第67話「南尾張の結束」
南翔高校。
放課後の会議室には、普段とは違う顔ぶれが集まっていた。
南翔高校三年、高瀬宗介。
同じく三年の石原和樹と、二年の藤崎蓮。
その向かいには、南浜高校、南丘商業高校、港南工業高校の代表者たちが座っていた。
「今日は来てくれてありがとう」
高瀬が口を開いた。
「忙しいところ悪かったな」
南浜高校二年の村井健太が首を振った。
「いえ。俺たちも、一度ちゃんと話したいと思ってたんで」
港南工業高校三年の柴田亮が腕を組む。
「で、今日は何を決めるんだ?」
「まずは、今川学園の件だ」
高瀬は机の上に置かれた資料を指さした。
「最近、南尾張の学校に三河の生徒が来ている。みんなも知ってると思う」
南丘商業高校三年の代表、長谷川拓也が頷いた。
「うちにも来ました」
「何て言われた?」
「今川学園と交流すれば、他校との揉め事が起きた時に協力できるって」
藤崎が尋ねた。
「強引な勧誘はあった?」
「いや、うちは特に」
長谷川は首を振った。
「話を聞いて、悪い提案じゃないと思った奴もいます」
柴田が眉を寄せた。
「本気で言ってんのか?」
長谷川は柴田を見た。
「何が?」
「三河の連中が、何の見返りもなく俺たちを助けると思うか?」
「そうは言ってない」
長谷川は落ち着いて答えた。
「でも、最初から敵だと決めつけるのも違うだろ」
柴田は不満そうに椅子へもたれた。
「……甘いんじゃねえの」
「柴田」
高瀬が声をかけた。
「まずは最後まで聞こう」
柴田は口を閉じた。
高瀬は長谷川に向き直った。
「続けてくれ」
「……俺たちの学校には、南翔高校とあまり関わりがない生徒もいます」
長谷川は言った。
「そういう奴らにとっては、今川学園も南翔高校も、外の学校って意味では同じなんです」
会議室が静かになった。
藤崎が小さく頷く。
「……確かに、そうかもしれない」
長谷川は続けた。
「俺は南翔高校を信用してます。でも、全員がそうとは限らない」
高瀬は真剣な表情で聞いていた。
「だから、今川学園との交流を考える奴がいても、おかしくないと思います」
柴田が口を開きかけた。
しかし、高瀬が先に答えた。
「……その通りだな」
柴田が驚いた。
「高瀬、お前まで何言ってんだ?」
「長谷川の言うことは間違ってない」
高瀬は答えた。
「俺たちは、南尾張の代表だと正式に認められたわけじゃない」
村井が頷いた。
「……確かに」
高瀬は続けた。
「だから、今日ここで決めたいのは、誰が南尾張を支配するかじゃない」
「じゃあ、何を決めるんだ?」
柴田が尋ねた。
高瀬は全員を見渡した。
「困った時に、どうやって助け合うかだ」
話し合いが始まって一時間ほど経った頃。
石原が黒板に三つの項目を書いた。
『情報共有』
『緊急時の連絡』
『学校ごとの判断』
「……こんなところか?」
石原が振り返った。
藤崎が頷く。
「まず、何か揉め事が起きたら、各校の代表同士で連絡を取る」
村井が手を上げた。
「それは賛成です」
「次に、他校の生徒が怪我をしたり、集団で囲まれたりした場合は、近くの学校が状況を確認する」
柴田が頷いた。
「それもいい」
長谷川が尋ねた。
「でも、助けに行った学校まで喧嘩に巻き込まれたら?」
高瀬が答えた。
「無理に戦う必要はない。まずは怪我人を安全な場所へ移して、必要なら先生や警察にも連絡する」
柴田が苦笑した。
「随分まともな話だな」
「喧嘩を増やすために集まったわけじゃないからな」
高瀬も笑った。
しかし、長谷川はまだ納得していない様子だった。
「……一つ、確認してもいいですか?」
「何だ?」
「俺たちが今川学園と交流することになった場合、この協力関係から外されるんですか?」
柴田が顔を上げた。
「お前、まだそんなこと考えてんのか?」
「可能性の話だよ」
長谷川は答えた。
「今川学園と付き合う生徒がいるだけで、南尾張の学校同士が敵になるのはおかしいだろ」
高瀬は頷いた。
「外すつもりはない」
長谷川が驚いた。
「……本当ですか?」
「ああ」
高瀬は続けた。
「誰と付き合うかは、それぞれの学校が決めることだ」
柴田が不満そうに口を開いた。
「でも、今川にこっちの情報が流れる可能性もあるだろ」
「それは考えなきゃいけない」
高瀬は答えた。
「だから、共有する情報には線引きが必要だ」
藤崎が黒板に一つ書き加えた。
『個人情報・内部情報は共有しない』
「例えば、誰がどこにいるとか、誰が何人集まるとか。そういう情報は渡さない」
藤崎が説明した。
「共有するのは、危険な場所や、困っている生徒がいるかどうかだけ」
長谷川はしばらく考えた。
「……それなら、うちも参加できそうです」
柴田は腕を組んだまま黙っていた。
高瀬が尋ねる。
「柴田はどう思う?」
「……俺は、まだ信用できねえ」
「今川学園を?」
「いや」
柴田は長谷川を見た。
「南丘商業の連中もだ」
長谷川の表情が変わった。
「何だと?」
「今川と付き合うかもしれねえって言ってる奴に、背中預けられるかよ」
長谷川も立ち上がった。
「俺たちが裏切るって決めつけてんのか?」
「そう聞こえたなら、そうだ」
二人の間に緊張が走った。
石原が動こうとした。
しかし、高瀬は手で制した。
「……柴田」
「何だよ」
「お前が南尾張を守りたいと思ってるのは分かる」
柴田は黙った。
「でも、信用できない相手を最初から排除してたら、俺たちは何も変わらない」
「……」
「今川学園のやり方を警戒することと、南丘商業の連中を疑うことは別だろ」
柴田は長谷川を見た。
長谷川も拳を握ったままだった。
しばらくして、柴田が椅子に座った。
「……分かったよ」
長谷川もゆっくり座る。
「俺も、言い方が悪かった」
高瀬は小さく頷いた。
「ありがとう」
会議が終わった頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。
村井と長谷川が先に帰り、柴田だけが校門の前に残っていた。
「……高瀬」
「どうした?」
柴田は少し迷ったあと、口を開いた。
「俺、やっぱり今川の連中が気に入らねえ」
高瀬は頷いた。
「そうだろうな」
「南尾張に来て、勝手に俺たちの関係を変えようとしてる」
「……ああ」
柴田は拳を握った。
「俺たちは俺たちでやってきたんだ。それを簡単に壊されたくねえ」
高瀬は柴田を見つめた。
「俺も同じだ」
柴田が顔を上げた。
「……本当か?」
「ああ」
高瀬は答えた。
「だからこそ、今日みたいな話し合いが必要なんだと思う」
柴田は少し考えた。
「……俺、長谷川に謝っとくわ」
高瀬は笑った。
「そうしてくれ」
柴田は片手を上げ、帰っていった。
その背中を見送りながら、藤崎が口を開いた。
「……高瀬さん」
「何だ?」
「今日の話し合い、うまくいったと思います?」
高瀬は少し考えた。
「半分くらいかな」
藤崎が笑った。
「半分ですか」
「ああ。全員が同じ考えになったわけじゃないからな」
石原が頷いた。
「でも、連絡を取り合うことには賛成した」
「それだけでも前進だ」
高瀬は答えた。
「ただ、これで終わりじゃない」
藤崎が尋ねる。
「次はどうするんですか?」
高瀬は校門の外へ視線を向けた。
「実際に困ってる学校があった時、今日決めたことを守れるかどうかだ」
石原が笑った。
「……試されるってことか」
「ああ」
高瀬は頷いた。
「言葉だけの協力関係じゃ、意味がないからな」
その時、藤崎のスマートフォンが震えた。
画面には、南浜高校の村井健太からのメッセージが表示されていた。
『藤崎さん、すみません。ちょっと相談があります』
藤崎は眉を寄せた。
「……村井からです」
高瀬が顔を向ける。
「何だって?」
藤崎は続きの文章を読んだ。
『南浜の一年が、港の方で他校の連中に囲まれてるらしいんです』
石原の表情が変わった。
「……早速かよ」
藤崎は高瀬を見た。
「どうします?」
高瀬は迷わなかった。
「まず村井に、相手の人数と場所を確認してもらおう」
「はい」
「それから、近くにいる柴田にも連絡を取ってくれ」
石原が頷いた。
「港南工業なら、南浜より現場に近い」
高瀬は校門の外へ歩き始めた。
「俺たちも行く」
藤崎が後を追う。
「……今日決めたばかりなのに」
高瀬は静かに答えた。
「だからこそだ」
南尾張の学校同士が交わした、小さな約束。
それが本当に意味を持つのか。
試される時は、予想よりも早く訪れていた。
第67話 完




