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戦国アウトロー  作者: 石蒜
第2章「尾張の狼煙」
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60/80

第60話「南尾張の決意」

南翔高校。

放課後の空き教室には、十人ほどの男子生徒が集まっていた。

教壇の前に立つ高瀬宗介は、黒板に書かれた三つの学校名を眺めていた。

南浜高校。

南丘商業高校。

港南工業高校。

いずれも南尾張にある学校だった。

「……この三校で、三河の生徒が目撃されてる」

藤崎蓮が説明した。

「南浜では直接声をかけられています。南丘商業では校門の前にいたらしくて、港南工業では学校帰りの生徒に話しかけていたそうです」

高瀬は頷いた。

「怪我人は?」

「今のところ、いません」

「そうか」

その言葉に、高瀬は少し安心した。

しかし、教室の後ろにいた三年生の男子が口を開いた。

「高瀬、そろそろ俺たちも動いた方がよくないか?」

南翔高校三年の石原和樹。

高瀬とは一年生の頃から付き合いのある生徒だった。

「動くって?」

「向こうが南側の学校を調べてるなら、こっちも人数を集めておくべきだろ」

「喧嘩するためにか?」

「違う。何かあった時のためだ」

石原は真剣な表情だった。

「東条も城戸も三河の連中と会ったんだろ? このままだと、俺たちだけ何も知らないままになる」

高瀬は少し考えた。

「……確かにな」

藤崎が顔を上げる。

「じゃあ、南側の学校に声をかけますか?」

「ああ。ただし、勘違いするなよ」

高瀬は全員を見渡した。

「俺たちは南尾張の学校を支配してるわけじゃない」

石原が頷いた。

「分かってる」

「困ってることがないか聞く。それで、協力してほしいって言われたら協力する」

「向こうが断ったら?」

「それ以上は何もしない」

高瀬は迷わず答えた。

「俺たちが守るって言いながら、無理やり仲間に引き入れたら意味ないだろ」

教室にいた生徒たちは静かに頷いた。

藤崎が口を開く。

「じゃあ、俺は南浜高校に行ってきます」

「一人で大丈夫か?」

「はい。村井とも知り合いですし」

「分かった。俺もあとで行く」

石原が手を挙げた。

「俺は港南工業に行く。昔の知り合いがいるからな」

「頼む」

高瀬は黒板の学校名を消した。

「何かあったら、必ず連絡してくれ」

その日、南翔高校の生徒たちは、それぞれ別の学校へ向かうことになった。

南浜高校。

校門前で待っていた村井健太は、藤崎の姿を見つけると手を振った。

「藤崎さん!」

「悪いな、急に呼び出して」

「いえ、大丈夫です」

二人は近くの公園へ移動した。

藤崎が尋ねる。

「あれから三河の連中は来たか?」

村井は首を横に振った。

「来てないです。ただ……」

「ただ?」

「友達の一人が、ちょっと変なことを言われたみたいで」

藤崎の表情が変わった。

「何て?」

「今川学園と仲良くしておけば、南翔に頼る必要はなくなるって」

藤崎は黙った。

村井は続けた。

「別に脅されたわけじゃないんです。でも、なんか嫌な感じがして」

「誰が言ったか分かる?」

「名前は分かりません。ただ、昨日来た三人のうちの一人らしいです」

藤崎は頷いた。

「分かった。高瀬さんに伝える」

村井は少し俯いた。

「……藤崎さん」

「ん?」

「俺たち、どうしたらいいんですかね」

「どうしたらって?」

「今川学園って、三河じゃかなり大きいんですよね?」

「ああ、そうらしいな」

「もし南翔と今川が揉めたら、俺たちも巻き込まれるんじゃないかって……」

藤崎は言葉を探した。

簡単に大丈夫だと言うことはできなかった。

実際に何が起こるのか、藤崎にも分からない。

「……正直、俺も分かんねえよ」

村井が顔を上げた。

「え?」

「三河の連中がどこまでやるつもりなのか、まだ分からないからな」

藤崎はベンチに腰を下ろした。

「でも、一つだけ言える」

「何ですか?」

「南翔に協力するか、今川と仲良くするか、それはお前らが決めていいんだよ」

村井は黙った。

「俺たちに気を遣って決める必要はない」

「……いいんですか?」

「当たり前だろ」

藤崎は笑った。

「高瀬さんも同じこと言うと思うぞ」

村井はしばらく考えてから、口を開いた。

「俺、南浜の連中と話してみます」

「ああ」

「誰かに言われたからじゃなくて、自分たちでどうするか決めたいです」

藤崎は頷いた。

「それでいいと思う」

同じ頃。

港南工業高校の近くでは、石原和樹が三年生の柴田亮と話していた。

「……三河の連中か」

柴田は腕を組んだ。

「ああ。こっちにも来てるって聞いた」

「来たよ。二日前にな」

石原が尋ねる。

「何かされたか?」

「いや。学校の人数とか、南翔との関係を聞かれただけだ」

「それだけか?」

「今のところはな」

柴田は少し考えた。

「ただ、気になることは言ってた」

「何だ?」

「南側には、はっきりした代表がいないって」

石原は眉を寄せた。

「……どういう意味だ?」

「高瀬は南翔の代表であって、南尾張全体の代表じゃないだろってさ」

石原は黙った。

確かに、その通りだった。

高瀬は南翔高校の生徒たちから信頼されている。

他校にも顔が利く。

しかし、東条の東尾張連合や城戸の北陵会とは違い、南尾張全体をまとめる組織を作ったことはなかった。

「……それで、お前は何て答えた?」

石原が尋ねる。

柴田は笑った。

「別に代表なんかいなくても困ってねえって言ったよ」

「そうか」

「ただな、石原」

柴田の表情が真剣になった。

「今までみたいに、それぞれの学校が勝手に動いてて大丈夫なのかとは思った」

石原は答えられなかった。

「もし三河の連中が本気で南側に入ってきたら、俺たちはどうするんだ?」

その問いは、石原自身も考えていたことだった。

夕方。

南翔高校の空き教室に、藤崎と石原が戻ってきた。

高瀬は二人の報告を聞き終えると、しばらく黙っていた。

「……なるほどな」

藤崎が尋ねる。

「高瀬さん、どうします?」

高瀬は窓の外を眺めた。

「南側には代表がいない、か」

石原が頷いた。

「間違ってはいないんだよな」

「ああ」

高瀬は答えた。

「俺は南翔の生徒であって、南尾張の代表じゃない」

藤崎が口を開く。

「でも、他の学校からも頼られてるじゃないですか」

「それと代表になることは別だよ」

高瀬は椅子に座った。

「東条や城戸みたいに、大きな組織を作ろうと思ったことはないからな」

石原が尋ねる。

「じゃあ、これからも今まで通りか?」

高瀬はすぐには答えなかった。

これまで南側の学校とは、必要な時だけ協力してきた。

誰かが困っていれば助ける。

喧嘩が起これば仲裁する。

それで十分だと思っていた。

しかし、今は状況が変わりつつある。

「……一度、みんなで話してみようか」

藤崎が顔を上げた。

「みんな?」

「南浜、南丘商業、港南工業。それぞれの学校の奴らに集まってもらう」

石原が尋ねる。

「南尾張の連合でも作るのか?」

「いや」

高瀬は首を横に振った。

「いきなりそんなことはしない」

「じゃあ?」

「まずは、何に困っていて、どうしたいのか聞きたい」

高瀬は二人を見た。

「俺たちだけで南尾張の方針を決めるのは違うだろ」

藤崎は笑った。

「……分かりました」

石原も頷いた。

「俺から柴田に連絡しておく」

「頼む」

高瀬は立ち上がった。

「それと、三河の連中が来ても、勝手に手を出すなよ」

藤崎が答える。

「はい」

「話し合いで済むなら、それが一番いい」

石原が苦笑した。

「でも、向こうが聞く耳持たなかったら?」

高瀬は二人を見た。

「その時は、俺が前に立つ」

その声は穏やかだった。

しかし、二人には冗談で言っているようには聞こえなかった。

翌日。

南浜高校の村井のもとに、藤崎から連絡が届いた。

『今度、南側の学校で集まって話すことになった。南浜からも参加できる奴がいたら来てほしい』

村井は画面を見つめた。

隣にいた友人が尋ねる。

「何?」

「南翔の藤崎さんから」

「また三河の話?」

「うん。でも、今度は俺たちの意見も聞いてくれるらしい」

友人は少し考えた。

「……行ってみる?」

村井は頷いた。

「行こう」

同じ頃、港南工業の柴田も石原からの連絡を読んでいた。

南丘商業にも、同様の話が伝わっていた。

これまで別々に過ごしてきた南尾張の学校が、初めて共通の問題について話し合おうとしていた。

誰かに従うためではない。

誰かを倒すためでもない。

自分たちの学校を、自分たちで守るために。

その日の放課後。

高瀬は南翔高校の屋上にいた。

遠くには、住宅街と幾つもの学校の校舎が見える。

藤崎が屋上へ上がってきた。

「高瀬さん、三校とも参加してくれるそうです」

「そうか」

高瀬は笑った。

「よかった」

「ただ、港南工業の柴田さんが、一つ聞きたいことがあるって」

「何だ?」

「もし南側の学校が協力することになったら、誰がまとめるんですかって」

高瀬は少し考えた。

「……それも、みんなで決めればいいんじゃないか?」

藤崎は驚いた。

「高瀬さんがやるんじゃないんですか?」

「俺がやるべきだと思うなら、そう言ってくれるだろ」

「でも……」

「藤崎」

高瀬は静かに続けた。

「大事なのは、誰が一番偉いかじゃない」

藤崎は黙って聞いていた。

「何かあった時に、互いに助けられる関係を作ることだ」

「……はい」

高瀬は南尾張の街を見渡した。

三河の今川勢が、何を考えているのか。

遠藤道流が、どこまで尾張に関わろうとしているのか。

まだ分からないことは多い。

それでも、ただ待っているだけではいけない。

「俺たちも、そろそろ変わらないとな」

高瀬が呟いた。

藤崎はその横顔を見た。

「……そうですね」

夕暮れの空の下、南尾張の学校たちが動き始めていた。

その小さな動きが、やがて尾張全体を巻き込む大きな争いにつながっていくことを、まだ誰も知らなかった。

第60話 完

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