第35話「新たな勢力」
昼休み。
秋山天馬は教室の自分の席で、机に突っ伏していた。
「……腹減った」
隣の席から大地夢斗が振り返る。
「お前、さっきパン食ってなかった?」
「一個だけな」
「購買行けば?」
「もう金ねえ」
夢斗は呆れた顔をした。
「昨日ラーメン食ったからだろ」
「お前が誘ったんだろうが!」
「俺は奢ってないぞ!」
「知ってるよ!」
二人が言い合っていると、教室の扉から男子生徒が顔を出した。
「秋山っている?」
天馬が顔を上げる。
「俺だけど」
「三年の桐生先輩が呼んでるぞ」
「桐生先輩が?」
夢斗も立ち上がった。
「俺も行く!」
「お前は呼ばれてねえだろ」
「いいじゃん!」
二人は教室を出た。
廊下の先では、桐生拓真が窓際にもたれていた。
「おう、来たか」
「どうしたんですか?」
「ちょっと話がある」
桐生は周囲を確認してから、声を落とした。
「東側の件なんだけどな」
天馬の表情が変わる。
「東条が何かしたんですか?」
「いや、東条じゃねえ」
「じゃあ?」
「北側の連中が動き始めたらしい」
夢斗が首を傾げる。
「北側?」
「ああ。北陵高校を中心に集まってる連中だ」
「そいつらが何か?」
桐生は腕を組んだ。
「東条が負けたって噂を聞いて、東尾張連合の縄張りを狙ってるらしい」
天馬は眉を寄せた。
「……また喧嘩ですか」
「まだそう決まったわけじゃねえ。ただ、北側には厄介な奴がいる」
「誰です?」
「城戸圭吾」
桐生の口から出た名前に、夢斗が首を傾げた。
「知らねえな」
「北陵高校の三年だ。あいつがまとめてる連中は、北陵会って呼ばれてる」
「強いんですか?」
天馬が尋ねる。
桐生は頷いた。
「少なくとも、東条と正面からやり合えるだけの連中は揃ってる」
夢斗が笑った。
「へえ、面白そうじゃん!」
「お前は少し黙ってろ」
桐生が呆れた。
「今回は俺たちに直接関係あるとは限らねえ。わざわざ首突っ込むなよ」
天馬は頷いた。
「分かりました」
「……本当か?」
「何でみんな俺のこと信用しないんですか?」
「今までの行動を考えてみろ」
夢斗が横で笑った。
「確かにな!」
「お前もだろ!」
三人の声が廊下に響いた。
同じ頃。
東側の商店街にある古い雑居ビル。
二階の一室に、東条雅人がいた。
頬の傷は薄くなっていたが、まだ完全には消えていない。
その向かいには、久我山慎吾が座っていた。
「……北陵会?」
「ああ」
久我山が答える。
「最近、東側の学校に顔を出してるらしいです」
東条は椅子の背もたれに身体を預けた。
「城戸の連中か」
「知ってるんですか?」
「何度か揉めたことがある」
東条は窓の外を見た。
「俺たちが東側をまとめる前から、北側で幅を利かせてた連中だ」
「だったら、潰しますか?」
久我山が尋ねた。
東条は首を横に振る。
「まだ手を出すな」
「でも!」
「向こうが何を考えてるか、先に確かめる」
その時、部屋の扉が開いた。
「東条、話がある」
入ってきたのは、短髪の男子生徒だった。
東条が顔を上げる。
「三枝か」
三枝圭介。
東尾張連合で、他校の動きを調べることが多い男だった。
以前、桐生が動いたことを東条へ知らせたのも彼である。
「北陵会の奴らが、うちの一年に声をかけたらしい」
「何て?」
「東条はもう終わった。これからは北側につけ、だとよ」
久我山が勢いよく立ち上がった。
「ふざけんな!」
東条は片手を上げた。
「座れ、久我山」
「でも、東条さん!」
「分かってる」
東条の表情が険しくなる。
「……城戸の野郎、俺が負けた途端に動きやがったか」
三枝が続けた。
「それと、もう一つ」
「何だ?」
「城戸は秋山天馬にも興味を持ってるらしい」
東条の目が細くなった。
「……秋山に?」
「ああ。東条を倒した奴がどんな男なのか、確かめたいんだと」
久我山が拳を握る。
「秋山は俺が――」
「久我山」
東条が遮った。
「お前が秋山と再戦したいのは分かってる」
「……はい」
「だが、今は別の問題だ」
東条は立ち上がった。
「北陵会が東側の連中に手を出してるなら、放っておけねえ」
三枝が尋ねる。
「どうする?」
「まずは神谷と相馬にも知らせろ」
「分かった」
「それから、北側の動きをもう少し調べてくれ」
三枝は頷き、部屋を出ていった。
久我山は東条を見つめた。
「……東条さん」
「何だ?」
「秋山に負けたからって、俺たちまで弱くなったわけじゃないですよね」
東条は笑った。
「当たり前だろ」
そして、窓の外へ視線を向ける。
「俺が負けたのは秋山だ。城戸じゃねえ」
一方、北陵高校。
放課後の教室に、数人の男子生徒が集まっていた。
窓際に座っている男が、スマートフォンを眺めていた。
「城戸さん」
一人が声をかける。
「東側の連中、まだ東条についてるみたいです」
「そりゃそうだろ」
城戸圭吾は画面から目を離さずに答えた。
「一回負けたくらいで、簡単に組織は崩れねえよ」
「だったら、どうします?」
「焦る必要ねえだろ」
城戸はスマートフォンを机に置いた。
画面には、東条雅人の敗北を伝える投稿が表示されていた。
「それよりさ」
「はい?」
「秋山天馬って、どんな奴なんだ?」
「詳しくは分かりません。ただ、桐生拓真と一緒にいたって話です」
城戸が顔を上げた。
「……桐生?」
「知ってるんですか?」
「まあな」
城戸は少し考えた後、笑った。
「なるほど。あいつも絡んでんのか」
「会いに行きます?」
「いや」
城戸は椅子から立ち上がった。
「まずは東側だ」
「東条を潰すんですか?」
「いきなり殴り込んでもつまんねえだろ」
城戸は鞄を肩に掛けた。
「東条についてる連中が、今でもあいつを信じてるのか確かめてやる」
男子生徒たちは顔を見合わせた。
「それで、秋山は?」
城戸は教室の扉へ向かいながら答えた。
「そのうち会えるだろ」
廊下へ出る直前、城戸は振り返った。
「そういや、桐生にも伝えとけよ」
「何をです?」
城戸は笑った。
「城戸圭吾が、久しぶりに会いたがってるってな」
その日の夕方。
天馬は夢斗、海斗、椿と一緒に駅前を歩いていた。
「なあ、今日何食う?」
夢斗が尋ねる。
海斗は呆れた顔をした。
「また飯の話かよ」
「腹減ったんだから仕方ねえだろ!」
椿が笑う。
「今日は何円持ってるの?」
夢斗は財布を確認した。
「……九百円」
「昨日より減ってるじゃねえか!」
天馬が笑った。
第35話 完




