第50話「東尾張連合の変化」
放課後。
東尾張工業高校、旧校舎の一室。
東条雅人は窓際の椅子に座り、集まった仲間たちを見渡していた。
神谷亮介、相馬恭介、久我山慎吾、三枝圭介。
東尾張連合の中心となってきた四人だ。
「……東条さん、全員揃いました」
三枝が言った。
「ああ」
東条は頷いた。
昨日、北陵会の片瀬翔と戦った影響で、左脇腹にはまだ痛みが残っている。
相馬も顔に傷を作っていた。
神谷が口を開いた。
「それで、話って何ですか?」
「東尾張連合のことだ」
東条の言葉に、全員が顔を上げた。
「これからの東尾張連合を、どうするか決めたい」
久我山が眉を寄せる。
「どうするって……今まで通りじゃ駄目なんですか?」
東条は首を横に振った。
「今まで通りじゃ、また同じことを繰り返す」
「同じこと?」
「昨日の北陵会みたいなことだ」
部屋が静かになった。
東条は続ける。
「俺たちは今まで、東側の学校をまとめるために、力で従わせてきた」
神谷が腕を組む。
「まあ……そうっすね」
「断った奴にも何度も声をかけた。場合によっちゃ、喧嘩になったこともある」
相馬が俯いた。
「……否定できねえな」
東条は全員を見た。
「俺は、それをやめようと思う」
久我山が目を見開いた。
「え?」
「これからは、入りたくない奴を無理やり入れない。東尾張連合を抜けたい奴も引き止めない」
神谷が尋ねる。
「それって、人数が減ってもいいってことですか?」
「ああ」
東条は即答した。
「その代わり、自分の意思で残った奴らとは最後まで一緒にやる」
しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは相馬だった。
「……俺は賛成です」
神谷が横を見る。
「相馬?」
「昨日、水原と戦って思ったんだよ」
相馬は椅子の背もたれに寄りかかった。
「あいつ、俺に北陵会へ入らないかって言ってきた」
「……何?」
久我山が驚く。
「でも、断った」
相馬は東条を見た。
「俺は強い奴の下にいたいから、ここにいるわけじゃねえんです」
東条は黙っていた。
「東条さんや神谷たちと一緒にやりたいから、ここにいるんです」
神谷が笑った。
「何だよ、急に」
「うるせえな。真面目な話してんだよ」
二人のやり取りに、三枝も少し笑った。
東条は静かに頷いた。
「……ありがとな」
その後、東条は三枝に尋ねた。
「今、東尾張連合に名前を置いてる奴は何人いる?」
「各校を合わせれば、かなりいます。ただ……」
三枝は少し言いにくそうにした。
「何だ?」
「秋山たちとの抗争が終わってから、連絡が取れなくなった奴もいます」
「そうか」
「北陵会に移った奴もいるみたいです」
久我山が立ち上がった。
「ふざけんなよ! 今まで東尾張連合の名前使ってたくせに!」
「慎吾」
東条が呼んだ。
「でも!」
「座れ」
久我山は悔しそうに椅子へ戻った。
東条は落ち着いた声で言った。
「離れたい奴は離れればいい」
「そんな簡単に……」
「俺たちは今まで、人数が多いことを強さだと思ってた」
東条は自分の拳を見つめた。
「でも、秋山たちは五人だった」
全員が黙った。
「あいつらは、俺たちよりずっと少なかった。それでも逃げずに戦った」
神谷が頷いた。
「……確かに」
「俺たちは人数で勝ってた。けど、最後は負けた」
東条は顔を上げた。
「だったら、人数を増やす前に考えなきゃいけねえことがあるだろ」
三枝が尋ねた。
「東条さんは、東尾張連合を解散するつもりなんですか?」
「いや」
東条は首を横に振った。
「解散はしねえ」
そして、全員を見た。
「ただ、今までとは違う東尾張連合にしたい」
翌日。
東尾張工業高校の中庭。
東条の呼びかけで、東尾張連合に所属する各校の代表たちが集まっていた。
東条は全員の前に立った。
「今日は伝えたいことがある」
周囲が静かになる。
「これから東尾張連合は、強制的な勧誘をやめる」
集まった生徒たちが顔を見合わせた。
「入りたい奴だけ入ればいい。抜けたい奴は抜けて構わねえ」
すると、一人の男子生徒が手を上げた。
「東条さん、それじゃ北陵会に負けませんか?」
東条は答える。
「負けるかもしれねえな」
その言葉に、周囲がざわついた。
「でも、人数を増やすために仲間を脅すようなことは、もうしたくねえ」
別の生徒が尋ねた。
「じゃあ、ほかの学校に絡まれた時はどうするんですか?」
「相談してくれ」
東条は即答した。
「東尾張連合に残る奴が困ってたら、俺たちは助けに行く」
神谷が隣に並んだ。
「もちろん、俺も行くぜ」
相馬も続いた。
「俺もだ」
久我山は少し迷っていたが、やがて前へ出た。
「……俺だって行きますよ」
東条は笑った。
「無理すんなよ」
「分かってますって!」
三枝も頷いた。
「俺は情報を集めます。喧嘩になる前に解決できることもあるはずですから」
東条は四人を見た。
「……そうだな」
その時だった。
集まった生徒の中から、二年生の男子が声を上げた。
「俺、抜けます」
全員の視線が集まった。
男子生徒は少し緊張した様子で続けた。
「正直、今まで怖くて抜けられなかったんです」
久我山が何か言いかけた。
しかし、東条が先に口を開いた。
「分かった」
男子生徒は驚いた。
「……いいんですか?」
「ああ」
「怒らないんですか?」
東条は首を横に振った。
「怒る理由がねえだろ」
男子生徒は深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
そして、中庭を離れていった。
それをきっかけに、ほかにも数人が抜ける意思を伝えた。
東条は全員を引き止めなかった。
やがて、集まっていた人数は少し減った。
久我山が呟く。
「……本当に減っちまいましたね」
東条は頷いた。
「ああ」
「悔しくないんですか?」
「悔しくねえって言ったら嘘になる」
東条は残った生徒たちを見渡した。
「でも、これでいい」
神谷が笑った。
「結構残ってるじゃないですか」
相馬も頷く。
「そうっすね」
東条は小さく笑った。
「……ありがてえな」
集会が終わったあと。
久我山は東条の隣を歩いていた。
「東条さん」
「何だ?」
「俺、前は秋山のことが大嫌いでした」
東条は笑った。
「知ってる」
「今も好きじゃないですけど」
「そうかよ」
久我山は少し考えてから続けた。
「でも、あいつらに負けてから、東条さんが変わったのは分かります」
東条は黙って聞いていた。
「俺も、いつまでも前と同じじゃ駄目なんですかね」
東条は久我山を見た。
「別に無理して変わる必要はねえよ」
「え?」
「自分で考えて決めればいい」
久我山はしばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……分かりました」
東条は前を向いた。
東尾張連合の人数は減った。
それでも、残った仲間たちは自分の意思でここにいる。
以前より弱くなったのか。
それとも、これから強くなれるのか。
答えはまだ分からない。
ただ一つ、東条雅人は決めていた。
もう二度と、仲間を力で縛りつけることはしない。
そして、東側を守るという決意だけは変えない。
東尾張連合は、少しずつ新しい形へと変わり始めていた。
第50話 完




