いた。
「その通りです」
「なら、まずは話を聞こう」
神谷は静かに言った。
相馬が天馬を見た。
「……秋山、お前も来てたんだな」
「ああ」
天馬が答えた。
「そっちは元気そうだな」
相馬は少し笑った。
「おかげさまでな」
久我山は岡島から視線を外さなかった。
以前、東尾張工業で顔を合わせた時から、岡島の実力には警戒していた。
岡島もその視線に気づいたが、何も言わなかった。
東条たちは天馬たちの隣ではなく、少し離れた場所に立った。
互いに顔見知りではある。
しかし、同じ組織ではない。
それぞれの立場を守ったまま、今川学園と向き合っていた。
続いて、北陵会の生徒たちが姿を見せた。
城戸圭吾。
片瀬翔。
水原廉。
宮坂亮。
「……城戸も来たか」
東条が呟いた。
城戸は東条を見た。
「……お前もな」
「当たり前だろ」
東条は笑った。
城戸は天馬にも視線を向けた。
「……秋山」
「久しぶりだな」
天馬が答えた。
その時、朝比奈が一歩前へ出た。
「城戸」
城戸が顔を向ける。
「……朝比奈」
「また会ったな」
「ああ」
城戸は静かに答えた。
「今日は、お前らの頭に話を聞きに来た」
朝比奈が頷いた。
「それでいい」
片瀬が岡島を見た。
「……あいつが東尾張に来てた奴か」
相馬が答えた。
「ああ。岡島秀太だ」
水原が小さく息をついた。
「……強そうだな」
久我山が頷いた。
「実際、かなりやると思う」
城戸は仲間たちへ視線を向けた。
「……余計なことはするなよ」
片瀬が苦笑した。
「分かってるって」
北陵会もまた、独立した位置に立った。
最後に、南尾張の生徒たちが到着した。
高瀬宗介。
藤崎蓮。
石原和樹。
南浜高校の村井健太。
港南工業高校の柴田亮。
そして、少し遅れて南丘商業高校の長谷川拓也も姿を見せた。
「……長谷川?」
藤崎が驚いた。
「来ないかもしれないって聞いてたけど」
長谷川は頷いた。
「学校で話し合った結果、俺だけ参加することになりました」
高瀬が笑った。
「……ありがとう」
長谷川は首を振った。
「まだ今川学園との交流を否定したわけじゃありません」
「分かってる」
高瀬は答えた。
「今日は、自分の目で確かめてくれ」
柴田が腕を組んだ。
「……俺は最初から信用してねえけどな」
石原が苦笑した。
「お前、少しは落ち着けよ」
南尾張の一行も広場へ入った。
遠藤は全員を見渡した。
「……揃ったようだな」
佐藤が頷いた。
「はい」
広場には、尾張の四つの勢力が集まっていた。
尾張中央高校。
東尾張連合。
北陵会。
南尾張の各校。
しかし、彼らは一つの連合ではなかった。
それぞれが別の判断で、この場所へ来ていた。
遠藤は静かに口を開いた。
「今日は、よく来てくれた」
誰も答えなかった。
遠藤は続けた。
「俺たち今川学園は、三河だけでなく尾張の学校とも協力関係を築きたいと考えている」
東条が腕を組んだ。
城戸は黙って聞いていた。
高瀬も遠藤から視線を外さなかった。
天馬は一歩前へ出た。
「……それで?」
遠藤は佐藤へ目を向けた。
佐藤が資料を取り出した。
「具体的な提案を説明します」
佐藤は広場の中央に置かれた机へ資料を並べた。
「今川学園が提案するのは、三河と尾張の学校間協議体です」
神谷が尋ねた。
「……協議体?」
「はい。各校の代表者が定期的に集まり、学校間の問題を話し合う仕組みです」
宮坂が頷いた。
「それだけなら、悪くない話ですね」
佐藤は続けた。
「ただし、争いが起きた場合の最終的な仲裁権は、今川学園が持つことになります」
その言葉に、空気が変わった。
東条が顔を上げた。
「……待て」
佐藤が視線を向ける。
「何でしょう?」
「それじゃ、結局お前らの言うことを聞くしかなくなるだろ」
佐藤は頷いた。
「そう受け取られても仕方ありません」
城戸が口を開いた。
「……俺たちは、今川学園の下につくために来たわけじゃない」
遠藤が頷いた。
「分かっている」
高瀬が尋ねた。
「なら、なぜ今川学園だけが最終的な判断を下すんだ?」
佐藤は答えた。
「判断する組織が複数あれば、意見が割れた時に争いが終わらないからです」
長谷川が口を開いた。
「……でも、それなら今川学園が間違った判断をした場合は?」
佐藤は少し黙った。
遠藤が答えた。
「その時は、俺が責任を取る」
柴田が眉を寄せた。
「……責任を取るって、どうやってだよ」
遠藤は柴田を見た。
「俺が間違っていると思うなら、正面から異議を唱えればいい」
「それで変わるのか?」
「俺を納得させられるならな」
柴田は不満そうに口を閉じた。
その時、天馬が口を開いた。
「……遠藤」
遠藤が視線を向ける。
「何だ?」
「お前の考えは分かった」
天馬は続けた。
「でも、俺は賛成できねえ」
夢斗が天馬を見た。
椿は黙って聞いていた。
天馬は遠藤を見つめた。
「誰か一人が全部決めるようになったら、結局そいつの都合で物事が動くだろ」
遠藤は静かに答えた。
「だからこそ、俺は公平であろうとしている」
「お前が公平かどうかなんて、俺たちには分からねえよ」
天馬は続けた。
「それに、間違った時に責任を取るって言われても、傷ついた奴が元に戻るわけじゃねえ」
遠藤の表情がわずかに変わった。
天馬は一歩も退かなかった。
「俺たちは、自分たちのことを自分たちで決める」
東条が頷いた。
「……俺も同じ意見だ」
城戸も口を開いた。
「北陵会も、今川学園の判断に従うつもりはない」
高瀬は静かに続けた。
「南尾張の学校同士でさえ、全員が同じ考えじゃない。今川学園に一任するなんて、俺には決められない」
遠藤は四人を見渡した。
「……そうか」
佐藤が資料を閉じた。
「では、提案は拒否ということでよろしいですね」
天馬が答えた。
「ああ」
東条も頷いた。
城戸は腕を組んだまま動かなかった。
高瀬は長谷川たちの方を一度見てから、静かに答えた。
「少なくとも、俺は受け入れられない」
長谷川はその言葉を聞き、何も言わなかった。
南丘商業の判断まで、高瀬が代わりに決めたわけではない。
遠藤はゆっくりと立ち上がった。
「……ならば、次の話だ」
広場の空気が張り詰めた。
遠藤は尾張の生徒たちを見渡した。
「俺たちの考えが相容れない以上、力で決着をつけるしかない」
海斗が拳を握った。
片瀬も一歩前へ出ようとした。
しかし、城戸が手で制した。
遠藤は続けた。
「ここで戦う意思のある者だけが残れ。望まない者を巻き込むつもりはない」
佐藤が口を開いた。
「なお、参加しない学校への報復は認めません。今回の争いは、あくまでこの場で意思を示した者同士のものです」
長谷川が高瀬を見た。
「……高瀬さん」
高瀬は頷いた。
「無理に残らなくていい」
村井も長谷川を見た。
「俺たちは残ります。でも、南丘商業まで巻き込むつもりはありません」
長谷川はしばらく考えた。
そして、静かに答えた。
「……俺も残ります」
柴田が驚いた。
「お前、本気か?」
「ああ」
長谷川は遠藤を見た。
「今川学園との交流を考えることと、言うことを聞かされることは違うからな」
柴田は少し笑った。
「……そうかよ」
遠藤は全員を見渡した。
「……覚悟は決まったようだな」
天馬が一歩前へ出た。
「俺は、最初から決めてる」
東条も並ぶように前へ出た。
「東尾張連合は、今川学園には従わない」
城戸が静かに言った。
「北陵会も同じだ」
高瀬が頷いた。
「南尾張も、ここにいる俺たちは自分たちの意思で戦う」
遠藤は小さく笑った。
「……いいだろう」
その瞬間、岡島が一歩前へ出た。
「遠藤さん」
「何だ?」
「最初は俺が行きます」
遠藤は岡島を見た。
「……任せる」
岡島は笑った。
「ありがとうございます」
岡島は広場の中央へ歩いていった。
その視線の先には、東条雅人がいた。
「……東条」
東条が顔を上げた。
「何だ?」
岡島は拳を握った。
「前に会った時から、一度やってみたかったんだよ」
東条は静かに笑った。
「……奇遇だな」
神谷が東条を見た。
「……行くのか?」
東条は頷いた。
「ああ」
相馬が一歩前へ出ようとした。
しかし、東条が手で制した。
「……これは俺が行く」
久我山が頷いた。
「分かった」
東条は広場の中央へ歩き出した。
岡島と東条。
三河の今川学園と、東尾張連合。
二人の男が、互いの間合いへと近づいていく。
遠藤は黙って見つめていた。
天馬も拳を握った。
(……始まる)
小豆坂。
かつて織田と今川が争った地で、現代の若者たちによる新たな戦いが幕を開けようとしていた。
第73話 完




