第34話「広がる噂」
放課後。
秋山天馬は、大地夢斗と並んで校門へ向かっていた。
「なあ、天馬」
「ん?」
「今日こそ焼肉行かね?」
「まだ言ってんのかよ」
「昨日、牛丼だったじゃん!」
「お前の財布に千二百円しかなかったからだろ」
夢斗は得意げに財布を取り出した。
「今日は違うぜ!」
「いくらあんの?」
「千八百円!」
「六百円しか増えてねえじゃねえか!」
「六百円を舐めんなよ!」
二人が言い合いながら歩いていると、校門の近くで数人の男子生徒がこちらを見ていた。
「……あいつじゃね?」
「秋山天馬?」
「東条を倒したっていう……」
天馬は足を止めた。
「……何?」
男子生徒たちは慌てて目を逸らした。
夢斗が笑う。
「お前、すっかり有名人だな」
「嬉しくねえよ」
「何でだよ! すげえことじゃん!」
「いちいち見られるの面倒くせえだろ」
その時、背後から声がした。
「秋山!」
振り返ると、佐久間海斗が走ってきた。
「お前ら、ちょっと待て!」
「どうした?」
海斗は息を整えながらスマートフォンを見せた。
「これ、見ろよ」
画面には、近隣の高校生たちが使っているSNSの投稿が表示されていた。
『東尾張連合の東条雅人、敗北』
『相手は西側の秋山天馬らしい』
『桐生拓真と竜胆椿もいたって話』
夢斗が目を丸くする。
「うわ、マジじゃん!」
天馬は眉を寄せた。
「……誰がこんなの書いてんだよ」
「分かんねえ。でも結構広まってる」
海斗が画面を動かす。
『秋山って何者?』
『東条を倒すとか本当かよ』
『今度見に行こうぜ』
天馬はため息をついた。
「見世物じゃねえんだけど」
「それだけ東条が有名だったってことだろ」
海斗が答える。
夢斗は天馬の肩に腕を回した。
「いいじゃん! 俺たちの名前も売れてるし!」
「お前、そういうの好きだよな」
「嫌いじゃねえ!」
三人が校門を出ると、少し離れた場所に桐生拓真が立っていた。
「おう、お前ら」
「桐生先輩!」
天馬が手を上げる。
桐生は三人の顔を見るなり笑った。
「随分元気そうじゃねえか」
「先輩こそ」
「俺は元気だよ」
桐生は海斗のスマートフォンに目を向けた。
「……噂、見たか?」
「はい」
「なら話が早えな」
桐生は表情を引き締めた。
「東側だけじゃなく、他の地域にも広まってるらしい」
夢斗が首を傾げる。
「他の地域?」
「ああ。北側や南側の学校にもな」
「へえ……」
「東条は東側じゃかなり有名だったからな。そいつを倒した奴がいるって聞けば、興味を持つ連中も出てくる」
天馬は腕を組んだ。
「……面倒くせえな」
桐生が笑う。
「お前、そればっかだな」
「だって本当に面倒じゃないですか」
「まあな」
その時、椿が校門から出てきた。
「みんな、何してるの?」
「おう、椿!」
夢斗が手を振る。
海斗がスマートフォンを見せると、椿は画面を確認した。
「……思ったより広まってるね」
「お前の名前も出てるぞ」
「知ってる。今日、別のクラスの人に聞かれたから」
天馬が笑う。
「何て答えた?」
「喧嘩したのは本当だって」
「正直だな!」
「嘘ついても仕方ないでしょ」
椿はスマートフォンを返した。
「でも、少し気になることがある」
桐生が椿を見る。
「何だ?」
「噂の中に、東条が負けたことを喜んでる人たちがいる」
「……ああ」
桐生が頷いた。
「東条と揉めてた連中だろうな」
「それだけじゃないと思う」
椿は続けた。
「東尾張連合が弱ったと思って、動き出す人たちもいるんじゃないかな」
桐生は少し考え込んだ。
「……あり得るな」
天馬が尋ねる。
「東条が負けたからって、東側の連中が全員いなくなるわけじゃないですよね?」
「当然だ。東条にはまだ仲間がいる」
「だったら、そいつらを狙う奴も出てくるってことか」
「ああ」
夢斗が腕を組む。
「何か、喧嘩って面倒だな」
海斗が呆れた顔をする。
「お前が言うなよ」
五人はしばらく話した後、それぞれ帰路についた。
その日の夕方。
東側の商店街。
久我山慎吾はコンビニの前で、二人の仲間と話していた。
「……東条さんが負けたって、本当なんすか?」
一人が尋ねる。
久我山は缶コーヒーを飲んだ。
「ああ」
「相手、秋山天馬ですよね?」
「……そうらしいな」
久我山は缶を握り直した。
以前、自分も天馬たちに敗れている。
あの時の悔しさは、まだ忘れていなかった。
「秋山って、そんなに強いんすか?」
「……強えよ」
久我山は短く答えた。
「でも、俺だって次は負けねえ」
仲間の一人が笑う。
「またやるんすか?」
「当たり前だろ」
久我山は空になった缶をゴミ箱へ入れた。
「一回負けたくらいで終わりにできるかよ」
その頃。
別の高校の教室では、数人の男子生徒が東条の敗北について話していた。
「なあ、東側の東条がやられたってよ」
「聞いた」
「秋山天馬って奴らしいな」
窓際に座っていた男子生徒が顔を上げた。
「……秋山天馬?」
「ああ。知ってんのか?」
男子生徒は少し考えた後、笑った。
「いや、知らねえ」
「何だよ」
「でも、面白そうじゃん」
男子生徒は立ち上がり、鞄を肩に掛けた。
「東条を倒した奴がいるなら、一回会ってみてえな」
「喧嘩するつもりか?」
「さあな」
男子生徒は教室を出ていった。
一方、天馬は自宅で夕飯を食べていた。
スマートフォンには、夢斗からメッセージが届いていた。
『明日こそ焼肉な!』
天馬は笑いながら返信する。
『金貯めてから言え』
すぐに返事が来た。
『じゃあラーメン!』
「……結局飯かよ」
天馬はスマートフォンを置き、夕飯を食べ続けた。
外では、彼の知らないところで噂が広がっていた。
第34話 完




