第54話「接近する三河勢」
放課後。
尾張中央高校。
秋山天馬は、教室で帰り支度をしていた。
隣では大地夢斗がスマートフォンを操作している。
「天馬、今日どうする?」
「何が?」
「海斗がさ、駅前のラーメン屋に行こうって」
「またラーメンかよ」
天馬は呆れたように笑った。
「この前も食っただろ」
「新しい店ができたらしいよ」
「へえ。うまいのか?」
「海斗が調べた店だから、そこは分かんない」
「何だそれ」
二人が笑っていると、教室の入口から声がした。
「秋山天馬って、いる?」
見知らぬ男子生徒だった。
天馬が顔を上げる。
「俺だけど」
「校門のところに、お前に会いたいって奴が来てるぞ」
「誰?」
「知らねえ。別の学校の制服だった」
夢斗がスマートフォンをしまった。
「……また誰か来たのかな」
天馬は鞄を肩に掛けた。
「行ってみるか」
校門前。
二人の男子生徒が立っていた。
一人は短く整えた黒髪で、制服の上着を肩に掛けている。
もう一人は少し背が高く、落ち着いた雰囲気の男だった。
「……あれか?」
岡島秀太が校門を見た。
朝比奈優吾が頷く。
「多分な」
「写真より普通だな」
「お前、何を期待してたんだよ」
「もっと怖そうな奴かと思ってた」
朝比奈は苦笑した。
「見た目だけで判断するなって言っただろ」
その時、天馬と夢斗が校門から出てきた。
岡島が一歩前へ出る。
「秋山天馬?」
天馬は足を止めた。
「そうだけど。お前ら誰?」
「俺は岡島秀太。こっちは朝比奈優吾」
朝比奈が軽く頭を下げた。
「急に悪いな」
天馬は二人の制服を見た。
「うちの学校じゃねえよな?」
「ああ。三河から来た」
夢斗が反応した。
「三河?」
「そう」
岡島は笑った。
「ちょっとお前らに興味があってさ」
天馬は眉を寄せた。
「興味?」
「東条雅人に勝ったんだろ?」
その名前を聞いて、天馬の表情が変わった。
「……それが?」
「どんな奴なのか、一回会ってみたかった」
天馬は岡島を見つめた。
「わざわざ三河から?」
「まあな」
夢斗が口を開いた。
「それだけのために来たの?」
朝比奈が答える。
「正確には、尾張の学校を見て回ってる。その途中で秋山にも会っておこうと思ったんだ」
「尾張の学校を?」
「ああ」
天馬は腕を組んだ。
「……何で?」
岡島が笑った。
「気になるか?」
「そりゃ気になるだろ。知らねえ奴がいきなり来たんだから」
「まあ、そうだよな」
岡島は肩をすくめた。
「俺たちの学校でも、尾張の噂が結構流れてくるんだよ」
夢斗が尋ねる。
「例えば?」
「東尾張連合が負けたとか、北陵会が動いてるとか、南翔高校には高瀬って奴がいるとか」
岡島は天馬を指差した。
「その中でも一番気になったのがお前だ」
「俺?」
「ああ。五人で東尾張連合に勝ったんだろ?」
天馬は首を横に振った。
「俺一人で勝ったわけじゃねえよ」
「知ってる」
岡島は笑った。
「でも、東条を倒したのはお前なんだろ?」
「……まあな」
岡島の笑みが少し深くなった。
「だったら、結構強えんだろうな」
天馬は黙っていた。
朝比奈が岡島の肩を軽く叩く。
「おい。変なこと考えるなよ」
「分かってるって」
「お前の『分かってる』は信用できねえんだよ」
夢斗が二人を見比べた。
「もしかして、喧嘩しに来たの?」
朝比奈はすぐに首を横に振った。
「いや、今日は違う」
「今日は?」
天馬が聞き返した。
朝比奈は少し困った顔をした。
「……言い方が悪かったな。俺たちは喧嘩を始めるために来たわけじゃない」
岡島が横から口を挟む。
「俺個人としては、ちょっと手合わせしてみたいけどな」
「岡島」
「冗談だって」
朝比奈はため息をついた。
天馬はそんな二人を見て、小さく笑った。
「何だよ。お前ら、結構仲いいんだな」
岡島が答える。
「付き合い長いからな」
「それで、俺に会ってどうすんだ?」
天馬が尋ねた。
岡島は少し考えた。
「……一つ聞いていいか?」
「ああ」
「お前、これから尾張をまとめるつもりはねえの?」
天馬は首を傾げた。
「何で俺が?」
「東条に勝ったんだろ? 北陵会の城戸も、お前のこと気にしてるらしいじゃねえか」
「だから?」
「力があるなら、もっと大きな組織を作れるだろ」
天馬は少し黙った。
そして答えた。
「別に興味ねえな」
岡島が目を丸くした。
「……マジで?」
「ああ」
「もったいなくねえか?」
「何が?」
「強い奴が仲間を集めれば、もっと強くなれるだろ」
天馬は夢斗をちらりと見た。
「俺にはもう仲間がいるしな」
夢斗が笑った。
「そういうこと」
岡島は二人を見つめた。
「……五人で十分ってことか?」
天馬は少し考えた。
「人数が増えるのが嫌ってわけじゃねえよ」
「じゃあ?」
「一緒にいたい奴と一緒にいられれば、それでいい」
岡島はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……変わってんな、お前」
「よく言われる」
「だろうな」
朝比奈が口を開いた。
「秋山。もう一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「もし、三河の連中が尾張に来て、学校同士で揉め事になったらどうする?」
天馬の表情が少し真剣になった。
「……そいつらが何するかによるだろ」
「例えば、東尾張連合とぶつかったら?」
「俺たちに関係なきゃ、勝手に首突っ込むつもりはねえよ」
「仲間が巻き込まれたら?」
天馬は即答した。
「助ける」
朝比奈は頷いた。
「なるほどな」
岡島が笑った。
「分かりやすい奴だな」
「悪かったな」
「いや、嫌いじゃねえよ」
岡島はポケットからスマートフォンを取り出した。
「今日はもう帰るわ」
天馬が尋ねる。
「結局、何しに来たんだよ」
「だから、会ってみたかったんだって」
「それだけ?」
「ああ」
岡島は笑った。
「でも、会えてよかった」
朝比奈も軽く頭を下げた。
「急に押しかけて悪かったな」
「別にいいけど」
天馬は二人を見た。
「お前ら、また尾張に来るのか?」
岡島が答えた。
「多分な」
「そうか」
「次に会う時は、もうちょっとゆっくり話そうぜ」
天馬は笑った。
「喧嘩じゃなきゃな」
「分かってるって」
朝比奈が横から言った。
「お前、絶対分かってねえだろ」
二人は言い合いながら歩き始めた。
天馬と夢斗は、その背中を見送った。
駅へ向かう道。
岡島は歩きながら、朝比奈に尋ねた。
「どう思った?」
「秋山のことか?」
「ああ」
朝比奈は少し考えた。
「噂で聞いてたより、落ち着いてたな」
「だよな」
「少なくとも、自分から勢力争いを始めるようには見えなかった」
岡島は頷いた。
「でも、強そうだった」
朝比奈が横を見る。
「戦ってもねえのに分かるのか?」
「何となくな」
岡島は笑った。
「俺が喧嘩の話をしても、全然ビビってなかったし」
「それだけじゃ判断できねえだろ」
「まあな」
岡島はスマートフォンを取り出した。
佐藤健からメッセージが届いていた。
『秋山天馬とは接触できましたか?』
岡島は返信する。
『会えた。噂通り面白い奴だった』
すぐに返事が来た。
『尾張の勢力争いに参加する意思はありそうですか?』
岡島は少し考えてから入力した。
『今のところなさそうだ。ただし仲間が巻き込まれたら動く』
送信すると、朝比奈が尋ねた。
「佐藤か?」
「ああ」
「何て?」
「秋山について聞かれた」
朝比奈は頷いた。
「だったら、今日分かったことを全部伝えとけ」
「分かってる」
岡島はスマートフォンをしまった。
「……なあ、朝比奈」
「何だ?」
「俺たち、本当に尾張とぶつかることになると思うか?」
朝比奈は少し黙った。
「それは俺たちが決めることじゃねえだろ」
「遠藤さん次第ってことか」
「ああ」
岡島は空を見上げた。
「……そうだな」
三河へ戻る電車の時刻が近づいていた。
二人は駅へ向かって歩き続けた。
秋山天馬との最初の接触。
それは、互いの名前と考え方を知るだけの短い出会いだった。
しかし、岡島秀太は確信していた。
秋山天馬とは、いずれもう一度会うことになる。
その時、今日のように穏やかに話せるかどうかは分からなかった。
第54話 完




