第39話「譲れぬもの」
北側の河川敷。
東条雅人と城戸圭吾は、互いに数歩の距離を置いて向かい合っていた。
「東側を渡せって?」
東条が尋ねる。
「ああ」
城戸は平然と答えた。
「お前が秋山に負けた以上、今までどおりにはいかねえだろ」
「だからって、お前に渡す理由はねえ」
「強情だな」
城戸は笑った。
「東条。お前、負けた時点で終わったんだよ」
その言葉に、久我山慎吾が一歩前へ出た。
「てめえ!」
「久我山、下がれ」
東条が制する。
「でも、東条さん!」
「俺が話してる」
久我山は悔しそうに歯を食いしばり、足を止めた。
城戸はその様子を見て笑った。
「まだ慕ってくれる奴がいるんだな」
「……何が言いたい?」
「そいつらも、お前が負けた時はがっかりしたんじゃねえの?」
東条は答えなかった。
城戸が続ける。
「東側で一番強いと思ってた男が、別の学校の二年に負けたんだからな」
「それで?」
「何?」
「俺が負けたことと、こいつらがお前に従うことは別だろ」
東条は城戸を睨んだ。
「俺に言いたいことがあるなら、俺に言え」
城戸の笑みが消えた。
「……そうかよ」
少し離れた土手の上。
秋山天馬たちは、二つの集団を見下ろしていた。
「……始まりそうだな」
佐久間海斗が呟く。
大地夢斗は拳を握った。
「北陵の奴ら、感じ悪いな」
竜胆椿は両陣営の人数を見比べていた。
「東条たちは五人。北陵会は十人以上いるね」
「人数だけで勝負は決まらねえよ」
桐生拓真が答える。
天馬は東条を見つめた。
「……あいつ、逃げる気ねえんだな」
桐生が頷いた。
「ああ」
その時、城戸が片手を上げた。
「水原」
「はい」
水原廉が前へ出る。
その隣には片瀬翔もいた。
「まずはお前らからだ」
城戸が東条の仲間たちを見る。
「俺の相手をする前に、そいつらがどこまでやれるか見せてくれよ」
相馬恭介が前へ出た。
「……上等だ」
神谷亮介も隣に並ぶ。
「相馬、焦るなよ」
「分かってる」
水原は笑った。
「二人まとめて相手してやろうか?」
「調子に乗るな」
相馬が踏み込んだ。
水原は身体を引いて拳を避ける。
すぐに右拳を返したが、相馬は腕で受け止めた。
その横から片瀬が近づく。
「相馬、横!」
神谷が声をかける。
相馬が身体を引いた直後、片瀬の拳が目の前を通過した。
神谷は片瀬の腕を払い、その胸元を押し返す。
「お前の相手は俺だ」
片瀬が笑った。
「いいね。やろうぜ」
二組の戦いが始まった。
水原は素早く距離を詰め、相馬の顔を狙った。
相馬は最初の拳をかわしたものの、続く一撃を頬に受けた。
「……っ!」
水原が笑う。
「東側の幹部って、この程度か?」
相馬は口元を拭った。
「まだ始まったばっかだろ」
今度は相馬が踏み込む。
水原が防御した腕ごと押し込むように拳を放つと、水原の身体が後ろへ下がった。
「……へえ」
水原の表情が変わる。
一方、神谷は片瀬の攻撃を慎重に見極めていた。
片瀬は左右から連続して拳を放つ。
神谷は二発を避けたが、三発目を肩に受けた。
「どうした? 守ってばっかか?」
「……よく動くな」
神谷は片瀬の足元を見た。
相手は攻撃するたびに、左足へ体重を乗せている。
次の拳が来た瞬間、神谷は半歩横へ動いた。
片瀬の拳が空を切る。
神谷はその脇腹へ拳を打ち込んだ。
「ぐっ……!」
片瀬が身体を折る。
「動きが速くても、同じ攻め方じゃ読まれるぞ」
神谷は距離を取った。
だが、片瀬はすぐに顔を上げた。
「……言ってくれるじゃねえか」
戦いはまだ終わらない。
その頃、久我山慎吾は東条の横で拳を握っていた。
「東条さん、俺も!」
「待て」
「でも、神谷さんたちが!」
「相手は二人だけじゃねえ」
東条は北陵会の集団を見た。
数人の男が、少しずつ横へ広がっていた。
そのうちの一人が、後方にいた三枝圭介へ近づく。
「お前も東尾張連合か?」
三枝は警戒した。
「……だったら?」
「城戸さんに逆らうなら、覚悟しろよ」
男が三枝の胸元を掴んだ。
「やめろ!」
久我山が駆け出した。
男の腕を掴み、三枝から引き離す。
「てめえ、何してんだ!」
「何だよ、お前!」
相手の拳が久我山の頬に当たった。
久我山は顔を背けたが、倒れなかった。
そのまま相手の制服を掴み、腹部へ拳を打ち込む。
男が後退する。
「三枝! 下がってろ!」
「久我山!」
「俺は大丈夫だ!」
だが、別の北陵会の男が久我山の背後へ回った。
「後ろだ!」
三枝が叫ぶ。
久我山が振り返った時には、すでに相手の拳が迫っていた。
久我山は腕を上げたが、防ぎきれず肩から地面へ倒れた。
「……くそっ!」
立ち上がろうとした久我山の前に、二人の男が立つ。
「一人で何ができるんだよ」
久我山は地面に手をついた。
「……まだ終わってねえ」
土手の上。
夢斗が一歩踏み出した。
「おい! 二人がかりじゃねえか!」
海斗がその腕を掴む。
「待てって!」
「でもよ!」
天馬も久我山の方を見ていた。
以前、自分に向かってきた時とは違う。
久我山は三枝を守るために飛び出した。
「……あいつ」
桐生が天馬を見る。
「どうした?」
「久我山、変わったなって」
「そうだな」
その時、北陵会の男が久我山へ再び近づいた。
久我山は立ち上がったものの、足元がふらついている。
天馬は土手を下り始めた。
「天馬!」
椿が呼び止める。
天馬は振り返った。
「喧嘩に割り込むつもりはねえよ」
「じゃあ?」
「二人で一人を囲んでるの、見てらんねえだけだ」
桐生が隣に並んだ。
「俺も行く」
夢斗と海斗も続いた。
椿は小さく息を吐いた。
「……結局、こうなるんだね」
五人は河川敷へ下りた。
「おい!」
天馬の声に、久我山を囲んでいた男たちが振り返る。
「……誰だ?」
一人が尋ねた。
天馬は久我山の前に立った。
「そいつ、もう十分やっただろ」
久我山が驚いた顔をする。
「……秋山?」
「おう」
「何でお前がここにいる!」
「たまたま通りかかった」
「嘘つけ!」
天馬は笑った。
「元気じゃねえか」
その様子を、東条と城戸も見ていた。
「……秋山」
東条が呟く。
城戸はゆっくり歩き出した。
「来たか」
桐生が城戸の前へ出る。
「城戸」
「何だよ、桐生」
「お前、東条と話をつけるんじゃなかったのか?」
「そのつもりだぜ」
城戸は久我山たちへ目を向けた。
「部下が勝手に熱くなってるだけだ」
「だったら止めろよ」
「……お前、相変わらずうるせえな」
城戸の表情が険しくなった。
天馬が口を開く。
「城戸」
「何だ?」
「東側をどうするかは、東側の奴らが決めればいいだろ」
「昨日も似たようなこと言ってたな」
「ああ」
天馬は東条を見た。
「俺は東条を倒した。でも、東条の仲間まで倒したつもりはねえ」
東条は黙っていた。
「そいつらがまだ東条についていきたいなら、それでいいじゃねえか」
城戸は天馬を見つめた。
「……秋山」
「何だよ」
「お前、本当に東条を倒したんだよな?」
「そうだけど」
「だったら、何でそいつを助ける?」
天馬は少し考えた。
「……別に助けるつもりじゃねえよ」
そして、久我山を振り返る。
「ただ、こいつらが自分たちの場所を守ろうとしてるのは分かる」
久我山は驚いたまま天馬を見ていた。
天馬は城戸へ向き直った。
「それを力ずくで奪うのが気に入らねえだけだ」
城戸はしばらく黙っていた。
やがて、口元に笑みを浮かべる。
「……そうか」
城戸は制服の袖をまくった。
「じゃあ、お前にも聞いてもらおうか」
「何を?」
「俺が東側を欲しい理由だよ」
城戸は東条を指差した。
「こいつらが東側をまとめてる限り、北側と東側はいつかぶつかる」
「だから先に潰すって?」
「ああ。そうすりゃ面倒な争いもなくなる」
天馬は首を横に振った。
「……それで誰かを殴ってたら、結局同じだろ」
城戸の笑みが消えた。
「話が通じねえな」
「そっちこそ」
二人の視線がぶつかる。
桐生が城戸へ一歩近づいた。
「城戸。俺とお前の話も、まだ終わってねえよな」
城戸は桐生を見た。
「……ああ」
「だったら、先に俺とやるか?」
城戸は少し考えた後、笑った。
「いいぜ」
そして、天馬へ視線を戻す。
「秋山。お前とはその後だ」
天馬は頷いた。
「分かった」
東条が二人の間へ歩み寄る。
「待て、城戸」
「何だよ」
「これは俺たちの問題だ」
東条は天馬と桐生を見た。
「お前らが来たのは勝手だが、俺はまだ負けてねえ」
天馬は東条を見返した。
「……分かってるよ」
東条は城戸の正面に立った。
「城戸。まずは俺とやれ」
城戸はしばらく東条を見つめていた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……いいだろう」
東条が拳を構える。
城戸も両手を上げた。
久我山、神谷、相馬。
そして、天馬たち。
それぞれが見守る中、東条と城戸の戦いが始まろうとしていた。
第39話 完




