第72話「四つの決断」
尾張中央高校。
放課後の屋上には、五人の男子生徒が集まっていた。
秋山天馬、大地夢斗、竜胆椿、佐久間海斗、桐生拓真。
彼らの中心には、今川学園から届いた一通の連絡があった。
「……小豆坂か」
椿がスマートフォンの画面を見つめた。
「三河と尾張の境に近い場所だな」
夢斗が頷いた。
「今川の連中、とうとう全員まとめて呼び出してきたな」
海斗が拳を握った。
「だったら、行くしかないっすよ!」
桐生が海斗を見た。
「お前、何のために行くつもりだ?」
「何のためって……今川の連中に、俺たちが舐められねえって見せるためっす!」
「それだけか?」
海斗は言葉に詰まった。
桐生は続けた。
「相手が何を考えてるのかも分からねえのに、喧嘩する気だけで行くな」
「……はい」
海斗は少し肩を落とした。
天馬が口を開いた。
「俺は行く」
夢斗が顔を向けた。
「もう決めたのか?」
「ああ」
天馬は答えた。
「この前、大沢たちと喧嘩になっただろ」
夢斗は頷いた。
「……ああ」
「あいつらが勝手に動いたとしても、今川学園の名前で来たのは事実だ」
天馬は続けた。
「だったら、今川の頭が何を考えてるのか、直接聞いてみたい」
椿が腕を組んだ。
「……ただし、相手は話し合いが決裂した場合、力で決着をつけると明言している」
「分かってる」
天馬は頷いた。
「でも、行かなきゃ何も分からねえだろ」
桐生が笑った。
「……お前らしいな」
夢斗が天馬の肩を軽く叩いた。
「俺も行くよ」
海斗が顔を上げた。
「俺もっす!」
椿は少し考えたあと、頷いた。
「……俺も同行する。ただし、無茶な行動はするなよ」
天馬が笑った。
「それ、お前にも言えるだろ」
「俺は無茶をしない」
「どうだかな」
二人のやり取りに、夢斗が苦笑した。
桐生が最後に口を開いた。
「……俺も行く」
天馬が顔を向ける。
「いいのか?」
「ああ」
桐生は答えた。
「お前らだけで行かせるわけにはいかねえだろ」
五人の意思が揃った。
しかし、誰も勝利を確信してはいなかった。
今川学園の実力は、まだほとんど分かっていない。
それでも、彼らは小豆坂へ向かうことを決めた。
東尾張工業高校。
東尾張連合の集会室では、東条雅人が机の上に置かれた連絡文を見つめていた。
向かいには神谷亮介、相馬恭介、久我山慎吾がいる。
「……遠藤道流が、直接来るらしいな」
神谷が口を開いた。
東条は頷いた。
「そう書いてある」
相馬が腕を組んだ。
「だったら、俺たちも行くべきだろ」
久我山が頷く。
「今川の連中に、好き勝手やられたままじゃ終われねえ」
東条は二人を見た。
「……お前ら、喧嘩する気でいるのか?」
相馬は少し考えた。
「正直、そういう気持ちもある」
「俺もだ」
久我山が続けた。
「でも、東条が決めるなら従う」
東条は首を横に振った。
「……俺が決めることじゃない」
三人が顔を上げた。
東条は続けた。
「行きたくない奴まで連れていくつもりはない」
神谷が頷いた。
「……東条らしいな」
「ただし、俺は行く」
東条は静かに言った。
「東尾張の学校に、これ以上勝手なことをさせるわけにはいかねえ」
相馬が笑った。
「だったら、俺も行く」
久我山も頷いた。
「当然だ」
神谷は少し考えたあと、口を開いた。
「……俺も行く。ただ、他の学校には無理に声をかけない方がいい」
東条が頷いた。
「ああ」
神谷は続けた。
「東商や東陽の連中は、最近の件でまだ不安を抱えてる。俺たちが勝手に代表を名乗るわけにもいかない」
東条は机の上の連絡文を手に取った。
「……だから、俺たちは俺たちの意思で行く」
相馬が尋ねた。
「秋山たちも来ると思うか?」
東条は少し笑った。
「……あいつなら来るだろ」
久我山が笑った。
「だろうな」
東条は窓の外を見た。
「ただし、俺たちは秋山の仲間として行くわけじゃない」
神谷が頷いた。
「東尾張連合として、だな」
「ああ」
東条は静かに答えた。
「俺たちの誇りを守るために行く」
北陵高校。
北陵会の集会室では、城戸圭吾が椅子に座っていた。
その前には、片瀬翔、水原廉、宮坂亮が立っている。
「……小豆坂への招集、どうするんですか?」
宮坂が尋ねた。
城戸は連絡文を見つめた。
「……行く」
片瀬が笑った。
「やっぱりな」
水原も頷いた。
「今川の連中には、一度きっちり話をつけた方がいい」
城戸は二人を見た。
「……話をつけるって、どういう意味だ?」
水原が答えた。
「俺たちの学校に手を出すなってことです」
「それだけなら、もう伝えてある」
城戸は静かに言った。
「それでも、今川は尾張への進出を諦めてない」
片瀬が眉を寄せた。
「……だったら、戦うしかないんじゃねえのか?」
城戸は少し考えた。
「……そうなるかもしれない」
宮坂が顔を上げた。
「城戸さん」
「何だ?」
「今回、東尾張連合や南尾張の連中も来るらしいです」
城戸は頷いた。
「知ってる」
「……もし戦いになったら、協力するんですか?」
城戸はすぐには答えなかった。
片瀬が口を開いた。
「俺は別に、東条と組むのは嫌じゃねえぞ」
水原が驚いた。
「お前、前に相馬とやり合ってただろ」
「だから何だよ」
片瀬は笑った。
「今川が相手なら、話は別だろ」
城戸は静かに口を開いた。
「……まだ、そこまで決める必要はない」
三人が顔を向けた。
「俺たちは北陵会として行く。それだけだ」
宮坂が頷いた。
「……分かりました」
城戸は続けた。
「ただし、もし他の学校が危険な状況になったら、見て見ぬふりはしない」
片瀬が笑った。
「……それで十分だ」
城戸は立ち上がった。
「北山と北城商業には、今回の件を伝えておけ」
宮坂が頷く。
「はい」
「ただし、参加を強制するな」
「分かってます」
城戸は窓の外を見つめた。
(……遠藤道流)
まだ直接会ったことのない今川学園の頭。
その名前が、城戸の中で大きくなっていた。
南翔高校。
高瀬宗介は、藤崎蓮と石原和樹から報告を受けていた。
「……南浜、南丘商業、港南工業には連絡しました」
藤崎が言った。
高瀬は頷いた。
「返事は?」
「南浜の村井は参加するそうです。港南工業の柴田も」
石原が続けた。
「南丘商業の長谷川は、学校内で意見が分かれてるらしい」
高瀬は少し考えた。
「……そうか」
藤崎が尋ねた。
「どうします?」
「無理に連れていく必要はない」
高瀬は答えた。
「俺たちが勝手に南尾張の代表を名乗るわけにもいかないからな」
石原が頷いた。
「……だな」
高瀬は続けた。
「ただ、長谷川には伝えてくれ」
「何をですか?」
「今川学園と交流するかどうかは、南丘商業が決めればいい。でも、小豆坂で何が起きるかは、俺たちも分からない」
藤崎が頷いた。
「……分かりました」
高瀬は窓の外を見た。
「だから、危険だと思うなら来なくていい」
石原が笑った。
「相変わらず、無理にまとめようとはしねえんだな」
高瀬も笑った。
「まとめるために集まったわけじゃないからな」
藤崎が口を開いた。
「……高瀬さん」
「何だ?」
「もし、今川学園と戦いになったら?」
高瀬は少し考えた。
「……その時は、逃げずに向き合う」
「……」
「でも、最初から喧嘩するつもりで行くわけじゃない」
高瀬は静かに続けた。
「俺たちが守りたいのは、南尾張の学校同士の関係だ」
藤崎が頷いた。
「……はい」
高瀬は立ち上がった。
「行こう」
石原が笑った。
「……ああ」
南尾張もまた、小豆坂へ向かうことを決めた。
数日後。
小豆坂地区。
旧運動広場へ続く道には、複数の学校の生徒たちが姿を見せ始めていた。
尾張中央高校の五人。
東尾張連合の四人。
北陵会の四人。
そして、南翔高校を中心とした南尾張の生徒たち。
彼らは同じ場所を目指していた。
しかし、歩く道も、抱える思いも、それぞれ違っていた。
秋山天馬は、自分たちの自由を守るために。
東条雅人は、東尾張の仲間を守るために。
城戸圭吾は、北陵会の誇りを守るために。
高瀬宗介は、南尾張の学校同士の約束を守るために。
誰も、他の勢力の下につくつもりはなかった。
そして、その先には三河の今川学園が待っている。
小豆坂。
かつての戦国時代、織田と今川が争った地。
現代の尾張と三河もまた、その地で向き合おうとしていた。
第72話 完




