第43話「南側の実力者」
翌朝。
秋山天馬が教室に入ると、大地夢斗が真っ先に駆け寄ってきた。
「天馬! 昨日の南翔高校の奴、どうだった!?」
「どうって、普通に話しただけだよ」
「喧嘩売られたんじゃねえの?」
「だから違うって」
天馬は鞄を机に置いた。
「東条を倒したのかって聞かれて、近いうちに誰かが会いに来るって言われた」
「誰かって誰だよ?」
「知らねえ」
「名前は?」
「教えてくれなかった」
夢斗は腕を組んだ。
「……怪しいな」
「だろ?」
「よし、俺もついていく!」
「まだどこにも行くって決まってねえよ」
「先に言っとかないと、お前一人で行きそうだからな」
天馬は言い返そうとして、口を閉じた。
昨日、桐生からも同じようなことを言われていた。
「……分かったよ」
「おっ、素直じゃん!」
「うるせえ」
二人が笑っていると、始業のチャイムが鳴った。
昼休み。
校舎裏には、天馬、夢斗、佐久間海斗、竜胆椿、桐生拓真の五人が集まっていた。
桐生が口を開く。
「南翔高校の話だが、少し分かった」
天馬が顔を上げる。
「どんな学校なんですか?」
「尾張の南側じゃ、かなり名前が知られてる学校だ」
「北陵会みたいな感じですか?」
海斗が尋ねる。
「少し違うな」
桐生は壁にもたれた。
「北陵会は城戸圭吾を中心に、周辺の学校をまとめようとしてる。南翔は、自分たちの縄張りを守ることにこだわる連中だ」
椿が尋ねた。
「それなら、僕たちと争う理由はないんじゃないですか?」
「本来ならな」
桐生は天馬を見る。
「ただ、東条が負けたことで東側の力が弱まったと思われてる。南翔にとっちゃ、今が勢力を広げる機会にもなる」
「……俺が東条に勝ったせいですか?」
「全部がお前のせいじゃねえよ。元々、あいつらは周辺の学校と揉めてた」
夢斗が口を挟んだ。
「で、その南翔で一番強い奴って誰なんですか?」
「高瀬宗介。三年だ」
桐生の声が少し低くなった。
「南翔の連中をまとめてる男だ」
「桐生先輩は会ったことあるんですか?」
「一度だけな」
「戦ったんですか?」
「いや。話しただけだ」
海斗が驚いた。
「桐生先輩が喧嘩しなかったんですか?」
「お前、俺を何だと思ってんだ」
「強い先輩です!」
「そういう意味じゃねえ」
夢斗が笑った。
桐生は話を戻した。
「高瀬は無闇に喧嘩する奴じゃねえ。だが、自分の仲間がやられた時は絶対に引かない」
天馬は腕を組んだ。
「……それって普通じゃないですか?」
桐生は少し笑った。
「そうだな。だからこそ厄介なんだよ」
「どういうことです?」
「お前と似てるってことだ」
天馬は意外そうな顔をした。
椿が静かに口を開く。
「守りたいものがある人同士でも、ぶつかることはあるからね」
「……そういうことだ」
桐生が頷いた。
「高瀬が何を考えてるのか、まずは確かめる」
天馬は仲間たちを見た。
「じゃあ、向こうから来たら五人で話しましょう」
「おう!」
夢斗が即答する。
海斗も頷いた。
「それなら安心っすね」
椿は天馬を見て笑った。
「昨日決めたこと、ちゃんと守ってるね」
「何が?」
「一人で抱え込まないってこと」
天馬は少し照れくさそうに笑った。
「……まあ、リーダーらしいことも少しはしないとな」
「おっ、言うようになったじゃん!」
夢斗が天馬の肩を叩いた。
「調子乗んなよ」
「褒めてんのに!」
同じ頃。
南翔高校。
三年生の教室で、一人の男子生徒が窓際の席に座っていた。
短く整えた黒髪。
鋭い目つきだが、表情は落ち着いている。
高瀬宗介。
南翔高校の不良たちをまとめる男だった。
「宗介」
教室に入ってきた男子生徒が声をかける。
昨日、天馬に接触した男だった。
「秋山天馬のこと、もう少し調べてきた」
高瀬が顔を上げる。
「何か分かったか?」
「東条に勝ったのは本当らしい。しかも、そのあと北陵会の城戸とも顔を合わせてる」
「城戸圭吾か」
「ああ。東尾張連合も北陵会も、秋山を気にしてる」
高瀬は机に置いていたスマートフォンを手に取った。
「秋山は今、何人で動いてる?」
「中心は五人だ。三年が一人、二年が三人、一年が一人」
「たった五人か」
「でも、全員かなり喧嘩が強いらしい」
高瀬は少し考えた。
「人数が少ないからって、弱いとは限らねえだろ」
「……まあな」
「東条が負けたなら、相応の実力があるはずだ」
男は高瀬の向かいに座った。
「で、どうする? 北陵会より先に取り込むか?」
高瀬は首を横に振った。
「まだ何も分かってねえ奴を、いきなり仲間に誘ってどうする」
「じゃあ、放っておくのか?」
「いや」
高瀬は立ち上がった。
「一度、直接話す」
「宗介が?」
「ああ」
男は少し驚いた顔をした。
「わざわざ会いに行くほどか?」
「東条を倒した奴が、何のために戦ってるのか知りたい」
高瀬は窓の外を見た。
「それに、北陵会が東側に手を伸ばしてるなら、南側も無関係じゃいられねえ」
「また城戸と揉めるかもしれないぞ」
「その時は、その時だ」
高瀬は静かに答えた。
「ただし、俺が話す前に秋山たちへ手を出すな。ほかの奴らにも伝えとけ」
「分かった」
男が教室を出ていく。
高瀬は一人、机に腰を下ろした。
「……秋山天馬、か」
その名前を小さく呟いた。
放課後。
天馬たち五人は校門の前で話していた。
「今日はどうする?」
海斗が尋ねる。
「俺、帰りに本屋寄りたい」
椿が答えた。
「何買うんだ?」
夢斗が聞く。
「参考書」
「……聞かなきゃよかった」
「夢斗も買ったら?」
「俺は今のところ大丈夫!」
天馬が笑った。
「昨日の小テスト、何点だった?」
「その話はやめようぜ」
五人が笑いながら歩き始めた、その時だった。
「秋山天馬はいるか?」
校門の近くから声がした。
五人が振り返る。
そこには、南翔高校の制服を着た男子生徒が二人立っていた。
一人は昨日、天馬に声をかけてきた男。
そして、もう一人。
桐生が目を細めた。
「……高瀬」
高瀬宗介は桐生を見て、少し笑った。
「久しぶりだな、桐生拓真」
「お前が直接来るとは思わなかったぜ」
「俺も、お前が秋山と一緒にいるとは思わなかった」
天馬が桐生を見る。
「知り合いなんですか?」
「ああ。前に一度だけ会った」
高瀬は天馬に視線を移した。
「お前が秋山天馬か」
「そうだけど」
「南翔高校三年、高瀬宗介だ」
天馬は相手を見つめた。
「……昨日の人が言ってたのって、あんたのことか」
「そうだ」
夢斗が一歩前に出る。
「で、何の用ですか?」
高瀬は夢斗を見た。
「別に喧嘩をしに来たわけじゃねえよ」
「じゃあ、何しに?」
「話がしたい」
高瀬は再び天馬を見た。
「東条雅人を倒した理由を聞きたい」
天馬は少し眉を寄せた。
「……そんなこと?」
「俺にとっちゃ大事なことだ」
高瀬の表情は真剣だった。
「東側を奪うために戦ったのか。それとも、別の理由があったのか」
天馬は少しも迷わず答えた。
「仲間を守るためだよ」
高瀬は黙って天馬を見つめた。
「……それだけか?」
「ああ」
「東尾張連合を自分の下につける気は?」
「ねえよ」
「北陵会を倒して、北側まで取るつもりも?」
「そんなこと考えたこともねえ」
高瀬はしばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……なるほどな」
天馬が尋ねる。
「それで、何か問題あるのか?」
「いや。むしろ安心した」
「安心?」
「ああ」
高瀬は桐生を見た。
「桐生。こいつ、面白い奴だな」
桐生は肩をすくめた。
「だろ?」
高瀬は天馬に向き直った。
「秋山。一つだけ忠告しておく」
「何だよ?」
「お前が東条を倒したことで、東側の力関係は変わった。お前にその気がなくても、周りは勝手に動く」
天馬は黙って聞いていた。
「城戸は東側を狙ってる。南側にも、あいつの動きを面白く思ってない連中がいる」
「……あんたも?」
高瀬は否定しなかった。
「俺は南翔の仲間を守る。それだけだ」
天馬は高瀬を見つめた。
「だったら、俺と同じじゃねえか」
「そうかもしれねえな」
高瀬は笑った。
「だが、守る場所が違えば、いつかぶつかることもある」
その言葉に、天馬は少し考えた。
「……その時は、先に話し合えばいいだろ」
高瀬は意外そうに目を見開いた。
そして、声を出して笑った。
「ははっ! お前、本当に変わってるな!」
「何でだよ!」
「いや、悪い意味じゃねえ」
高瀬は背を向けた。
「今日はこれで帰る。また会おうぜ、秋山」
「おう」
高瀬たちが去っていく。
夢斗が息を吐いた。
「……何か、思ってたより普通の人だったな」
海斗が頷く。
「もっと怖い人かと思った」
椿は高瀬の背中を見つめた。
「でも、言ってることは間違ってなかったね」
天馬は頷いた。
「……ああ」
桐生が口を開く。
「高瀬は敵になると面倒な奴だ。だが、話の通じない相手じゃねえ」
天馬は笑った。
「なら、別に今から敵だって決める必要ないですよね」
桐生も笑った。
「そうだな」
五人は再び歩き始めた。
まだ、誰も知らなかった。
東側、北側、南側。
それぞれの勢力が動き始めたことで、尾張の不良たちの関係が大きく変わろうとしていることを。
第43話 完




