第36話「奇妙な直感」
午前十時。
秋山天馬は教室の窓際で、退屈そうに頬杖をついていた。
「……眠い」
隣の席では、大地夢斗が必死にノートを取っている。
「おい、天馬」
「ん?」
「三問目の答え、分かる?」
「何の?」
「数学!」
天馬は黒板を見た。
そこには連立方程式が書かれている。
「……分かんねえ」
「お前、ちゃんと授業聞けよ!」
「お前に言われたくねえよ」
「俺は聞いてる!」
「じゃあ何で分かんねえんだよ!」
二人が小声で言い合っていると、教師が振り返った。
「秋山、大地」
「はい!」
「随分楽しそうだな」
教室に笑いが広がる。
教師はチョークを置いた。
「じゃあ秋山、三問目を解いてみろ」
「……え?」
「黒板に出てこい」
夢斗が隣で笑いを堪えていた。
天馬は睨みつける。
「……お前のせいだからな」
「頑張れよ!」
天馬はため息をつきながら立ち上がった。
昼休み。
「いやあ、あれは面白かった!」
夢斗が弁当を食べながら笑っていた。
「うるせえな」
「先生に『途中式はどこだ』って聞かれて、『頭の中です』って!」
「答え合ってただろ!」
「偶然だろ!」
天馬はパンをかじった。
「……たまたま分かったんだよ」
「それが不思議なんだって!」
夢斗は箸を止めた。
「お前、最近ちょっと変じゃね?」
「何が?」
「喧嘩の時もそうだけどさ。急に相手の動きが分かったりするだろ?」
天馬は黙った。
東条雅人との戦い。
相手の肩や足を見て、次の攻撃を考えていた。
だが、最後の一撃だけは少し違った。
東条が拳を振るより先に、身体が勝手に動いたような感覚があった。
「……そういや、そんなこともあったな」
「何だよ、その反応」
「別に大したことじゃねえだろ」
夢斗は首を傾げた。
「まあ、お前が考え込んでも似合わねえしな」
「お前、喧嘩売ってんのか?」
「冗談だって!」
午後の体育。
男子生徒たちは体育館でバスケットボールをしていた。
「秋山! こっち!」
夢斗が手を上げる。
天馬はボールを受け取り、ゴールへ向かった。
正面には相手チームの男子生徒。
「抜かせねえぞ!」
「やってみろよ!」
天馬は右へ身体を動かした。
相手も右へ反応する。
その瞬間、天馬は左へ切り返した。
「うわっ!」
相手の横を抜ける。
だが、ゴール下にはもう一人いた。
「秋山、こっちは通さねえ!」
天馬はボールを持ち直した。
(……右に来る)
なぜか、そう思った。
相手の男子生徒が右手を伸ばす。
天馬はその動きより先にボールを左へ移した。
そして、ゴールへ向かって跳んだ。
ボールがリングを通る。
「よっしゃ!」
夢斗が駆け寄った。
「今のすげえな!」
「おう!」
「最後、よく避けたな!」
天馬は自分の手を見た。
「……何となく」
「何となくって何だよ!」
「いや、本当にそうなんだって」
天馬は首を傾げた。
相手が動く前に、次の動きが分かった。
そんな気がした。
しかし、理由は説明できなかった。
放課後。
天馬は夢斗、海斗、椿と一緒に校門を出た。
「今日の体育、天馬がすげえ動きしてたんだよ!」
夢斗が興奮気味に話す。
海斗が笑った。
「お前、また大げさに言ってんだろ」
「本当だって!」
椿は天馬を見た。
「どんな動きだったの?」
「普通に抜いただけだよ」
「普通じゃなかっただろ!」
夢斗が反論する。
椿は少し考えた。
「……天馬」
「ん?」
「東条との戦いでも、似たようなことなかった?」
天馬は足を止めた。
「……あったかも」
「やっぱり」
「でも、偶然だろ」
椿は首を横に振った。
「偶然かもしれない。でも、何度も続くなら気になるね」
海斗が口を挟む。
「喧嘩慣れしてきただけじゃねえの?」
「それもあると思う」
椿が答えた。
「ただ、天馬の場合は少し違う気がする」
夢斗が笑う。
「もしかして天馬、超能力でも目覚めたんじゃね?」
「んなわけねえだろ!」
天馬が夢斗の肩を軽く押した。
「痛えって!」
四人は笑いながら歩き出した。
その日の夕方。
桐生拓真は学校近くの自動販売機の前に立っていた。
缶コーヒーを買おうとした時、背後から声がした。
「久しぶりだな、桐生」
桐生は振り返った。
そこには、北陵高校の制服を着た男子生徒が二人立っていた。
「……お前らか」
一人が笑った。
「城戸さんから伝言だ」
「城戸?」
「ああ」
男は桐生へ近づいた。
「久しぶりに会いたいってよ」
桐生は缶コーヒーを取り出した。
「……あいつ、まだそんなこと言ってんのか」
「どうする?」
「伝えとけ」
桐生は缶を開けた。
「用があるなら自分で来いってな」
男の表情が険しくなる。
「随分偉そうじゃねえか」
桐生は笑った。
「伝言頼まれただけだろ? だったらさっさと帰れよ」
二人は桐生を睨んだ後、その場を離れた。
桐生は一口コーヒーを飲んだ。
「……城戸圭吾か」
以前、北側で顔を合わせたことがある男。
あの時も、互いに譲らなかった。
桐生はスマートフォンを取り出した。
天馬へ連絡しようとして、指を止める。
「……まだいいか」
画面を閉じ、缶を持ち直した。
一方、天馬は自宅の部屋でベッドに寝転んでいた。
天井を見つめながら、右手を開く。
そして、ゆっくり拳を握った。
「……何なんだろうな」
東条の拳。
体育館での相手の動き。
どちらも、考えるより先に身体が反応した。
天馬は目を閉じた。
すると、一瞬だけ見知らぬ光景が浮かんだ。
大勢の人影。
遠くまで続く、広い場所。
そして、誰かの声。
『進め。退くことは許さぬ』
天馬は目を開けた。
「……は?」
身体を起こす。
部屋には誰もいない。
窓の外からは、いつもの車の音が聞こえてくる。
「……寝ぼけたか?」
天馬は頭をかいた。
もう一度目を閉じても、先ほどの光景は浮かばなかった。
「……変な夢だな」
そう呟き、スマートフォンを手に取った。
夢斗からメッセージが届いていた。
『明日、購買の焼きそばパン買いに行こうぜ!』
天馬は笑った。
『お前、食い物のことばっかだな』
すぐに返信が届く。
『腹減るんだから仕方ねえだろ!』
天馬はスマートフォンを置き、再びベッドに横になった。
あの声が何だったのか。
今はまだ、分からなかった。
第36話 完




