第58話「北陵会への接触」
北陵高校。
放課後の旧校舎では、城戸圭吾が一枚の紙を眺めていた。
そこには、三河の今川学園に関する情報がまとめられている。
「……遠藤道流、か」
向かいに座る宮坂亮が頷いた。
「はい。三河の複数の学校をまとめている人物らしいです」
「年齢は?」
「高校三年です。城戸さんと同じですね」
城戸は紙を机に置いた。
「東条とは会ったんだろ?」
「昨日、喫茶店で話したそうです」
「結果は?」
「協力関係は成立していません。ただ、揉め事にもならなかったようです」
城戸は小さく笑った。
「東条が大人しく話を聞いたのか」
「最近は方針を変えましたからね」
「そうだったな」
城戸は椅子にもたれた。
そこへ片瀬翔が入ってきた。
「城戸さん、聞きました?」
「何を?」
「三河の連中が、今度は俺たちに会いたいって」
宮坂が顔を上げる。
「もう連絡が来たのか?」
「はい。佐藤健って奴から」
片瀬はスマートフォンを見せた。
城戸は画面に目を通した。
『今川学園の遠藤道流が、城戸圭吾さんと一度お話ししたいと考えています』
「……なるほどな」
城戸は立ち上がった。
片瀬が尋ねる。
「どうします?」
「会う」
「いいんですか?」
「向こうがわざわざ来るって言ってんだ。断る理由もねえだろ」
宮坂が口を開く。
「ただ、気をつけた方がいいと思います」
「分かってる」
城戸は笑った。
「東条と違って、俺は簡単に信用するつもりはねえよ」
翌日。
北陵高校から少し離れた河川敷。
城戸は宮坂と片瀬を連れ、待ち合わせ場所に向かっていた。
「……何で河川敷なんですか?」
宮坂が尋ねる。
「学校の中に呼ぶ必要もねえだろ」
城戸は答えた。
「それに、向こうが何人連れてくるか分からねえしな」
片瀬が笑った。
「喧嘩になっても動きやすいですしね」
城戸は足を止めた。
「片瀬」
「はい?」
「今日は喧嘩しに来たんじゃねえぞ」
「……分かってますよ」
「本当か?」
「信用してくださいって」
宮坂が苦笑した。
「前科があるからな」
「お前まで言うなよ」
三人が河川敷へ降りると、すでに別の制服を着た男子生徒たちが待っていた。
遠藤道流。
佐藤健。
朝比奈優吾。
城戸はその中央に立つ男へ視線を向けた。
「……お前が遠藤か?」
遠藤が振り返る。
「ああ。遠藤道流だ」
「北陵会の城戸圭吾だ」
二人は向かい合った。
遠藤は落ち着いた表情をしていた。
一方の城戸も、相手を威圧するような態度は取らない。
「わざわざ三河からご苦労さん」
城戸が言う。
「こちらこそ、時間を取ってくれて助かる」
遠藤は答えた。
「少し話せるか?」
「ああ」
城戸は近くのベンチを指差した。
「座ろうぜ」
川沿いのベンチ。
城戸と遠藤が向かい合い、少し離れた場所で宮坂たちが待っていた。
遠藤が口を開いた。
「北陵会は、北側の学校を中心にまとまっていると聞いた」
「まあな」
「東側にも進出しようとしているそうだな」
城戸は笑った。
「よく調べてんな」
「佐藤が色々調べてくれた」
「優秀な後輩だな」
「ああ。頼りにしている」
城戸は佐藤をちらりと見た。
佐藤は軽く頭を下げた。
「……で?」
城戸が遠藤へ視線を戻す。
「俺たちに何の用だ?」
遠藤は答えた。
「三河と北陵会の間に、協力関係を作れないかと思っている」
「協力関係ねえ」
城戸は腕を組んだ。
「具体的には?」
「互いの地域で問題が起きた時に情報を共有する。必要なら協力して解決する」
「それだけか?」
「まずはな」
城戸は遠藤を見つめた。
「……その先は?」
遠藤は少し黙った。
そして答えた。
「将来的には、三河と尾張が一つの方針で動けるようになればいいと思っている」
城戸は小さく笑った。
「なるほど」
「どう思う?」
「悪くねえ話だ」
遠藤の表情がわずかに変わった。
しかし、城戸は続けた。
「ただし、条件がある」
「聞こう」
「北陵会は、俺がまとめる」
遠藤は黙って聞いていた。
「三河と協力することになっても、北側のことは俺が決める。お前らの指示で動くつもりはねえ」
「……それは譲れないのか?」
「ああ」
城戸は即答した。
「俺についてきてる連中を、勝手に誰かの下へ置くわけにはいかねえからな」
遠藤は頷いた。
「その考えは理解できる」
「だったら話は早え」
城戸は笑った。
「対等な関係なら、考えてやってもいい」
遠藤は少し考えた。
「……対等な関係か」
「ああ」
「ただ、協力する以上、意見が対立することもあるだろう」
「そりゃそうだ」
「その時はどうする?」
城戸は答えた。
「話し合えばいい」
遠藤が尋ねる。
「話し合いで決まらなかったら?」
城戸は遠藤を見つめた。
「その時は、それぞれの判断で動く」
遠藤は静かに頷いた。
「なるほどな」
「不満か?」
「いや」
遠藤は首を横に振った。
「お前の考えがよく分かった」
少し離れた場所。
片瀬は腕を組み、二人の様子を眺めていた。
「……随分長く話してんな」
朝比奈が答える。
「お互い、簡単には決められない話なんだろ」
片瀬が顔を向けた。
「お前、朝比奈って言ったか?」
「ああ。朝比奈優吾だ」
「三河じゃ有名らしいな」
「そうなのか?」
朝比奈は笑った。
「自分じゃよく分からねえけど」
片瀬は少し笑った。
「一回くらい戦ってみてえな」
宮坂がすぐに口を開く。
「おい、片瀬」
「分かってる。今日はやらねえよ」
朝比奈は片瀬を見た。
「……お前、喧嘩好きなのか?」
「嫌いじゃねえな」
「そうか」
朝比奈は川の方へ視線を向けた。
「でも、俺は理由もなく戦うのは好きじゃねえ」
片瀬が眉を上げた。
「へえ」
「仲間を守るためなら別だけどな」
その言葉に、片瀬は少し黙った。
「……俺だって同じだよ」
「そうか」
朝比奈は頷いた。
「だったら、今は戦う必要ねえな」
片瀬は苦笑した。
「……お前、結構落ち着いてんな」
「よく言われる」
二人はそれ以上、喧嘩の話をしなかった。
ベンチでは、城戸が遠藤に尋ねていた。
「なあ、遠藤」
「何だ?」
「お前、本当に尾張と協力したいだけなのか?」
遠藤は城戸を見た。
「どういう意味だ?」
「三河をまとめた次は、尾張もまとめたいんじゃねえのか?」
遠藤はすぐには答えなかった。
城戸は続けた。
「東条に会って、今度は俺だ。そのうち高瀬にも会うんだろ?」
「そのつもりだ」
「だったら、俺たちを一つにまとめようとしてるようにも見える」
遠藤は頷いた。
「そう見えるだろうな」
「違うのか?」
「……完全には否定しない」
城戸は小さく笑った。
「正直だな」
遠藤は川の流れを眺めた。
「俺は、三河と尾張の学校が無駄に争う状況を減らしたいと思っている」
「そのために、誰かが上に立つ必要があるってことか?」
「場合によってはな」
城戸は遠藤を見つめた。
「だったら、俺とは考え方が違う」
「そうか?」
「ああ」
城戸は立ち上がった。
「俺も勢力を広げたいと思ってる。だが、それは北陵会の連中を守るためだ」
遠藤も立ち上がる。
「俺も、三河の仲間を守りたいと思っている」
「だったら分かるだろ」
城戸は真剣な顔で言った。
「俺には、北陵会を誰かに預けるつもりはねえ」
遠藤はしばらく黙った。
そして、静かに頷いた。
「……分かった」
城戸は少し意外そうな顔をした。
「それだけか?」
「ああ」
「もっと説得してくると思ったけどな」
遠藤は笑った。
「無理に説得しても、今のお前は考えを変えないだろう」
城戸も笑った。
「よく分かってんじゃねえか」
「ただ、一つだけ聞いておきたい」
「何だ?」
遠藤は城戸をまっすぐ見た。
「もし三河と北陵会が対立することになったら、お前はどうする?」
城戸は即答した。
「仲間を守る」
「相手が俺たちでもか?」
「ああ」
遠藤は頷いた。
「……そうか」
城戸が尋ね返す。
「お前は?」
「俺も同じだ」
二人はしばらく見つめ合った。
互いに笑っていたが、その言葉には譲れない意思が込められていた。
会談が終わり、遠藤たちは駅へ向かって歩き始めた。
佐藤が尋ねる。
「遠藤さん、どうでしたか?」
「城戸圭吾か」
遠藤は少し考えた。
「東条とは違う意味で、難しい相手だな」
朝比奈が顔を向ける。
「協力は無理そうですか?」
「今すぐにはな」
遠藤は答えた。
「ただ、話が通じない相手ではない」
佐藤は頷いた。
「北陵会は独立を強く望んでいます。無理に関係を進めれば、反発されるでしょう」
「ああ」
遠藤は歩きながら続けた。
「だから、次は南側の話を聞こう」
「高瀬宗介さんですね」
「そうだ」
佐藤はスマートフォンを取り出した。
「連絡を取ってみます」
遠藤は頷いた。
その頃、河川敷では城戸が宮坂と片瀬に話していた。
「……どうでした?」
宮坂が尋ねる。
城戸は遠藤たちの背中を見送った。
「強そうな奴だったな」
片瀬が顔を上げる。
「遠藤ですか?」
「ああ」
「戦ってもないのに分かるんですか?」
城戸は少し笑った。
「少なくとも、簡単に引き下がる奴じゃねえよ」
宮坂が尋ねる。
「今川学園とは協力しないんですか?」
「今はな」
城戸は答えた。
「ただ、向こうの動きは引き続き調べてくれ」
「分かりました」
城戸は歩き始めた。
「それと、東側への活動は今まで通りだ。勝手な勧誘や喧嘩はするなよ」
片瀬が頷いた。
「了解です」
城戸は夕暮れの空を見上げた。
東条雅人。
高瀬宗介。
秋山天馬。
そして、遠藤道流。
尾張の中だけで争っていた頃とは、少しずつ状況が変わり始めていた。
「……面白くなってきたな」
宮坂が尋ねる。
「何か言いました?」
「いや、何でもねえ」
城戸は笑った。
だが、その胸には一つの疑問が残っていた。
遠藤道流は、本当に話し合いだけで尾張との関係を築こうとしているのか。
それとも、別の考えがあるのか。
まだ、その答えは分からなかった。
第58話 完




