第53話「三河の影」
午後四時三十分。
北陵高校の校門前。
宮坂亮はスマートフォンを確認しながら、誰かを待っていた。
画面には、昨日届いたメッセージが表示されている。
『三河の連中について、少し分かった』
送り主は、東側の学校に通う知り合いだった。
宮坂は返信した。
『今から向かう』
スマートフォンをポケットにしまうと、校門を出た。
城戸圭吾から任された調査。
最近、三河方面の学校の生徒が尾張に来ているという話だった。
今のところ、大きな喧嘩が起きたという報告はない。
ただ、妙なことが一つあった。
彼らは特定の学校に接触するのではなく、東側、北側、南側の複数の学校を回っていた。
「……何が目的なんだ?」
宮坂は小さく呟いた。
午後五時。
東側の商店街。
宮坂はコンビニの前で、一人の男子生徒と落ち合った。
東商高校の二年生、柴崎修斗。
以前から宮坂と連絡を取り合っている知り合いだった。
「悪いな、急に呼び出して」
宮坂が言うと、柴崎は首を横に振った。
「別にいいよ。俺もちょっと気になってたし」
「三河の連中について、何か分かったのか?」
「ああ」
柴崎はスマートフォンを取り出した。
「昨日、うちの学校の一年が知らない奴に声かけられたらしい」
「どんな奴だ?」
「二人組。どっちも男で、制服は見たことないやつだったって」
宮坂は眉を寄せた。
「名前は?」
「一人は岡島って名乗ったらしい」
「岡島?」
「ああ。岡島秀太」
宮坂はその名前をスマートフォンに入力した。
「もう一人は?」
「朝比奈優吾」
宮坂は顔を上げた。
「……二人とも三河の生徒なのか?」
「そうらしい」
柴崎は頷いた。
「しかも、結構有名みたいだぞ」
「有名?」
「三河の不良たちをまとめてる連中の幹部だって話だ」
宮坂は黙った。
柴崎が続ける。
「岡島は喧嘩が強いことで知られてる。朝比奈は面倒見がいいけど、怒らせると厄介らしい」
「……なるほど」
宮坂はメモを取った。
「で、そいつらは何を聞いてきたんだ?」
「尾張で一番強い奴は誰かって」
宮坂が顔を上げる。
「……何?」
「東条雅人、城戸圭吾、高瀬宗介。それから秋山天馬」
柴崎は指を折りながら名前を挙げた。
「その四人について、色々聞いてたらしい」
宮坂は表情を険しくした。
「……城戸さんの名前も出たのか」
「ああ」
「ほかには?」
「それぞれの学校の人数とか、どこの学校と仲がいいかとか」
宮坂は考え込んだ。
単なる喧嘩相手を探しているだけなら、ここまで詳しく調べる必要はない。
「……情報を集めてるのか」
柴崎が頷いた。
「俺もそう思う」
「ありがとな。助かった」
宮坂が立ち去ろうとすると、柴崎が呼び止めた。
「宮坂」
「何だ?」
「気をつけろよ」
宮坂は振り返った。
「どうして?」
「岡島たち、喧嘩を売ってるわけじゃないんだ」
「……それが?」
「なのに、話を聞かれた奴らがみんな妙に緊張してたらしい」
宮坂は黙った。
柴崎は続ける。
「何ていうか……逆らっちゃいけない雰囲気だったって」
「……分かった」
宮坂は頷いた。
「城戸さんに伝える」
同じ頃。
東商高校から少し離れた喫茶店。
窓際の席に、二人の男子生徒が座っていた。
岡島秀太と朝比奈優吾。
どちらも三河方面の高校に通う二年生だった。
岡島はアイスコーヒーを飲みながら、スマートフォンを眺めていた。
「……思ったより複雑だな、尾張って」
朝比奈が笑う。
「そうか?」
「北陵会、東尾張連合、南翔高校。それに秋山天馬の五人組」
岡島は画面を朝比奈に見せた。
「まとまってるようで、全然まとまってねえ」
朝比奈は頷いた。
「それぞれ考え方が違うんだろ」
「だろうな」
岡島はスマートフォンを置いた。
「で、お前はどう思う?」
「何が?」
「尾張で一番強い奴だよ」
朝比奈は少し考えた。
「まだ分からねえな」
「東条は秋山に負けた。城戸とは決着がついてない。高瀬はそもそも喧嘩してねえ」
「そういうことだ」
朝比奈はコーヒーを一口飲んだ。
「噂だけで判断するのは早い」
岡島が笑う。
「慎重だな」
「お前がせっかちなだけだろ」
「そうか?」
「ああ」
二人は笑った。
しばらくして、岡島が真剣な顔になった。
「……で、佐藤には何て報告する?」
朝比奈はスマートフォンを取り出した。
「今分かってることを、そのまま伝えればいい」
「秋山天馬のことも?」
「もちろん」
岡島は窓の外を見た。
「……一度、会ってみてえな」
「秋山に?」
「ああ。東条を倒したっていう二年だろ?」
朝比奈は少し笑った。
「喧嘩するなよ」
「分かってるって」
岡島は肩をすくめた。
「ただ、どんな奴か見てみたいだけだ」
朝比奈は岡島を見た。
「……本当か?」
「半分くらいはな」
「残り半分は?」
岡島は笑った。
「強いなら、一回くらいやってみてえ」
朝比奈は呆れたように息を吐いた。
「……お前な」
午後六時。
北陵高校、旧校舎。
城戸圭吾は宮坂からの報告を聞いていた。
「岡島秀太と朝比奈優吾……か」
「はい」
宮坂は頷いた。
「三河方面の高校に通う二年生で、向こうではかなり有名らしいです」
城戸は腕を組んだ。
「目的は?」
「まだ分かりません。ただ、尾張の各勢力について調べてるみたいです」
「……そうか」
宮坂が続ける。
「東条さん、高瀬さん、それから秋山天馬の名前も出してたそうです」
城戸は少し笑った。
「秋山まで調べてんのか」
「はい」
「面白いな」
宮坂は眉を寄せた。
「面白いですか?」
「いや、笑い事じゃねえけどな」
城戸は椅子から立ち上がった。
「ただ、三河の連中がわざわざ尾張まで来てるってことは、何か理由があるんだろ」
「どうします?」
「今は様子を見る」
宮坂が頷く。
「分かりました」
城戸は続けた。
「ただし、向こうから接触してきたら話は別だ」
「……戦うんですか?」
「まず話を聞く」
城戸は笑った。
「何しに来たのか、それくらい聞いてもいいだろ」
宮坂も少し笑った。
「そうですね」
城戸は窓の外を見た。
「……三河か」
尾張の外から来た二人の名前。
岡島秀太。
朝比奈優吾。
城戸はまだ知らなかった。
その二人が所属する勢力が、尾張の不良たちにとって大きな脅威になることを。
その夜。
三河方面の高校。
一年生の佐藤健は、スマートフォンに届いた報告を確認していた。
送り主は朝比奈優吾。
『尾張の主要勢力について、おおよそ把握できた』
続けて、各組織の名前と代表者の情報が送られてくる。
佐藤は一つずつ目を通した。
そして、ある名前で指を止めた。
秋山天馬。
東尾張連合の東条雅人を倒した二年生。
佐藤は少し考え、岡島に返信した。
『秋山天馬について、もう少し詳しく調べてください』
送信を終えると、ノートを開いた。
そこには尾張の学校名と、各勢力の関係が整理されていた。
佐藤は新たに一行を書き加えた。
『秋山天馬――所属五名。東尾張連合に勝利。勢力拡大の意思なし』
「……五人ですか」
佐藤は小さく呟いた。
「少人数でも、侮れませんね」
その後、別の連絡先を開いた。
表示された名前は、遠藤道流。
佐藤は短い報告を送った。
『尾張の調査は順調です。近いうちに詳細を報告します』
数分後、返信が届いた。
『分かった。無理に動くな』
佐藤は画面を見つめた。
「……承知しました」
スマートフォンを置き、再びノートに視線を戻す。
尾張の各勢力。
その関係をどう利用するか。
佐藤健は、静かに考え始めていた。
第53話 完




