↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国アウトロー  作者: 石蒜
第2章「尾張の狼煙」
PR
63/81

第63話「東尾張の誇り」

東尾張工業高校。

放課後の校舎裏では、相馬恭介が一人の男子生徒から話を聞いていた。

「それで、そいつらは何て言ってたんだ?」

「今川学園と付き合いがあれば、東尾張連合に頼る必要はないって……」

話しているのは、東商高校二年の柴崎修斗だった。

相馬は腕を組んだ。

「誰が言った?」

「三河から来た三人組です。名前までは分からないですけど」

「東商の生徒に手を出したのか?」

「殴られたりはしてません。ただ、断っても帰ってくれなくて」

柴崎は少し言いにくそうに続けた。

「うちの一年が、怖がってるんです」

相馬の表情が険しくなった。

「……なるほどな」

「東条さんに相談した方がいいと思って」

「分かった。話してくれてありがとな」

柴崎は頭を下げた。

「すみません。俺たちの学校のことなのに」

「謝る必要ねえよ」

相馬は首を横に振った。

「お前らが困ってるなら、放っておけねえだろ」

柴崎が帰ったあと、相馬は校舎を見上げた。

今川学園。

最近、東尾張のあちこちで耳にする名前だった。

東条雅人との話し合いが終わったあとも、三河の連中は学校を回り続けている。

それ自体は自由だ。

だが、相手が嫌がっているのに居座るなら話は別だった。

「……東条さんに話すか」

相馬は校舎へ戻った。

三年生の教室。

東条雅人は窓際の机に腰掛け、神谷亮介と話していた。

そこへ相馬が入ってくる。

「東条さん、ちょっといいですか」

「どうした?」

「東商で揉め事が起きてます」

東条は顔を上げた。

「今川か?」

「はい」

相馬は柴崎から聞いた内容を説明した。

東条は最後まで黙って聞いていた。

「……そうか」

神谷が口を開く。

「遠藤とは、互いの学校に無理な干渉はしないって話をしたはずだ」

「正式な約束まではしてねえけどな」

東条は机から降りた。

「ただ、東商の連中が困ってるなら確認する必要はある」

相馬が頷く。

「俺が行ってきます」

「一人でか?」

「神谷さんまで動くような話じゃないですよ」

東条は少し考えた。

「久我山を連れていけ」

「分かりました」

「それと、相馬」

教室を出ようとした相馬が振り返る。

「何ですか?」

「最初から喧嘩するなよ」

「……分かってます」

「お前の分かってますは信用できねえんだよ」

神谷が笑った。

相馬は苦笑する。

「今回はちゃんと話しますって」

東条は相馬を見つめた。

「いいか。東商は俺たちの持ち物じゃねえ」

「はい」

「向こうが今川と付き合いたいなら、それも自由だ。俺たちが口出しすることじゃない」

「……でも、嫌がってる奴がいるなら別ですよね」

「ああ」

東条は頷いた。

「そこは譲る必要ねえ」

相馬は小さく笑った。

「了解です」

翌日の放課後。

東商高校の近くにある商店街。

相馬と久我山慎吾は、柴崎と待ち合わせていた。

「相馬さん!」

柴崎が駆け寄ってくる。

「悪いな、待たせたか?」

「いえ。こっちです」

三人は商店街の奥へ歩いた。

久我山が周囲を見渡す。

「三河の連中、今日も来てんのか?」

「はい。さっき校門の近くにいました」

「毎日来るなんて、随分暇な奴らだな」

相馬が苦笑する。

「俺たちも人のこと言えねえだろ」

「俺は今日はちゃんと授業受けたぞ」

「寝てただけだろ」

「出席はしてた」

そんな会話をしながら歩いていると、柴崎が足を止めた。

「あそこです」

商店街の外れ。

小さな公園の前に、見慣れない制服を着た男子生徒が三人いた。

その前には東商高校の一年生らしい二人が立っている。

「だから、考えてみろって言ってるだけだろ」

三河の生徒の一人が言った。

「今川学園と繋がりがあれば、他の学校に絡まれた時だって助けてもらえるんだぞ」

東商の一年生が俯く。

「でも、俺たちは別に……」

「東尾張連合に遠慮してんのか?」

「そういうわけじゃ……」

「だったら何が問題なんだよ」

相馬は三人に近づいた。

「そこまでにしとけよ」

三河の生徒たちが振り返る。

「……誰だ、お前」

「東尾張工業の相馬恭介」

その名前を聞いた一人が眉を上げた。

「東尾張連合か」

「そうだ」

相馬は一年生たちを見た。

「お前ら、帰っていいぞ」

二人は戸惑いながらも頷いた。

「ありがとうございます……」

柴崎が二人を連れて離れていく。

残った三河の生徒が不満そうに口を開いた。

「何だよ。俺たちは話してただけだぞ」

「話すのは自由だ」

相馬は答えた。

「でも、相手が断ってんのに何度も来るのは違うだろ」

「お前らに関係ねえだろ」

「困ってる奴に相談されたんだよ」

相馬は一歩も退かなかった。

「だから来た。それだけだ」

三河の生徒は舌打ちした。

「……東尾張連合って、随分偉そうなんだな」

久我山が口を開く。

「偉そうにしてんのはどっちだ?」

「何だと?」

「相手の返事も聞かずに、自分たちの話ばっかり押しつけてるだろ」

三河の生徒が久我山に近づいた。

「喧嘩売ってんのか?」

「そっちが買いたいならな」

「久我山」

相馬が制した。

久我山は肩をすくめる。

「分かってるよ」

相馬は三河の三人を見た。

「今川学園の上の奴には、こっちから話を通す。今日は帰ってくれ」

「……断ったら?」

「俺たちはここから動かねえ」

短い沈黙が流れた。

やがて、公園の入口から声が聞こえた。

「おい、お前ら。何やってんだ?」

相馬と久我山が振り返る。

そこに立っていたのは、以前、佐藤健や朝比奈優吾とともに東尾張工業高校を訪れた男だった。

今川学園二年、岡島秀太。

久我山が眉を寄せた。

「……岡島。お前、この前うちの学校に来た奴だな」

岡島は笑った。

「おう。覚えててくれたか」

「忘れるわけねえだろ。佐藤たちと一緒に東条さんに会いに来ただろ」

相馬も岡島を見つめた。

「久しぶりだな、岡島」

「おう、相馬恭介」

「俺の名前も覚えてんのか」

「当然だろ。東尾張連合の幹部なんだからな」

岡島は三河の生徒たちに目を向けた。

「それで、お前らは何してたんだ?」

「岡島さん。こいつらが邪魔してきて……」

「そうじゃねえよ」

岡島の声が低くなった。

「相手が断ってんのに、いつまで粘ってんだって聞いてんだ」

三人は黙り込んだ。

相馬は意外そうに岡島を見た。

「……話が分かるんだな」

「当たり前だろ」

岡島は笑った。

「嫌がってる奴を無理やり仲間にしたって、面倒が増えるだけだ」

「なら、こいつらを連れて帰ってくれ」

「ああ。そのつもりだ」

岡島は三人に顎を向けた。

「先に戻ってろ」

「でも……」

「二度言わせんな」

三人は渋々その場を離れた。

相馬は息をついた。

「助かったよ」

「礼なんかいらねえよ」

岡島は相馬を見つめた。

「それより、お前が北陵会の水原を倒したって話、聞いたぜ」

相馬は小さく笑った。

「……随分詳しいな」

「そりゃ調べてるからな」

岡島は悪びれずに答えた。

「強い奴がいるって聞いたら、気になるだろ?」

久我山が眉を寄せた。

「お前、まさか相馬と喧嘩するつもりか?」

「一度くらい戦ってみてえなと思ってさ」

岡島は軽く拳を握った。

その瞬間だった。

岡島の意識の奥に、一人の男の姿が浮かび上がった。

戦装束に身を包み、鋭い眼差しを持つ武将。

岡部元信。

かつて今川家に仕えた武将の魂だった。

『秀太。あの男、なかなかの胆力じゃ』

岡島は心の中で答えた。

(だろ?)

『じゃが、今は争う時ではあるまい』

(分かってるって)

『おぬしは、すぐに拳を交えたがる』

(強そうな奴を見たら、気になるだろ)

『まったく、血の気の多い奴じゃ』

岡島は小さく笑った。

相馬には、そんな会話は聞こえていない。

ただ、岡島が一瞬だけ黙ったように見えた。

「……どうした?」

相馬が尋ねる。

「いや、何でもねえ」

岡島は拳を下ろした。

「今日はやめとくわ」

「そりゃ助かる」

「でも、いつか相手してくれよ」

相馬は岡島を見つめた。

「必要があるならな」

「随分冷静じゃねえか」

「東条さんに、先に喧嘩するなって言われてるんだよ」

岡島は声を上げて笑った。

「なるほどな。いい上司じゃねえか」

「……まあな」

相馬は少しだけ笑った。

岡島は背を向けた。

「今日の件は、こっちで話をつけとく」

「頼む」

「ただし」

岡島は振り返った。

「俺たち今川学園が、尾張から手を引くって意味じゃねえぞ」

相馬の表情が引き締まった。

「……分かってる」

「ならいい」

岡島は片手を上げ、その場を去っていった。

夕方。

東尾張工業高校。

相馬と久我山から報告を受けた東条は、静かに頷いた。

「岡島が来たのか」

神谷が腕を組む。

「佐藤と一緒に来た時も、あいつは随分余裕があったな」

「ああ」

相馬は答えた。

「話は通じる奴でした。ただ……」

「ただ?」

「喧嘩になったら、相当厄介だと思います」

東条は相馬を見た。

「戦ってもいねえのに分かるのか?」

「何となくですけど」

相馬は少し考えた。

「俺たちと喋ってる時も、全然隙がなかったんですよ」

久我山も頷いた。

「俺も同じこと思いました」

東条は窓の外へ視線を向けた。

「……そうか」

しばらくして、相馬が口を開いた。

「東条さん」

「何だ?」

「今川学園が本気で尾張に来たら、どうするんですか?」

神谷も東条を見た。

東条は少しも迷わなかった。

「東尾張の連中を守る」

相馬は黙って聞いていた。

「俺たちは今川の下につくつもりもねえし、北陵会と無駄な喧嘩を続けるつもりもねえ」

東条は続けた。

「ただ、自分たちで決めた道を、他所の奴に勝手に変えられるのは御免だ」

神谷が小さく笑った。

「東条らしいな」

「そうか?」

「ああ」

相馬も頷いた。

「俺も、その考えに賛成です」

東条は二人を見た。

「だったら、今まで通りだ」

「今まで通り?」

「仲間を増やすために誰かを脅す必要はねえ。助けを求めてきた奴がいたら、できる範囲で力になる」

東条は静かに言った。

「東尾張連合が何のためにあるのか、忘れるなよ」

「はい」

相馬は力強く頷いた。

その頃、東尾張の駅へ向かう岡島の足取りは軽かった。

(相馬恭介、か)

『気に入ったようじゃな』

意識の奥で、岡部元信が語りかける。

(ああ。あいつ、結構やると思うぜ)

『ならば、なおさら侮るでない』

(分かってるよ)

岡島は夕暮れの街を見渡した。

(……尾張には、面白え奴が多いな)

『面白いだけでは済まぬかもしれんぞ』

その言葉に、岡島は笑みを消した。

(遠藤さんが本気で動けば、そうなるだろうな)

岡部元信は、それ以上何も言わなかった。

岡島もまた、黙って歩き続けた。

東尾張連合と今川学園。

この日の衝突は、大きな喧嘩には発展しなかった。

しかし、両者の間にある考え方の違いは、確かに浮き彫りになっていた。

第63話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。