第40話「覇王の目覚め」
北側の河川敷。
東尾張連合の頭・東条雅人。
北陵会の頭・城戸圭吾。
二人は互いに拳を構えていた。
「……久しぶりだな、東条」
城戸が笑う。
「お前と直接やるのは、いつ以来だ?」
「覚えてねえよ」
「冷てえな」
東条は一歩踏み込んだ。
「昔話しに来たんじゃねえだろ」
「そうだな」
城戸も構えを変える。
「じゃあ、始めようぜ」
先に動いたのは東条だった。
右拳を城戸の顔へ向けて放つ。
城戸は上体を傾けてかわすと、東条の脇腹へ拳を打ち込んだ。
「……っ!」
東条は身体を引いた。
城戸が追撃する。
しかし、東条はその腕を払い、城戸の胸元を押し返した。
「相変わらず、動きが速えな」
「お前こそ」
城戸は笑った。
「秋山に負けたって聞いて、もっと弱くなってると思ったぜ」
「……舐めんな」
東条が再び踏み込む。
今度は左拳を見せ、城戸が反応した瞬間に右拳を放った。
城戸の頬を拳が捉える。
城戸は二歩後退した。
「……へえ」
口元を拭いながら笑う。
「やるじゃねえか」
「当たり前だ」
東条は拳を握り直した。
「俺はまだ、東尾張連合の頭だ」
少し離れた場所。
秋山天馬たちは二人の戦いを見守っていた。
「……すげえな」
大地夢斗が呟く。
佐久間海斗も頷いた。
「城戸って奴、東条と互角じゃねえか」
竜胆椿は二人の足元を見ていた。
「でも、東条の方が少し不利かもしれない」
「何で?」
天馬が尋ねる。
「東条は前の戦いの怪我が完全には治ってない。それに、城戸は東条の攻撃をかなり読んでる」
桐生拓真が頷いた。
「昔からそういう奴だ。相手の癖を見つけるのが上手い」
天馬は城戸を見つめた。
「……厄介だな」
その頃、神谷亮介と片瀬翔の戦いも続いていた。
「……しぶといな、お前」
片瀬が肩で息をする。
神谷も額の汗を拭った。
「そっちこそ」
片瀬は右拳を放った。
神谷はかわそうとしたが、わずかに遅れて肩を打たれた。
それでも踏みとどまり、片瀬の腹部へ拳を返す。
片瀬が後退する。
「……まだやるか?」
神谷が尋ねた。
「当然だろ」
片瀬は構え直した。
一方、相馬恭介と水原廉も互いに譲らなかった。
水原は素早い連打で相馬を追い込む。
だが、相馬は腕を固めて耐え、距離が縮まった瞬間に水原の胸元へ拳を打ち込んだ。
「……ぐっ!」
水原が下がる。
相馬は荒い息を吐いた。
「どうした? さっきまでの威勢は」
水原は顔を上げた。
「……調子に乗んなよ」
その様子を見ていた久我山慎吾が、三枝圭介に声をかけた。
「三枝、怪我は?」
「俺は平気だ。それよりお前の方が……」
「こんなの大したことねえよ」
久我山は頬を拭った。
そして、東条へ目を向けた。
「……東条さん」
東条と城戸の戦いは、さらに激しくなっていた。
城戸が東条の左拳をかわし、右拳を顔へ打ち込む。
東条の身体が傾いた。
続けて城戸が腹部を狙う。
東条は腕を下げて防いだが、その直後に肩を押され、体勢を崩した。
「……っ!」
城戸が距離を詰める。
「どうした、東条!」
東条は後退しながら拳を受け止めた。
しかし、城戸の次の一撃が頬に当たり、片膝を地面につく。
「東条さん!」
久我山が叫んだ。
城戸は拳を下ろした。
「……もういいだろ」
東条は地面に手をついたまま顔を上げる。
「何がだ」
「これ以上やっても結果は変わらねえ」
「……勝手に決めんな」
東条はゆっくり立ち上がった。
城戸が眉を寄せる。
「まだやる気か?」
「当たり前だろ」
東条は口元を拭った。
「俺の後ろには、まだ仲間がいる」
城戸は黙った。
「俺が倒れたからって、そいつらを好き勝手にしていい理由にはならねえ」
東条は再び拳を構えた。
「……俺はまだ終わってねえ」
天馬はその姿を見つめていた。
かつて、自分を力で従わせようとした男。
その男が今、自分の仲間を守ろうとしている。
「……東条」
天馬が小さく呟く。
その時だった。
北陵会の集団の後方で、数人の男が動き出した。
「城戸さんが勝つぞ!」
「東側の奴らを囲め!」
男たちは神谷や相馬の背後へ回ろうとする。
桐生が気づいた。
「……おい、あいつら!」
城戸も振り返る。
「待て! 勝手に動くな!」
だが、すでに一人の男が久我山へ近づいていた。
「お前も東条についてくつもりか?」
「……だったら何だよ」
「負ける側にいる必要ねえだろ」
男は久我山の胸元を掴んだ。
「北陵会に入れよ」
久我山はその手を払いのけた。
「断る」
「……あ?」
「何度言わせんだ」
久我山は相手を睨んだ。
「俺は東尾張連合だ」
男が拳を振り上げる。
その瞬間、横から伸びた手が男の腕を掴んだ。
「……やめとけよ」
秋山天馬だった。
男が振り返る。
「何だ、てめえ!」
「嫌がってるだろ」
「関係ねえ奴は引っ込んでろ!」
男が腕を振りほどこうとする。
天馬は手を離した。
「関係ねえなら、そっちも無理やり仲間にすんなよ」
「……ふざけんな!」
男が天馬へ殴りかかった。
天馬は相手の肩が動いた瞬間、身体を横へずらした。
拳が顔の横を通過する。
(……まただ)
天馬は一瞬だけ驚いた。
相手がどこを狙うのか。
考えるより先に、身体が動いていた。
男が再び拳を振る。
天馬はその腕を払い、相手の胸元を押して距離を取った。
「もうやめろって」
「この野郎……!」
男が踏み込もうとした時、城戸の声が響いた。
「やめろ!」
男が足を止める。
城戸は険しい表情で歩いてきた。
「俺は勝手に手を出すなって言ったよな?」
「でも、城戸さん!」
「聞こえなかったのか?」
男は黙り込んだ。
城戸は天馬を見た。
「……秋山」
「何だよ」
「お前、本当に面倒な奴だな」
「そっちが勝手に絡んできたんだろ」
城戸は小さく笑った。
「確かにな」
そこへ東条が歩いてきた。
「秋山」
天馬が振り返る。
「……何だ?」
「何で俺たちに手を貸す?」
「別に貸してねえよ」
「だったら、何で止めた?」
天馬は少し考えた。
「……気に入らなかったから」
東条が眉を寄せる。
「それだけか?」
「ああ」
天馬は周囲を見渡した。
北陵会。
東尾張連合。
互いに傷つきながら、それでも相手を倒そうとしている。
「強い奴が偉いとか、負けた奴は従えとか……」
天馬はゆっくり言葉を続けた。
「俺、そういうの嫌いなんだよ」
城戸が腕を組んだ。
「じゃあ、お前は何がしたい?」
天馬は城戸を見返した。
「別に誰かを支配したいわけじゃねえ」
「だったら?」
「自分の仲間くらい、自分で守りてえんだよ」
夢斗が天馬の隣へ来た。
「おう! 俺もだ!」
海斗も並ぶ。
「まあ、俺も同じかな」
椿は小さく笑った。
「天馬らしいね」
桐生は四人の背後に立った。
「……悪くねえ考えだ」
天馬は仲間たちを見た。
「お前ら……」
夢斗が笑う。
「何だよ! 俺たち仲間だろ!」
天馬も笑った。
「……そうだな」
その瞬間。
天馬の胸の奥で、不思議な感覚が広がった。
見知らぬ景色。
果てしなく続く大地。
その先に立つ、大勢の人影。
そして、以前にも聞いた声が、かすかに響いた。
『進め。退くことは許さぬ』
天馬は一瞬、目を見開いた。
(……また、あの声か?)
だが、今度はすぐに消えた。
「天馬?」
椿が声をかける。
「……いや、何でもねえ」
天馬は顔を上げた。
目の前には城戸がいる。
その隣には東条。
そして、自分の後ろには仲間たちがいた。
城戸が口を開いた。
「……分かったよ、秋山」
「何が?」
「お前がどういう奴なのか、少し分かった」
城戸は東条を見た。
「今日の勝負は、ここまでにしとく」
東条の表情が険しくなる。
「……逃げるのか?」
「違えよ」
城戸は自分の頬を拭った。
「これ以上やったら、俺たちの連中まで勝手に動き出しそうだからな」
「東側から手を引くのか?」
「それは別だ」
城戸は笑った。
「まだ諦めてねえよ」
東条も笑みを浮かべた。
「……そうか」
「ああ。お前との決着もついてねえ」
城戸は天馬へ視線を向けた。
「秋山。お前とも、いずれやる」
天馬は頷いた。
「その時は相手してやるよ」
「言うじゃねえか」
城戸は北陵会の仲間たちへ声をかけた。
「帰るぞ!」
水原と片瀬は不満そうだったが、城戸の後に続いた。
河川敷に残ったのは、東尾張連合と天馬たちだった。
東条は天馬へ向き直った。
「……秋山」
「何だ?」
「借りができたな」
天馬は首を横に振った。
「借りなんかいらねえよ」
「そうか」
東条は少し笑った。
「だが、俺は忘れねえ」
久我山が天馬へ近づいた。
「……おい、秋山」
「ん?」
「今日のことで、俺がお前を認めたと思うなよ」
天馬が笑う。
「分かってるよ」
「次は絶対勝つからな」
「おう。待ってる」
久我山は少し驚いた顔をした。
「……何だよ、その余裕」
「別に余裕じゃねえよ」
天馬は笑った。
「お前、前より強くなってそうだしな」
久我山は一瞬黙った後、顔を背けた。
「……当たり前だろ」
夕方。
河川敷を離れた天馬たちは、駅へ向かって歩いていた。
「いやあ、今日は疲れた!」
夢斗が大きく伸びをする。
海斗が笑った。
「お前、ほとんど戦ってねえだろ」
「精神的に疲れたんだよ!」
「便利な言葉だな」
椿も笑う。
桐生は天馬の隣を歩いていた。
「……天馬」
「はい?」
「お前、これからどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「東条を倒して、城戸にも目をつけられた。これからも色んな奴がお前に会いに来るぞ」
天馬は少し考えた。
「……別に、今までどおりですよ」
「今までどおり?」
「はい」
天馬は仲間たちを見た。
「学校行って、飯食って、遊んで」
夢斗が笑う。
「それ最高じゃん!」
「だろ?」
天馬は続けた。
「でも、仲間が困ってたら助けます」
桐生は笑った。
「……そうか」
「それだけです」
椿が天馬を見た。
「でも、それって結構難しいことだと思うよ」
「そうか?」
「うん」
天馬は少し考えた後、笑った。
「だったら、みんなでやればいいじゃん」
夢斗が天馬の肩に腕を回した。
「おう!」
海斗も頷く。
「まあ、そうだな」
桐生は四人の姿を見つめていた。
まだ小さな集まりだった。
特別な名前もない。
決まった役職もない。
ただ、互いを信じて一緒にいる仲間たち。
だが、この五人がこれから尾張の不良たちを大きく動かしていくことになるとは、誰も知らなかった。
天馬は夕焼けの空を見上げた。
「……よし!」
夢斗が振り返る。
「何だよ?」
「腹減った!」
「結局それかよ!」
五人の笑い声が、夕暮れの道に広がった。
第40話 完




