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戦国アウトロー  作者: 石蒜
第2章「尾張の狼煙」
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55/80

第55話「佐藤健の分析」

午後六時三十分。

三河、今川学園。

校舎三階の空き教室で、佐藤健は一冊のノートを広げていた。

机の上には、尾張周辺の地図と数枚の資料が置かれている。

ノートには、これまで調べた学校名と、その中心人物が書き込まれていた。

東尾張連合――東条雅人。

北陵会――城戸圭吾。

南翔高校――高瀬宗介。

そして、秋山天馬を中心とした五人組。

佐藤はペンを止めた。

「……思っていたより、複雑ですね」

その時、教室の扉が開いた。

「おーい、佐藤。まだやってんのか?」

入ってきたのは岡島秀太だった。

その後ろから朝比奈優吾も姿を見せる。

「お疲れさまです」

佐藤が顔を上げる。

岡島は机の上の資料を見た。

「うわ、すげえ量だな」

「二人が集めてくれた情報を整理していました」

朝比奈が椅子を引いた。

「秋山の件、報告は読んだか?」

「はい。ただ、直接聞いておきたいことがあります」

「何だ?」

佐藤はノートを開いた。

「秋山天馬は、本当に勢力を広げるつもりがないんでしょうか?」

岡島が答える。

「本人はそう言ってたぞ」

「そうですか」

「疑ってんのか?」

「いえ。むしろ本当なら、興味深いと思いまして」

岡島は首を傾げた。

「何が?」

佐藤はペンを置いた。

「東尾張連合の東条雅人を倒したのに、支配地域を引き継ごうとしていないことです」

朝比奈が頷く。

「確かに、普通なら名前を売るいい機会だな」

「そうなんです」

佐藤は地図の中央を指差した。

「秋山たちが東尾張連合を吸収していたら、尾張の勢力関係は大きく変わっていたでしょう」

岡島が笑った。

「でも、あいつは興味ねえってさ」

「なら、現時点では積極的に争う必要のない相手ですね」

佐藤はノートに書き加えた。

岡島がその文字を覗き込む。

『秋山天馬――仲間への攻撃に対して反応する可能性が高い』

「……何だこれ?」

「秋山が戦う条件です」

佐藤は答えた。

「岡島さんの報告では、仲間が巻き込まれた場合は必ず動くと答えたそうですね」

「ああ」

「つまり、こちらが彼の仲間に危害を加えなければ、すぐに敵対する可能性は低い」

朝比奈が腕を組んだ。

「逆に言えば、仲間が巻き込まれたら厄介ってことか」

「そうですね」

佐藤は頷いた。

「ただ、まだ五人全員の実力が分かっていません」

岡島が椅子にもたれた。

「俺が見てきてやろうか?」

「喧嘩をするのは駄目ですよ」

「分かってるって」

朝比奈が苦笑した。

「昨日も同じこと言ってたな」

「うるせえな」

佐藤は次の資料を取り出した。

「それより、東尾張連合についてです」

岡島が顔を向ける。

「東条のところか」

「はい。最近、強制的な勧誘をやめたそうです」

朝比奈が頷いた。

「俺も聞いた」

「それによって所属人数が減っています。ただし、主要幹部は全員残っています」

佐藤は名前を読み上げた。

「東条雅人、神谷亮介、相馬恭介、久我山慎吾、三枝圭介」

岡島が言った。

「相馬って、水原に勝った奴だろ?」

「そうです」

「なら、東尾張連合もまだまだ強そうだな」

佐藤は頷いた。

「人数が減ったからといって、簡単に崩せる組織ではないでしょう」

朝比奈が尋ねる。

「じゃあ、北陵会は?」

佐藤は地図の北側を指差した。

「城戸圭吾を中心に、比較的まとまっています」

「水原と片瀬が勝手に動いたんだろ?」

「はい。ですが、城戸が直接止めています」

佐藤は続けた。

「重要なのは、城戸が東側への進出を諦めていないことです」

岡島が眉を寄せる。

「まだ狙ってんのか」

「そう考えるのが自然です」

「東条とまた喧嘩になるかもしれねえな」

「可能性はあります」

佐藤はノートに二本の線を引いた。

東尾張連合と北陵会。

その間に、対立を示す印を書き込む。

「この二つは、今後も衝突する可能性が高いですね」

朝比奈は地図を眺めた。

「南翔高校はどうなんだ?」

「高瀬宗介ですね」

佐藤は別の資料を開いた。

「彼は自分から勢力を広げようとはしていません。南側の学校を守ることを優先しています」

岡島が笑った。

「秋山と似てるな」

「一部は似ています」

佐藤は答えた。

「ただ、高瀬はすでに複数の学校と関係を持っています。秋山たちとは規模が違います」

朝比奈が頷く。

「つまり、南側に手を出さなきゃ動かない?」

「おそらくは」

佐藤は少し考えた。

「ですが、尾張全体で大きな争いが起きれば、静観するとは限りません」

岡島は地図を見つめた。

「なあ、佐藤」

「はい」

「結局、尾張で一番強いのは誰なんだ?」

佐藤は顔を上げた。

「分かりません」

「即答かよ」

「実際に全員が戦ったわけではありませんから」

佐藤は冷静に答えた。

「秋山は東条に勝っています。しかし、城戸との勝負は行われていません」

「東条と城戸は?」

「決着がついていません」

「高瀬は?」

「戦闘能力について、信頼できる情報が不足しています」

岡島は頭をかいた。

「……何も決まってねえじゃん」

「そういうことです」

朝比奈が笑った。

「だから調べてるんだろ」

「まあ、そうだけどよ」

佐藤はノートを閉じた。

「それに、誰が一番強いかだけで判断するのは危険です」

岡島が尋ねる。

「何で?」

「個人の強さと、組織同士の戦いで勝てるかどうかは別だからです」

佐藤は地図を指差した。

「仮に秋山が尾張で最も強かったとしても、五人だけで数十人を相手にするのは難しいでしょう」

朝比奈が頷いた。

「確かにな」

「逆に、個人の実力が多少劣っていても、人数や連携で勝てる場合があります」

岡島は腕を組んだ。

「……なるほどな」

佐藤は続けた。

「ですから、僕は各勢力の人数、連携、指揮系統、それから中心人物の考え方を調べています」

「全部必要ってことか」

「はい」

佐藤は静かに頷いた。

「尾張を相手にするなら、力任せではいけません」


午後七時。

岡島と朝比奈が帰ったあとも、佐藤は教室に残っていた。

ノートの最後のページには、尾張の勢力関係が整理されている。

佐藤は改めて目を通した。

東尾張連合。

北陵会。

南翔高校。

秋山天馬の五人組。

それぞれに強みがあり、弱点もある。

だが、一つだけ共通していることがあった。

「……どこも、簡単には従わないでしょうね」

佐藤は小さく呟いた。

その時、教室の扉が開いた。

「まだ残っていたのか」

佐藤が振り返る。

入口に立っていたのは、中本泰史だった。

今川学園の二年生。

三河の不良たちをまとめる組織の中心人物の一人である。

「中本さん」

佐藤は立ち上がった。

「お疲れさまです」

「そんなにかしこまるなよ」

中本は笑った。

「尾張の調査、進んでるらしいな」

「はい。おおよその状況は把握できました」

中本は机の上の地図を見た。

「……ずいぶん細かいな」

「まだ足りない部分もあります」

「遠藤さんには報告したのか?」

「これからです」

中本は頷いた。

「そうか」

そして、佐藤の向かいに座った。

「なあ、佐藤」

「はい」

「俺たちは、本当に尾張へ進出するのか?」

佐藤は少し黙った。

「それは遠藤さんの判断です」

「……だよな」

中本は地図を眺めた。

「俺たちのところだって、まだ全部まとまってるわけじゃないのにな」

佐藤が顔を上げる。

「何か気になることがあるんですか?」

「いや」

中本は首を横に振った。

「ただ、尾張の連中が黙って従うとは思えなくてさ」

佐藤は頷いた。

「僕もそう思います」

「だったら、結構大変だぞ」

「はい」

佐藤は落ち着いた声で答えた。

「だからこそ、今のうちに調べておく必要があります」

中本は少し笑った。

「……お前、やっぱり一年には見えねえな」

「そうですか?」

「ああ。俺よりよっぽど落ち着いてる」

佐藤は苦笑した。

「そんなことありませんよ」

中本は立ち上がった。

「遠藤さん、まだ学校にいるぞ」

「分かりました」

「報告するなら、一緒に行こうぜ」

佐藤はノートと資料をまとめた。

「お願いします」

二人は教室を出た。


今川学園、三年生の教室。

廊下の奥にある扉の前で、中本が足を止めた。

「遠藤さん、入りますよ」

「ああ」

中から声が返ってきた。

中本が扉を開ける。

窓際の席に、一人の男子生徒が座っていた。

遠藤道流。

今川学園三年生。

三河の不良たちをまとめる中心人物だった。

遠藤は二人を見た。

「佐藤、調査は終わったか?」

「はい。現時点で分かっていることをまとめました」

佐藤は資料を差し出した。

遠藤は受け取り、ゆっくりと目を通した。

しばらくして、一つの名前に目を止める。

「……秋山天馬」

「はい」

「東条雅人に勝った二年生か」

「そうです」

遠藤は資料を机に置いた。

「尾張には、面白い奴が多いみたいだな」

中本が尋ねた。

「遠藤さん、これからどうするつもりですか?」

遠藤は二人を見た。

「まずは、もう少し話を聞こう」

「直接ですか?」

「ああ」

遠藤は頷いた。

「尾張の連中が何を考えてるのか、本人たちから聞いてみたい」

佐藤が尋ねる。

「誰に会うつもりですか?」

遠藤は地図に目を落とした。

そして、東側の学校が集まる場所を指差した。

「まずは東条雅人だ」

佐藤は頷いた。

「分かりました。連絡を取ってみます」

遠藤は椅子から立ち上がった。

「無理に呼び出す必要はない。向こうが断るなら、それでも構わん」

「承知しました」

遠藤は窓の外を見た。

「……尾張か」

その声は静かだった。

三河の不良たちを率いる遠藤道流。

彼が尾張へ関心を向け始めたことで、これまで地域ごとに続いていた争いは、新たな局面を迎えようとしていた。

第55話 完

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