第49話「広がる波紋」
翌朝。
尾張中央高校、二年生の教室。
秋山天馬が教室に入ると、いつもより騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 昨日の喧嘩」
「北陵会と東尾張連合のやつだろ?」
「そうそう。東商の近くでやり合ったらしいぜ」
天馬は自分の席に鞄を置いた。
すると、隣の席から大地夢斗が顔を向けてきた。
「おはよう、天馬」
「おう。何か騒がしいな」
「昨日、東側でまた喧嘩があったらしいよ」
「東側?」
天馬は眉を寄せた。
夢斗はスマートフォンを見せる。
画面には、複数の学校の生徒たちが参加しているグループチャットの内容が表示されていた。
『北陵会と東尾張連合が再戦』
『相馬が水原に勝ったらしい』
『東条と片瀬は途中で終わったって』
『城戸が止めに来たらしいぞ』
天馬は画面を見つめた。
「……またやってたのか、あいつら」
「みたいだね」
「東条の奴、怪我治ってねえだろ」
「そうなんだよね」
夢斗はスマートフォンをしまった。
「でも、今回は北陵会の方から仕掛けたって話だよ」
「何で?」
「東商の生徒を無理やり仲間にしようとしたらしい」
天馬は小さく息を吐いた。
「……前の東尾張連合と同じことしてんじゃねえか」
夢斗は頷いた。
「だから東条たちが止めに入ったみたい」
天馬は窓の外を見た。
以前、自分たちと戦った東条雅人。
あの時の東条は、東側を支配することに強くこだわっていた。
だが、今回の話を聞く限り、少し考え方が変わったようにも思える。
「……あいつも色々考えてんだな」
天馬が呟くと、夢斗が笑った。
「天馬と戦ったことが、何かのきっかけになったのかもね」
「俺は別に、何も教えてねえぞ」
「そういうところじゃない?」
「何がだよ」
夢斗は答えず、笑っていた。
昼休み。
校舎裏のベンチ。
天馬と夢斗のもとへ、佐久間海斗と竜胆椿がやって来た。
少し遅れて、桐生拓真も姿を見せる。
「お疲れっす!」
海斗が元気よく挨拶した。
桐生は片手を上げる。
「おう」
五人が集まると、椿が早速口を開いた。
「昨日の東側の件、聞いたか?」
天馬は頷いた。
「ああ。夢斗から聞いた」
「東条と片瀬は決着がつかなかったらしいな」
海斗が言った。
「でも、相馬って人は勝ったんですよね?」
「そうみたいだな」
桐生が答えた。
「水原は北陵会でもかなり強い方だ。それに勝ったなら、相馬も相当やる」
椿は腕を組んだ。
「ただ、問題はそこじゃねえ」
天馬が顔を向ける。
「どういうことだ?」
「北陵会が、東側の学校にまで手を伸ばしてるってことだ」
桐生が頷いた。
「椿の言う通りだ」
桐生はベンチの前に立った。
「北陵会は北側を中心に勢力を広げてきた。だが、最近は東側にも手を出し始めてる」
海斗が尋ねる。
「それって、東尾張連合を潰そうとしてるってことですか?」
「可能性はある」
桐生は答えた。
「ただ、城戸本人は無理やり従わせるつもりはないらしい」
天馬が眉を寄せた。
「じゃあ、何で昨日みたいなことになったんだよ」
「水原と片瀬が勝手に動いたんだろうな」
椿が言った。
「組織が大きくなれば、全員が同じ考えで動くとは限らねえ」
夢斗が頷く。
「確かにね。リーダーが止めようとしても、勝手に喧嘩を始める人はいるだろうし」
海斗は少し考えた。
「……俺たちも気をつけないとですね」
天馬が海斗を見る。
「何を?」
「いや、俺たちも五人のチームになったじゃないですか」
海斗は真剣な顔で続けた。
「もし誰かが勝手に喧嘩を始めたら、ほかの四人も巻き込まれるってことですよね」
天馬は少し驚いた。
「……お前、たまにはいいこと言うな」
「たまには余計っす!」
夢斗が笑った。
椿も口元を緩める。
「まあ、海斗の言う通りだな」
桐生は五人を見回した。
「だからこそ、何かあったら一人で決めずに相談しろよ」
天馬は頷いた。
「ああ」
放課後。
天馬と夢斗が校門を出ると、見覚えのある男子生徒が立っていた。
東尾張連合の三枝圭介だった。
「……秋山天馬」
天馬は足を止めた。
「お前、東条のところの……」
「三枝圭介だ」
「そうだったな。どうした?」
三枝は少し迷った様子で口を開いた。
「昨日の件、もう聞いてるか?」
「ああ。北陵会とやり合ったんだろ?」
「そうだ」
三枝は頷いた。
「東条さんが片瀬と戦って、相馬さんが水原に勝った」
夢斗が尋ねる。
「東条さんは大丈夫なの?」
「怪我はしてる。でも、歩けないほどじゃない」
天馬は腕を組んだ。
「……で、わざわざ俺たちに何の用だ?」
三枝は天馬を見つめた。
「東条さんから伝言がある」
「伝言?」
「ああ」
三枝は一度息を整えた。
「『昨日の件に、お前らが関わる必要はない』って」
天馬は目を丸くした。
「……は?」
「東側のことは、俺たちで何とかする。だから秋山たちには手を出させるなって」
夢斗が小さく笑った。
「なるほどね」
天馬は少し呆れた顔をした。
「別に俺たち、首突っ込むなんて言ってねえぞ」
「分かってる」
三枝は答えた。
「でも、東条さんはちゃんと伝えておきたかったんだと思う」
天馬はしばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……相変わらず面倒くせえ奴だな」
三枝も少し笑った。
「そうかもしれない」
天馬は三枝を見た。
「分かった。東条に伝えとけ」
「何を?」
「無理すんなってな」
三枝は頷いた。
「……伝えとく」
そう言って、三枝は校門を離れていった。
夢斗が天馬を見る。
「東条さん、少し変わったね」
「ああ」
天馬は三枝の背中を見送った。
「でも、あいつらの問題だ。今は俺たちが出る幕じゃねえ」
「そうだね」
二人は歩き始めた。
同じ頃。
南翔高校。
三年生の教室で、高瀬宗介が窓の外を眺めていた。
その隣には、昨日天馬たちのもとへ同行した男子生徒が立っている。
「高瀬さん、東側の件は聞きましたか?」
「ああ」
高瀬は頷いた。
「北陵会と東尾張連合がまたぶつかったらしいな」
「はい。相馬が水原に勝ったそうです」
「……そうか」
高瀬は少し考えた。
「城戸はどうした?」
「途中で止めに入ったそうです」
「なるほどな」
高瀬は窓の外を見た。
「城戸自身は、まだ全面戦争を望んでないってことか」
男子生徒が尋ねる。
「俺たちはどうします?」
「今は動かない」
高瀬は即答した。
「東側の問題に、南翔が勝手に入る理由はない」
「でも、北陵会が東側を取ったら、次は南側かもしれませんよ」
高瀬は頷いた。
「その可能性はある」
「だったら……」
「だからこそ、今は様子を見る」
高瀬は男子生徒を見た。
「相手が何を考えてるか分からないまま動けば、余計な敵を作るだけだ」
男子生徒は黙った。
高瀬は続ける。
「それに、尾張には北と東だけじゃない」
「……秋山天馬ですか?」
「ああ」
高瀬は少し笑った。
「あいつらが今後どう動くかも気になる」
男子生徒が尋ねた。
「秋山たちは、勢力を広げるつもりはないんですよね?」
「本人はそう言ってた」
「じゃあ、気にする必要ないんじゃ……」
高瀬は首を横に振った。
「勢力を広げるつもりがなくても、人は集まることがある」
男子生徒は首を傾げた。
「どういうことですか?」
高瀬は答えた。
「秋山みたいな奴の周りには、勝手に人が集まってくるかもしれないってことだ」
その言葉を最後に、高瀬は再び窓の外へ視線を向けた。
東側の抗争は、一度収まった。
しかし、その知らせは尾張の各地へ広がっていた。
それぞれの勢力が、次にどう動くのか。
まだ誰にも分からなかった。
第49話 完




