第45話「二つの戦場」
午後五時二十分。
東商高校の裏通り。
学校帰りの生徒たちが行き交う道から一本外れた場所に、四人の男子生徒が立っていた。
その正面には、北陵会の片瀬翔。
そして、片瀬と同じ制服を着た三人の不良がいた。
「だから、何度も言わせんなって」
片瀬は壁にもたれながら言った。
「東商はこれから北陵会の傘下に入る。それでいいだろ」
東商の三年生が首を横に振る。
「俺たちはそんな話、聞いてねえよ」
「今聞いただろ?」
「勝手に決めるなって言ってんだ!」
片瀬は小さくため息をついた。
「……面倒くせえな」
隣の男子生徒が一歩前に出る。
「片瀬さん、こいつら少し痛い目見ないと分かんないんじゃないですか?」
「待て」
片瀬が制止した。
「まだ話してる途中だ」
その時だった。
「ずいぶん楽しそうな話してんな」
全員が振り返った。
路地の入口に立っていたのは、東条雅人だった。
片瀬が目を細める。
「……東条か」
「お前ら、二手に分かれて何してんだ?」
「見ての通り、勧誘だよ」
「断られてるように見えるけどな」
片瀬は壁から背中を離した。
「お前には関係ねえだろ」
「東商の奴らが困ってる。十分関係ある」
東条は東商の生徒たちを見た。
「お前ら、帰れ」
しかし、三年生の一人が首を横に振った。
「東条さん、俺たちだって……」
「いいから」
東条は落ち着いた声で続けた。
「お前らが喧嘩する必要はねえ」
生徒たちは迷った末に、その場を離れた。
片瀬は腕を組んだ。
「相変わらず面倒見がいいな」
「お前らが余計なことしなきゃ済む話だろ」
「余計なこと?」
片瀬が笑った。
「俺たちは勢力を広げようとしてるだけだ。お前らだって今まで同じことしてきたんじゃねえの?」
東条は答えなかった。
片瀬の言葉には、否定できない部分があった。
以前の東尾張連合も、力を使って他校の生徒たちを従わせていた。
その結果、秋山天馬たちと衝突した。
「……そうだな」
東条が口を開いた。
「俺たちも似たようなことをしてた」
片瀬は少し意外そうな顔をした。
「へえ。認めるんだ」
「ああ」
「だったら、今さら正義の味方みたいな顔すんなよ」
東条は片瀬を見つめた。
「別に正義の味方になるつもりはねえよ」
「じゃあ何だ?」
「自分が間違ってたと思うことを、また繰り返したくねえだけだ」
片瀬は黙った。
東条は続ける。
「秋山に負けて、少し考えたんだよ」
「……何を?」
「俺についてきた奴らが、本当に自分の意思でついてきてたのかってな」
片瀬は鼻で笑った。
「負けた途端に反省かよ」
「そうかもな」
東条は否定しなかった。
「でも、今は東商の連中を無理やり従わせるつもりはねえ」
「……なるほど」
片瀬は制服の袖をまくった。
「だったら、俺たちの邪魔をするってことだな?」
東条はゆっくりと鞄を地面に置いた。
「そうなるな」
片瀬は東条との距離を詰めた。
「川沿いじゃ、うちの城戸さんと戦ってたよな」
「ああ」
「まだ怪我、治ってねえんじゃないのか?」
東条は左脇腹にわずかな痛みを感じていた。
城戸との戦いで受けた傷だった。
「心配してくれんのか?」
「まさか」
片瀬が笑う。
「言い訳にされたくねえだけだよ」
次の瞬間、片瀬が踏み込んだ。
東条の顔を狙った右拳。
東条は頭を傾けて避けると、すぐに反撃した。
拳が片瀬の肩を捉える。
片瀬は一歩下がったが、すぐに体勢を立て直した。
「……さすが東尾張連合の頭だな」
「お前もなかなか速えじゃねえか」
「そりゃどうも!」
片瀬は再び踏み込んだ。
今度は顔への攻撃を見せかけ、東条の腹部を狙う。
東条は腕で防いだ。
だが、その直後。
片瀬の左拳が東条の頬を捉えた。
東条は顔を横に向けた。
「……やるな」
「まだまだ!」
片瀬が追撃する。
東条は後退しながら二発をかわした。
しかし、三発目を防いだ瞬間、左脇腹に痛みが走った。
「……っ」
東条の動きがわずかに止まる。
片瀬はその変化を見逃さなかった。
「やっぱりな!」
片瀬の拳が東条の腹部に入った。
東条は数歩後退した。
「東条さん!」
離れた場所から声がした。
振り返ると、三枝圭介が立っていた。
その隣には久我山慎吾もいる。
「……お前ら」
東条が眉を寄せる。
「来るなって言っただろ」
久我山は息を切らしながら答えた。
「三枝から聞いたんです! 東条さんが一人で片瀬のところに行ったって!」
「だからって、お前まで来ることねえだろ」
「俺だって東尾張連合の一員です!」
久我山は拳を握った。
「いつまでも守られてばっかじゃ嫌なんですよ!」
東条は一瞬、言葉を失った。
片瀬が笑う。
「いい後輩じゃねえか」
「……ああ」
東条は久我山たちに背を向けた。
「だったら、そこで見てろ」
「東条さん!」
「俺がどう戦うか、ちゃんと見とけ」
久我山は唇を噛み、足を止めた。
片瀬が構える。
「話は終わったか?」
「ああ」
東条も拳を握った。
「待たせたな」
「別にいいさ」
片瀬は笑みを消した。
「ここから本気でいくぞ」
東条は相手の足元を見た。
片瀬は右足を少し後ろに引いている。
先ほどまでとは違う構えだった。
次の攻撃に備え、東条は重心を落とした。
一方、その頃。
東商高校近くの高架下。
相馬恭介と水原廉の戦いも続いていた。
相馬の頬は腫れ、水原の制服にも汚れが目立っていた。
互いに息が上がっている。
「……しぶといな、お前」
水原が言った。
相馬は口元を拭った。
「そっちこそ」
「もう終わりにしようぜ」
「同感だ」
二人は再び向かい合った。
神谷亮介は、その様子を見守っていた。
相馬の動きは、川沿いで戦った時よりも明らかに良くなっている。
だが、水原もまだ余力を残しているように見えた。
「……頼むぞ、相馬」
神谷は小さく呟いた。
その時、スマートフォンが震えた。
三枝からのメッセージだった。
『東条さん、片瀬と戦ってる』
神谷の表情が変わった。
さらに、続けてメッセージが届く。
『怪我が残ってるみたいだ。こっちは俺と久我山がいる』
神谷は画面を見つめた。
東条のもとへ向かうべきか。
それとも、相馬の戦いを見届けるべきか。
「……くそ」
神谷は顔を上げた。
目の前では、相馬と水原が再び拳を交えていた。
どちらの戦場も、まだ決着はついていない。
そして、北陵会の城戸圭吾は、この二つの戦いが始まっていることを、まだ知らなかった。
第45話 完




