第38話「東側の意地」
放課後。
東尾張連合の集まる雑居ビル。
東条雅人は椅子に座り、神谷亮介と相馬恭介から報告を受けていた。
「……北陵会が?」
「ああ。水原廉って奴が来た」
神谷が答える。
「東尾張連合を解散しろってよ」
相馬は壁にもたれながら腕を組んだ。
「城戸の野郎、俺たちを舐めてやがる」
東条は黙って話を聞いていた。
そこへ久我山慎吾が入ってきた。
「東条さん!」
「どうした?」
「北陵の連中が、東側の一年を連れていこうとしてます」
神谷が眉を寄せた。
「またか」
「断った奴は囲まれて、殴られたらしいです」
相馬が壁から離れた。
「……どこの奴だ?」
「東城工業の一年です」
「そいつは今どこにいる?」
「仲間が家まで送ったそうです」
東条はゆっくり立ち上がった。
「三枝は?」
「北陵会の動きを調べに行ってます」
久我山が答える。
東条は窓の外を見た。
「……俺が負けたから、こうなったのか」
神谷が首を横に振る。
「違うだろ」
「何?」
「城戸は前から東側を狙ってた。今回は口実ができただけだ」
相馬も頷く。
「俺たちが秋山に負けたのと、北陵会に従うのは別の話だ」
東条は二人を見た。
「……そうだな」
その時、久我山が一歩前へ出た。
「東条さん。俺に行かせてください」
「どこへ?」
「北陵会の連中のところです」
神谷が顔をしかめる。
「一人でか?」
「はい」
「無茶だろ」
「でも、このまま黙ってられません」
久我山は拳を握った。
「秋山に負けてから、ずっと考えてたんです」
東条は何も言わなかった。
「あいつは俺たちより強かった。でも、負けたからって全部終わりじゃないでしょう」
「……久我山」
「俺はまだ、秋山に勝つことを諦めてません」
久我山は顔を上げた。
「だからこそ、他の奴らに好き勝手されるのは嫌なんです」
東条はしばらく久我山を見つめていた。
「……分かった」
「じゃあ!」
「ただし、一人では行かせねえ」
東条は神谷と相馬を見た。
「お前らも行け」
相馬が笑う。
「最初からそのつもりだ」
神谷は頷いた。
「まずは連れていかれそうになってる奴らを助けよう」
東条は久我山の肩を軽く叩いた。
「勝手に突っ走るなよ」
「……はい!」
同じ頃。
北陵高校の教室。
城戸圭吾は机に腰掛け、水原廉から話を聞いていた。
「東側の一年、何人かはこっちに来そうです」
「そうか」
「でも、東条についていくって奴も結構います」
城戸は笑った。
「そりゃそうだろ」
片瀬翔が尋ねる。
「どうします? 強引に連れてきますか?」
「……お前ら、少し考えろよ」
城戸は机から降りた。
「無理やり引っ張ってきたって、すぐ逃げられるだけだろ」
水原が首を傾げる。
「じゃあ?」
「東条が守ってくれるって思ってるから、あいつらは残るんだ」
城戸は鞄を持ち上げた。
「だったら、その考えを変えてやればいい」
「東条を倒すってことですか?」
「そういうこと」
城戸は教室の扉へ向かった。
「東条に伝えろ。明日の放課後、北側の河川敷で待ってるってな」
「分かりました」
「あと、水原」
「はい?」
城戸は振り返った。
「一年を殴ったって話、本当か?」
水原は一瞬黙った。
「……ちょっと脅しただけです」
「余計なことすんなよ。俺が東条と話をつける」
城戸はそう言って教室を出た。
翌日。
昼休み。
秋山天馬は大地夢斗、佐久間海斗、竜胆椿と中庭にいた。
「なあ、聞いたか?」
海斗が口を開く。
「何を?」
天馬がパンをかじりながら尋ねた。
「東尾張連合と北陵会、明日じゃなくて今日の放課後に会うらしいぞ」
夢斗が顔を上げた。
「マジか!」
「北側の河川敷だって」
椿が考え込む。
「……昨日、城戸が言ってたことと関係ありそうだね」
天馬はパンを食べ終えた。
「東条は行くのかな」
「行くだろうな」
海斗が答える。
「自分の仲間が狙われてるんだろ?」
夢斗が立ち上がった。
「だったら俺たちも行こうぜ!」
天馬は夢斗を見上げた。
「何でだよ」
「気になるじゃん!」
「俺たちには関係ねえだろ」
「でもよ、東条が負けたせいで北陵会が動いたんだろ?」
天馬は黙った。
椿が静かに口を開く。
「夢斗の言うことも分かるけど、勝手に割り込むのは違うと思う」
「じゃあ、どうする?」
海斗が尋ねる。
「桐生先輩に聞いてみよう」
その日の放課後。
五人は学校近くの公園に集まっていた。
話を聞いた桐生拓真は、しばらく考え込んでいた。
「……河川敷か」
「先輩、どうします?」
天馬が尋ねる。
「俺は行く」
「え?」
「城戸とは昔からの付き合いだ。あいつが何を考えてるのか、直接確かめたい」
夢斗が笑った。
「じゃあ俺たちも!」
桐生は首を横に振った。
「喧嘩しに行くんじゃねえぞ」
「分かってますって!」
「お前が一番分かってなさそうだな」
海斗が笑う。
天馬は桐生を見た。
「……俺も行きます」
「天馬?」
「東条がどうするのか、見ておきたいんです」
桐生は少し考えた後、頷いた。
「分かった。ただし、勝手に手を出すなよ」
「はい」
椿が天馬の横に並んだ。
「僕も行くよ」
「おう」
夢斗と海斗も頷いた。
一方、北側の河川敷。
東条雅人は、神谷亮介、相馬恭介、久我山慎吾、三枝圭介を連れて歩いていた。
向こうには、すでに北陵会の男たちが集まっている。
その中央に、城戸圭吾が立っていた。
「よう、東条」
城戸が片手を上げる。
「久しぶりだな」
東条は足を止めた。
「……城戸」
「随分と話題になってるじゃねえか」
「何の用だ?」
「単純な話だよ」
城戸は東条を見つめた。
「東側を俺たちに任せろ」
久我山が前へ出ようとする。
しかし、東条が腕を伸ばして止めた。
「……断る」
城戸が笑う。
「即答かよ」
「俺が秋山に負けたのは事実だ」
東条は一歩前へ出た。
「だが、それで俺の仲間までお前に従う理由にはならねえ」
城戸の表情が変わった。
「だったら、力で決めるか?」
「望むところだ」
東条は城戸から目を逸らさなかった。
少し離れた土手の上。
天馬たち五人が河川敷へ到着した。
夢斗が下を覗き込む。
「……うわ、結構集まってんな」
海斗が人数を数える。
「北陵会の方が多くねえか?」
椿は東条と城戸を見つめた。
「まだ話してるみたいだね」
桐生が表情を引き締めた。
「……間に合ったか」
天馬は河川敷を見下ろした。
東条の前に立つ城戸。
その後ろには、水原と片瀬をはじめとした北陵会の面々。
そして、東条の背後には久我山たちがいた。
「……東条」
天馬が小さく呟いた。
自分が倒した男が、今度は仲間を守るために立っている。
天馬はその姿から目を離せなかった。
第38話 完




