第65話「北陵会の意地」
北陵高校。
放課後の体育館裏では、城戸圭吾が一人の男子生徒と向かい合っていた。
「……それで、お前はどうしたいんだ?」
城戸の問いに、男子生徒は俯いた。
北陵高校二年、宮坂亮。
普段は北陵会の情報収集を担当している男だった。
「正直、俺だけじゃ判断できなくて」
「だから俺に相談したんだろ?」
「はい」
宮坂はスマートフォンを取り出した。
画面には、北尾張にある高校の名前が並んでいた。
「北山高校と北城商業高校です」
城戸は画面を覗き込んだ。
「その二校がどうした?」
「最近、今川学園の生徒が何度も来てるらしいんです」
「……また今川か」
城戸の表情が険しくなった。
以前、遠藤道流たちと会った時のことを思い出す。
遠藤は、尾張と三河の協力関係を望んでいた。
しかし、城戸は対等な立場でなければ応じないと伝えていた。
その後も、今川学園は尾張の学校への接触を続けている。
「北山の連中は何て言ってる?」
「今川と付き合うつもりはないそうです」
「北城商業は?」
「意見が分かれてます」
城戸が眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「今川学園と協力した方が安全だって考える奴もいるみたいで」
「……なるほどな」
宮坂は続けた。
「ただ、北城商業の一部の生徒が、北陵会との関係を切れって言われたそうです」
城戸の目つきが変わった。
「誰に?」
「今川学園の生徒です」
「名前は?」
「まだ分かりません」
城戸は少し考えた。
「……北城商業に行くぞ」
宮坂が顔を上げる。
「今からですか?」
「ああ」
「片瀬さんたちも呼びます?」
城戸は首を横に振った。
「まずは俺とお前だけでいい」
「分かりました」
城戸は校舎の方へ歩き始めた。
「……余計な喧嘩にならなきゃいいけどな」
宮坂はその背中を追った。
北城商業高校。
校門の近くには、数人の男子生徒が集まっていた。
その中心にいるのは、三年生の黒田翔太。
北城商業の不良たちをまとめている男だった。
「城戸さん!」
黒田が駆け寄ってきた。
「悪いな、急に来て」
「いえ。むしろ助かります」
城戸は周囲を見渡した。
「今川の連中は?」
「今日はまだ来てません」
「そうか」
黒田は少し迷ったあと、口を開いた。
「……城戸さん、ちょっと相談があるんです」
「何だ?」
「うちの学校、今川学園と付き合った方がいいって言ってる奴が増えてるんです」
城戸は頷いた。
「それは聞いてる」
「俺は北陵会との関係を続けたいんですけど……」
黒田は視線を落とした。
「全員が同じ考えじゃなくて」
城戸は少し考えた。
「……お前はどうしたい?」
「俺は、今まで通りがいいです」
「理由は?」
「北陵会には何度も助けてもらいましたし、城戸さんたちを信用してるからです」
城戸は黙って聞いていた。
黒田は続けた。
「でも、今川学園の方が大きな勢力だって言われると、反論できなくて……」
城戸は小さく息をついた。
「……黒田」
「はい」
「俺たちの方が弱いからって、今川につく必要はねえ」
黒田が顔を上げた。
「でも……」
「ただし、今川と付き合いたい奴を無理に止めるつもりもねえ」
黒田は驚いた。
「え?」
城戸は続けた。
「北城商業は、お前らの学校だろ?」
「……はい」
「だったら、お前ら自身で決めろ」
宮坂が静かに頷いた。
「城戸さん……」
城戸は黒田を見つめた。
「俺たちは、北城商業を支配してるわけじゃねえ」
「……」
「困った時に助け合える関係でいたいだけだ」
黒田は少し考えた。
「……分かりました」
その時だった。
校門の向こうから、数人の男子生徒が歩いてきた。
見慣れない制服。
その先頭には、背の高い男がいた。
「……あいつらです」
黒田が小さく呟いた。
城戸は振り返った。
三河から来た生徒たちだった。
「お前が城戸圭吾か」
先頭の男が尋ねた。
城戸は頷いた。
「そうだ」
男は笑った。
「噂は聞いてるぜ。北陵会の頭だろ?」
「お前は?」
「今川学園の三年、三浦直哉」
城戸は男を見つめた。
「……遠藤のところの奴か」
「ああ」
三浦は黒田へ視線を向けた。
「北城商業の件で来たんだろ?」
黒田が一歩前に出た。
「俺たちは、まだ何も決めてねえ」
三浦は笑った。
「別に急がなくてもいいさ」
「だったら、何度も来る必要ねえだろ」
黒田の言葉に、三浦の表情が少し変わった。
「……随分強気じゃねえか」
城戸が間に入った。
「黒田の言う通りだ」
三浦が城戸を見た。
「何?」
「向こうが考える時間を欲しがってるなら、待ってやれよ」
三浦は肩をすくめた。
「俺たちは親切で話を持ってきてるんだけどな」
「親切なら、相手が嫌がることはしねえだろ」
城戸は静かに答えた。
三浦はしばらく黙っていた。
やがて、笑みを浮かべた。
「……なるほどな」
「何が?」
「遠藤さんが、お前に興味を持つ理由が分かった気がする」
城戸の眉が動いた。
「遠藤が?」
「ああ。お前みたいな奴は、簡単には従わねえだろうからな」
城戸は三浦を睨んだ。
「俺は誰かに従うために北陵会を作ったわけじゃねえ」
三浦は笑った。
「そういうところだよ」
宮坂が口を開いた。
「……三浦さん」
「何だ?」
「今川学園は、北尾張の学校をどうするつもりなんですか?」
三浦は宮坂を見た。
「どうするって?」
「協力したいだけなら、どうして北陵会との関係を切れって言うんですか?」
三浦の表情がわずかに変わった。
「……そんなこと言った奴がいるのか?」
黒田が頷いた。
「います」
三浦は少し考えた。
「誰が言った?」
「名前は分かりません。でも、今川学園の制服を着てました」
三浦は舌打ちした。
「……勝手なことしやがって」
城戸はその様子を見つめた。
「お前は知らなかったのか?」
「少なくとも、俺はそんな指示してねえ」
三浦は答えた。
「遠藤さんも、無理やり関係を切らせろなんて言ってねえはずだ」
城戸は黙った。
三浦は続けた。
「ただ、今川学園と付き合うなら、北陵会との関係が邪魔になるって考える奴がいるのかもしれねえ」
「……それを放っておくつもりか?」
城戸が尋ねた。
三浦は城戸を見た。
「放っておかねえよ」
「なら、ちゃんと止めろ」
「分かってる」
二人はしばらく睨み合った。
その間に、黒田が口を開いた。
「……俺たちは、今川学園と敵対したいわけじゃありません」
三浦が顔を向ける。
「だったら、協力すりゃいいだろ」
「でも、北陵会との関係を切るつもりもありません」
黒田は続けた。
「俺たちは俺たちで決めたいんです」
三浦は少し考えた。
やがて、笑った。
「……分かったよ」
城戸が眉を上げた。
「本当か?」
「ああ。少なくとも、俺はこれ以上無理に誘わねえ」
三浦は背を向けた。
「ただし、今川学園が北尾張から手を引くわけじゃねえからな」
城戸は静かに答えた。
「……好きにしろ」
三浦は振り返った。
「何?」
「俺たちの仲間に手を出さねえなら、どこで何しようが勝手だ」
三浦は笑った。
「……面白え奴だな」
そして、仲間を連れて立ち去った。
夕方。
北陵高校。
城戸と宮坂が戻ると、校舎裏には片瀬翔と水原廉が待っていた。
「城戸さん!」
片瀬が駆け寄ってくる。
「北城商業、どうでした?」
「話はつけてきた」
城戸は答えた。
「今川の連中もいたけどな」
水原が眉を寄せた。
「喧嘩になったんですか?」
「なってねえよ」
「……そうですか」
片瀬は不満そうだった。
「俺たちも行けばよかったのに」
城戸は片瀬を見た。
「お前らが来たら、余計に揉めただろ」
「そんなことないっすよ」
水原が横から言った。
「いや、お前は絶対やるだろ」
「水原、お前もだろ!」
二人が言い合いを始める。
宮坂は苦笑した。
城戸はその様子を見ながら、小さく息をついた。
「……お前ら」
二人が振り返る。
「何ですか?」
「一つ、覚えとけ」
城戸は静かに言った。
「俺たちは、北尾張の学校を全部従わせたいわけじゃねえ」
片瀬が黙った。
水原も城戸を見つめる。
「北陵会を大きくしたい気持ちは今もある。でも、嫌がる奴を無理やり引き込んでも意味がねえ」
城戸は続けた。
「本当に強い組織ってのは、人数が多いだけじゃねえんだよ」
宮坂が頷いた。
「……城戸さん」
「何だ?」
「俺、北陵会に入ってよかったと思ってます」
城戸は少し驚いた。
「急に何だよ」
宮坂は笑った。
「今日、そう思っただけです」
片瀬も笑った。
「俺もっすよ」
水原が頷く。
「俺もです」
城戸は三人を見渡した。
そして、少しだけ笑った。
「……そうか」
夕暮れの空の下。
北陵会の四人は、しばらくその場に立っていた。
今川学園。
東尾張連合。
南翔高校。
そして、尾張中央高校の五人。
それぞれが違う考えを持ち、違う道を歩いている。
しかし、三河から迫る大きな勢力は、その違いを無視して尾張へ近づいていた。
城戸は校舎の向こうに広がる空を見上げた。
「……遠藤道流」
以前会った男の顔を思い出す。
落ち着いた態度。
丁寧な言葉遣い。
だが、その奥には確かな野心があった。
城戸は小さく呟いた。
「俺たちは、お前の思い通りにはならねえぞ」
その言葉を聞いた者はいなかった。
ただ、北陵会の意地だけが、静かに燃え始めていた。
第65話 完




