第52話「南翔の選択」
放課後。
南翔高校、三年二組。
最後の授業が終わり、生徒たちが次々と教室を出ていく。
高瀬宗介は自分の席に座ったまま、スマートフォンを眺めていた。
画面には、東尾張連合に関する情報が表示されている。
『東条雅人、強制勧誘を廃止』
『東尾張連合から複数名が脱退』
『北陵会、東側への活動を縮小』
高瀬は画面を閉じた。
「……東条も思い切ったことをしたな」
「何がですか?」
隣から声がした。
振り返ると、同じ南翔高校の二年生、藤崎蓮が立っていた。
以前、秋山天馬たちのもとへ同行した生徒だった。
「東尾張連合のことだ」
「ああ、人数が減ったって話ですか?」
「そうだ」
高瀬は頷いた。
「今までの東条なら、絶対に認めなかっただろうな」
藤崎は机に腰を預けた。
「でも、人数が減ったら弱くなりません?」
「どうだろうな」
「普通はそうじゃないですか?」
高瀬は少し考えた。
「人数が多いだけじゃ、強い組織とは言えない」
藤崎が首を傾げる。
「そうですか?」
「例えば、十人いても全員が勝手に動く組織と、五人でも互いを信頼して動ける組織。どっちが厄介だと思う?」
「……五人の方ですかね」
「そういうことだ」
高瀬は立ち上がった。
「東条は、ようやくそこに気づいたのかもしれないな」
南翔高校の屋上。
高瀬と藤崎のほかに、数人の生徒が集まっていた。
南翔高校の不良たちをまとめる中心メンバーだ。
高瀬が口を開いた。
「今日は、今後の南翔について話したい」
一人の三年生が尋ねた。
「北陵会のことですか?」
「ああ。それと東尾張連合のこともだ」
藤崎が最近の状況を説明する。
「北陵会は東側への強引な勧誘を控えるそうです。東尾張連合も方針を変えて、抜けたい奴は自由に抜けられるようになりました」
別の生徒が腕を組んだ。
「じゃあ、しばらくは落ち着きそうですね」
「そうだな」
高瀬は頷いた。
「ただ、俺たちも何もしなくていいわけじゃない」
三年生の一人が尋ねる。
「どうするつもりだ?」
「南側の学校を回ろうと思う」
「勧誘ですか?」
「違う」
高瀬は首を横に振った。
「困ってることがないか、直接話を聞きに行く」
藤崎が頷く。
「なるほど」
「最近、北側と東側の話ばかりだっただろ。南側でも何か起きてるかもしれない」
一人の男子生徒が言った。
「でも、高瀬さん。南側は今のところ平和ですよ」
「そうだな」
高瀬は笑った。
「だからこそ、そのままにしておきたい」
三年生が腕を組んだ。
「もし北陵会が南側に来たら?」
「まず話す」
「話が通じなかったら?」
高瀬は少し考えた。
「その時は、俺たちが止める」
藤崎が尋ねる。
「喧嘩になってもですか?」
「ああ」
高瀬は真剣な顔で答えた。
「ただし、こっちから仕掛けることはしない」
全員が頷いた。
高瀬は続ける。
「それと、秋山天馬たちにも手を出すな」
藤崎が顔を上げた。
「秋山たちですか?」
「ああ」
「でも、あいつらはどこの勢力にも入ってないんですよね?」
「そうだ」
高瀬は頷いた。
「だから、余計なことをする必要はない」
三年生の一人が笑った。
「高瀬、お前あいつらのこと結構気に入ってるだろ」
高瀬も笑った。
「嫌いじゃないな」
「強いからか?」
「それもある」
高瀬は少し考えた。
「でも、一番は考え方だ」
藤崎が尋ねる。
「考え方?」
「秋山は、東条に勝っても東側を取ろうとしなかった」
「そうですね」
「俺には、ああいう奴の方が信用できる」
三年生が頷いた。
「確かにな」
会議が終わったあと。
高瀬と藤崎は屋上に残っていた。
夕方の風が、二人の制服を揺らす。
藤崎が口を開いた。
「高瀬さん」
「何だ?」
「もし秋山たちが南側で喧嘩を始めたら、どうします?」
高瀬は少し考えた。
「理由を聞く」
「理由?」
「ああ。何も聞かずに敵だと決めつけるつもりはない」
藤崎は笑った。
「高瀬さんらしいですね」
「そうか?」
「はい」
藤崎は手すりに寄りかかった。
「俺、前はもっと勢力を広げた方がいいと思ってました」
「今は?」
「今は、南側を守れれば十分かなって」
高瀬は頷いた。
「それでいいと思うぞ」
「でも、北陵会はまだ東側を諦めてないんですよね?」
「だろうな」
高瀬は遠くの街並みを見た。
「城戸は簡単に考えを変える奴じゃない」
「知り合いなんですか?」
「前に少し話したことがある」
「どんな話を?」
高瀬は小さく笑った。
「どっちの考え方が正しいか、みたいな話だ」
藤崎が首を傾げる。
「何ですか、それ」
「俺は自分たちの場所を守れればいい。城戸はもっと広い範囲をまとめたい」
「全然違いますね」
「ああ」
高瀬は頷いた。
「だから、いつかぶつかるかもしれない」
藤崎は少し不安そうな顔をした。
「……そうなったら、勝てますかね?」
高瀬は藤崎を見た。
「勝てるかどうかは分からない」
「え?」
「でも、負けるつもりで戦うことはない」
藤崎は笑った。
「……そうですよね」
翌日。
南側にある南陵商業高校。
高瀬と藤崎は、学校近くの公園で数人の生徒と話していた。
「最近、変わったことはないか?」
高瀬が尋ねる。
南陵商業の三年生が首を横に振った。
「特にはないですね」
「他校の奴らに絡まれたりは?」
「それもないです」
「そうか」
高瀬は頷いた。
「何かあったら連絡してくれ」
「分かりました」
話が終わり、二人は公園を出た。
藤崎がスマートフォンを確認する。
「次は南工ですね」
「ああ」
高瀬は歩き始めた。
その時、藤崎が足を止めた。
「……あれ?」
「どうした?」
「知らない番号からメッセージが来てます」
高瀬が振り返る。
「何て?」
藤崎は画面を読み上げた。
「『尾張の学校について、少し話を聞かせてほしい』……だそうです」
高瀬は眉を寄せた。
「誰からだ?」
「名前は書いてません」
「返信は?」
「まだしてないです」
高瀬は少し考えた。
「無視していい」
「いいんですか?」
「ああ。名乗りもしない奴に、こっちの情報を教える必要はない」
藤崎は頷き、スマートフォンをしまった。
「分かりました」
二人は再び歩き始めた。
だが、その日の夕方。
南翔高校の別の生徒にも、同じようなメッセージが届いていた。
送り主は、尾張のどの学校にも所属していない人物。
そして、その人物は南翔高校だけでなく、東側や北側の学校にも接触を始めていた。
尾張の各勢力が争いを落ち着かせようとしている中で、別の地域から静かに情報が集められていた。
第52話 完




