第33話「いつもの教室」
「……痛ってえ」
秋山天馬は自宅の洗面台で、自分の顔を見つめていた。
頬には青あざ。
口元には小さな傷。
右腕を上げると、肩にも痛みが走る。
「……昨日、殴られすぎたな」
制服に着替え、鞄を肩に掛ける。
玄関で靴を履いていると、スマートフォンが震えた。
大地夢斗からのメッセージだった。
『今日、学校来る?』
天馬は短く返信する。
『行くけど』
すぐに返事が届いた。
『俺も。顔やばいから笑うなよ』
「……お前もかよ」
天馬は小さく笑い、家を出た。
学校へ向かう途中、いつものコンビニの前に夢斗が立っていた。
「おーい、天馬!」
「おう」
夢斗が振り返る。
その顔を見た天馬は足を止めた。
「……お前、顔どうした?」
「昨日の喧嘩に決まってんだろ!」
「いや、分かってるけどさ」
夢斗の左頬には大きなあざがあった。
天馬は思わず笑った。
「お前、すげえ顔!」
「笑うなって言っただろ!」
「悪い悪い!」
夢斗は天馬の顔を指さした。
「お前だって人のこと言えねえからな!」
「俺はまだマシだろ」
「どこがだよ!」
二人は言い合いながら校門をくぐった。
教室に入ると、何人かの生徒が振り返った。
「おはよー」
天馬が挨拶する。
すると、近くにいた男子生徒が目を丸くした。
「秋山、お前どうしたんだよ!」
「ん?」
「顔! 顔!」
夢斗が横から口を挟む。
「こいつ、昨日派手に転んだんだよ」
「お前もだろ」
「俺は階段で転んだ」
「じゃあ俺は?」
「……坂道?」
「適当すぎんだろ!」
周囲から笑い声が上がった。
二人が席につくと、別の男子生徒が近づいてきた。
「なあ、昨日何かあった?」
「何で?」
「東側で喧嘩があったって聞いたんだけど」
天馬と夢斗は顔を見合わせた。
「……へえ」
夢斗がわざとらしく答える。
「知らねえなあ」
「お前ら、その顔で言われても説得力ねえぞ」
「偶然だって!」
天馬が笑う。
その時、教室の扉が開いた。
「おーい、席つけ!」
担任の教師が入ってくる。
生徒たちは慌てて自分の席へ戻った。
教師は出席簿を開き、教室を見渡す。
そして、天馬の顔で視線を止めた。
「……秋山」
「はい」
「その顔、どうした?」
「転びました」
「大地」
「はい!」
「お前もか?」
「……はい」
教師はしばらく二人を見つめた。
「同じ場所で?」
「……」
「……」
教室に笑いが広がる。
教師はため息をついた。
「とりあえず、二人とも後で職員室に来い」
「ええっ!?」
夢斗が声を上げた。
「何で俺まで!」
「お前の方が怪しいからだ」
天馬は机に顔を伏せて笑った。
「……最悪だな」
夢斗が小声で呟く。
「お前が笑うからだろ!」
午前の授業が終わり、昼休み。
天馬と夢斗は購買で買ったパンを持って中庭へ向かった。
そこには佐久間海斗が待っていた。
「おっ、来た来た」
「海斗!」
夢斗が手を上げる。
海斗は二人の顔を見るなり笑った。
「お前ら、昨日よりひでえな」
「お前もだろ!」
「俺はそこまでじゃねえよ」
海斗の口元にも、しっかり傷が残っていた。
三人はベンチに腰を下ろした。
「そういや、桐生先輩は?」
天馬が尋ねる。
「朝見かけたけど、普通にしてたぞ」
「マジかよ」
夢斗が驚く。
「あんだけ相馬と殴り合ってたのに?」
「さすが三年だな」
海斗が笑った。
「学年関係あるか?」
天馬が突っ込む。
三人がパンを食べていると、背後から声がした。
「楽しそうだね」
振り返ると、竜胆椿が立っていた。
「おう、椿!」
天馬が手を上げる。
椿は三人の顔を順番に見た。
「……みんな、すごい顔だね」
「お前も頬にあざあるだろ!」
夢斗が指さす。
「僕は君たちほどじゃないよ」
「言いやがったな!」
椿は笑いながら隣に腰を下ろした。
「それで、東側の話は?」
海斗が声を落とす。
「もう噂になってる」
「早いな」
「東条が負けたって話、結構広まってるらしい」
天馬はパンをかじった。
「別に広めなくていいのにな」
夢斗が笑う。
「お前、東尾張連合の頭を倒したんだぞ?」
「だから?」
「だからって……もっと喜べよ!」
「昨日は帰ってすぐ寝たし、今は身体痛えし」
天馬は肩を回そうとして顔をしかめた。
「正直、それどころじゃねえ」
椿が小さく笑った。
「天馬らしいね」
その時、夢斗が立ち上がった。
「よし! 今日の放課後、みんなで飯行こうぜ!」
海斗が顔を上げる。
「また?」
「昨日は喧嘩でまともに食ってねえだろ!」
「確かに」
天馬も頷く。
「何食う?」
「焼肉!」
夢斗が即答した。
「お前、金あんの?」
海斗が尋ねる。
夢斗は財布を取り出した。
中を確認する。
「……千二百円」
「無理だろ!」
天馬と海斗が同時に笑った。
椿も肩を揺らす。
「牛丼なら行けるんじゃない?」
「……じゃあ牛丼で!」
夢斗がすぐに意見を変えた。
「切り替え早えな!」
四人の笑い声が中庭に広がった。
昨日までの激しい喧嘩が嘘のような、いつもの昼休み。
天馬は残ったパンを口に運んだ。
「……やっぱ、こういう時間が一番いいな」
夢斗が振り返る。
「何か言った?」
「別に」
「何だよ、気になるだろ!」
「早くパン食えよ。昼休み終わるぞ」
「あっ、やべ!」
夢斗が慌てて袋を開ける。
天馬はその様子を見て、また笑った。
第33話 完




