第42話「集まる視線」
朝。
秋山天馬が校門を通ると、近くにいた男子生徒たちが一斉にこちらを見た。
「……あいつだろ?」
「東条雅人を倒したっていう秋山」
「北陵会とも揉めたらしいぞ」
天馬は眉を寄せた。
「……またかよ」
隣を歩く大地夢斗が笑った。
「お前、完全に有名人じゃん!」
「嬉しくねえって」
「いいじゃん! 俺も名前売りてえ!」
「お前はまずテストの点数上げろよ」
「それとこれとは別だろ!」
二人が言い合いながら昇降口へ向かうと、一年生らしき男子生徒が立っていた。
「あの……」
天馬が振り返る。
「ん?」
「秋山天馬先輩ですか?」
「そうだけど」
男子生徒は少し緊張した様子で頭を下げた。
「一年の葉山直樹です!」
「お、おう」
突然の自己紹介に、天馬は戸惑った。
葉山は顔を上げる。
「東尾張連合の東条さんに勝ったって、本当ですか?」
夢斗が横から答えた。
「本当だぜ!」
「すごいですね!」
葉山の目が輝く。
天馬は頭をかいた。
「別にすごくねえよ」
「でも、東条さんって東側で一番強いって言われてた人ですよね?」
「まあ、強かったな」
「そんな人に勝つなんて……」
葉山は天馬を見つめた。
「俺、先輩みたいに強くなりたいんです!」
天馬は思わず聞き返した。
「……何で?」
「え?」
「強くなって、何がしたいんだ?」
葉山は少し黙った。
「……それは」
天馬は笑った。
「別に今答えなくてもいいけどさ」
「はい」
「喧嘩が強いだけじゃ、そんなにいいことねえぞ」
夢斗が頷く。
「そうそう! 怪我するし!」
天馬が横を見る。
「お前が言うと説得力ねえな」
「何でだよ!」
葉山は二人のやり取りを見て、少し笑った。
「……思ってたより普通なんですね」
「何だと思ってたんだよ!」
天馬が笑うと、葉山も笑った。
「また話しかけてもいいですか?」
「おう。別にいいぞ」
「ありがとうございます!」
葉山はもう一度頭を下げ、教室へ向かっていった。
夢斗が天馬の肩を叩く。
「早速後輩ができたな!」
「ただ話しただけだろ」
「そのうち弟子入りされるんじゃね?」
「絶対やめてほしい」
昼休み。
中庭のベンチには、天馬、夢斗、佐久間海斗、竜胆椿が集まっていた。
「……一年生に声かけられた?」
海斗が尋ねる。
「ああ。葉山直樹って奴」
「へえ」
椿が頷く。
「最近、天馬のことを聞いてくる人が増えたよね」
「お前も聞かれるの?」
「うん。秋山天馬ってどんな人なのかって」
夢斗が笑った。
「何て答えてんの?」
椿は少し考えた。
「喧嘩は強いけど、勉強は苦手で、すぐ無茶する人かな」
「おい!」
天馬が抗議する。
海斗が笑った。
「間違ってねえじゃん!」
「もう少しいいところあるだろ!」
「仲間思いなところとか?」
椿が答える。
天馬は少し照れくさそうに目を逸らした。
「……最初からそっち言えよ」
四人が笑っていると、桐生拓真が近づいてきた。
「おう、揃ってるな」
「桐生先輩!」
夢斗が手を振る。
桐生はベンチの前で足を止めた。
「ちょっと聞きたいことがある」
天馬が顔を上げる。
「何ですか?」
「今日、他校の奴に声かけられた奴いるか?」
「他校?」
「そうだ」
海斗は首を横に振った。
「俺はないです」
椿も頷く。
「僕も」
桐生は少し安心したように息を吐いた。
「ならいい」
天馬が尋ねる。
「何かあったんですか?」
「南側の学校で、お前らのことを調べてる連中がいるらしい」
夢斗が目を輝かせた。
「南側まで!」
「喜ぶことじゃねえよ」
桐生は呆れた顔をした。
「まだ何が目的か分からねえんだ」
椿が尋ねる。
「北陵会とは関係あるんですか?」
「今のところ分からねえ。ただ、南側には北陵会とも東尾張連合とも違う連中がいる」
天馬は腕を組んだ。
「……尾張って、そんなに不良がいるんですか?」
桐生が笑った。
「お前、今さらそれ聞くか?」
「だって次から次へと出てくるじゃないですか」
「まあな」
桐生は表情を引き締めた。
「とにかく、知らねえ奴に呼び出されても一人で行くなよ」
「分かりました」
夢斗も頷いた。
「任せてください!」
「特にお前な、夢斗」
「何で俺だけ!」
放課後。
天馬は一人で昇降口へ向かっていた。
夢斗は教師に呼ばれ、海斗と椿もそれぞれ用事があった。
靴を履き替えていると、背後から声がした。
「秋山天馬」
振り返ると、見知らぬ男子生徒が立っていた。
制服が違う。
「……誰?」
「南翔高校の者だ」
男は天馬を見つめた。
「東条雅人を倒したっていうのは、お前か?」
天馬は立ち上がった。
「……そうだけど」
「そうか」
男はポケットからスマートフォンを取り出した。
「少し話がある」
「何の?」
「俺たちの学校で、お前に興味を持ってる奴がいる」
天馬は眉を寄せた。
「……またその話かよ」
「何?」
「最近そればっかなんだよ」
男は少し驚いた顔をした。
「東条を倒したんだ。注目されるのは当然だろ」
「別に注目されたくて戦ったわけじゃねえよ」
男は天馬をじっと見た。
「……なるほどな」
「それで、何の用?」
「今日は顔を確認しに来ただけだ」
男はスマートフォンをしまった。
「近いうちに、うちの奴が直接会いに来ると思う」
「名前くらい教えろよ」
男は少し笑った。
「その時に本人から聞け」
そう言い残し、校門へ向かって歩いていった。
天馬はその背中を見送った。
「……何なんだよ、あいつ」
その頃。
南翔高校の教室。
数人の男子生徒が、窓際に座る男を囲んでいた。
「確認してきました」
先ほど天馬に会った男子生徒が報告する。
「秋山天馬、確かにいました」
窓際の男が顔を上げた。
「どんな奴だった?」
「普通の高校生に見えました」
「普通?」
「はい。少なくとも、自分から喧嘩を売るような感じではなかったです」
男は少し考えた。
「……東条を倒した奴が、か」
「どうします?」
「まだ動かなくていい」
男は立ち上がった。
「北陵会の城戸も、秋山に興味を持ってるんだろ?」
「はい」
「だったら、しばらく様子を見る」
男は窓の外を見た。
「東側、北側……今度は西側まで動き始めた」
「西側?」
「秋山たちのことだよ」
男は小さく笑った。
「尾張の勢力図が、少しずつ変わってきたな」
一方、天馬は帰り道を歩きながらスマートフォンを取り出した。
五人のグループチャットを開く。
『さっき南翔高校の奴に声かけられた』
すぐに夢斗から返信が届いた。
『マジ!? 何て!?』
『東条倒したのかって』
海斗からも返信が来る。
『またかよ笑』
続いて椿。
『一人で会ったの? 大丈夫だった?』
天馬は笑いながら返信した。
『話しただけだから大丈夫』
最後に桐生からメッセージが届いた。
『明日、詳しく聞かせろ』
天馬はスマートフォンをしまった。
「……明日も面倒くさそうだな」
そう呟きながらも、その表情はどこか楽しそうだった。
第42話 完




