第32話「譲れぬ拳」
「次は、もっとまともに当ててやるよ」
天馬は拳を構え直した。
東条雅人は先ほどまでの笑みを消し、真正面から天馬を見据えている。
「随分と強気じゃねえか」
「最初からだろ」
「確かにな」
東条が右足を引いた。
その動きを見た天馬は、すぐに踏み込まなかった。
(……また誘ってんのか?)
東条は相手の攻撃を読んでから動く。
ならば、こちらから不用意に仕掛ければ、同じことの繰り返しになる。
「来ねえのか?」
「お前こそ」
「……いいぜ」
東条が動いた。
右拳が天馬の顔面へ向かう。
天馬は腕で受け止めた。
続けて腹へ拳が来る。
今度は身体を横へずらしてかわす。
「おっ!」
東条がわずかに笑った。
「さっきより動けてるじゃねえか!」
「何回も殴られりゃ覚えるんだよ!」
天馬は左拳を返した。
東条は首を傾けてかわす。
しかし、天馬は追いかけなかった。
一度距離を取る。
「……へえ」
東条が目を細める。
「追ってこねえのか」
「お前、それ待ってただろ」
「気づいたか」
「何度も同じ手に引っかかるかよ」
東条は楽しそうに笑った。
「やっぱりお前、面白えな!」
再び東条が踏み込む。
天馬も前へ出た。
互いの拳が腕や肩を捉える。
東条の右拳が天馬の頬をかすめた。
天馬は顔を背けながらも、左拳を東条の腹へ打ち込む。
「っ……!」
東条の動きが一瞬止まった。
そこへ天馬が右拳を振る。
しかし、東条は腕で受け止めた。
「甘い!」
東条の拳が天馬の顎を捉える。
天馬は後ろへよろめいた。
「天馬!」
夢斗が声を上げる。
海斗も険しい表情をしていた。
「……まずいだろ、あれ」
「東条の方がまだ余裕ある」
椿が答える。
「天馬はもう限界に近い」
桐生は黙って二人を見つめていた。
「桐生先輩!」
夢斗が振り返る。
「本当に止めなくていいんですか!?」
「……秋山が倒れたら止める」
「でも!」
「俺だって心配してんだよ」
桐生は拳を握った。
「ただ、あいつはまだ諦めてねえ」
その頃、天馬は荒い呼吸を繰り返していた。
「はぁ……はぁ……」
東条がゆっくり近づく。
「そろそろ終わりにしようぜ」
「……勝手に決めんな」
「もう足が動いてねえぞ」
天馬は答えなかった。
確かに身体は重い。
拳を握るだけでも痛みが走る。
それでも、東条の顔を見続けた。
「なあ、東条」
「あ?」
「お前、東側をまとめてるって言ったよな」
「ああ」
「だったら、何で無理やり仲間を増やすんだよ」
東条の足が止まった。
「……まだその話か」
「気になってんだよ」
「力がなきゃ、他の連中に潰される。それだけだ」
「だからって、嫌がる奴を殴っていい理由にはなんねえだろ」
「綺麗事だな」
東条が拳を握る。
「お前だって、ここまで拳で解決してきたじゃねえか!」
「……そうだな」
天馬は否定しなかった。
「俺だって喧嘩してる。偉そうなこと言える立場じゃねえよ」
「だったら!」
「でもな」
天馬が一歩前へ出た。
「俺は、仲間になりたくねえ奴を無理やり従わせたりしねえ」
東条の眉が動く。
「……何が言いたい」
「お前のやり方が気に入らねえってことだよ」
東条はしばらく黙っていた。
やがて、拳を構える。
「だったら、その拳で証明してみろ!」
東条が勢いよく踏み込んだ。
右拳が天馬の顔面へ迫る。
天馬は身体を沈めた。
(……右じゃねえ)
東条の左肩が動く。
(次は左!)
天馬は右腕を上げた。
東条の左拳が腕に当たる。
その瞬間、天馬は東条の懐へ踏み込んだ。
「おらぁ!」
右拳が東条の腹へ深く入った。
「ぐっ……!」
東条が息を詰まらせる。
天馬は続けて左拳を振った。
東条の頬を捉える。
「……っ!」
東条が後退した。
「入った!」
海斗が叫ぶ。
夢斗も拳を握る。
「いけ、天馬!」
だが、東条は倒れなかった。
口元を拭い、天馬を睨む。
「……やってくれるじゃねえか」
天馬は息を切らしながら笑った。
「まだ立ってんのかよ」
「そりゃこっちの台詞だ!」
東条が踏み込む。
天馬も逃げなかった。
互いの拳が顔面を捉えた。
天馬の身体が傾く。
東条も足を踏み直す。
「……っ!」
天馬は倒れそうになる身体を支えた。
東条が再び右拳を振る。
天馬は腕で受け止める。
しかし、その衝撃で体勢が崩れた。
「終わりだ、秋山!」
東条の左拳が迫る。
天馬は咄嗟に身体を捻った。
拳が頬をかすめる。
そのまま右足を踏み込み、残った力を拳へ込めた。
「まだ……終わってねえ!」
天馬の右拳が東条の顎を捉えた。
東条の身体が大きく傾いた。
足を踏み直そうとする。
だが、踏ん張りが利かない。
東条はそのまま地面へ倒れた。
「……!」
周囲の男たちが息を呑む。
天馬は拳を下ろした。
「はぁ……はぁ……」
東条は地面に片手をついた。
立ち上がろうとする。
しかし、腕に力が入らなかった。
「……くそ」
東条は仰向けになった。
「……負けた」
天馬はしばらく動かなかった。
やがて、その場に座り込む。
「……疲れた」
夢斗が駆け寄った。
「天馬!」
「おう……」
「お前、勝ったぞ!」
「……見てたから分かるって」
海斗が笑う。
「本当に無茶するよな、お前」
椿も近づいてきた。
「最後の一発、よく当てたね」
「俺もびっくりした」
「自分で言うなよ」
桐生が天馬の肩を軽く叩いた。
「よくやったな」
「……桐生先輩」
「ただし、次からはもう少し考えて喧嘩しろ」
「今日だって考えましたよ」
「考えるのが遅えんだよ」
天馬は苦笑した。
その時、東条がゆっくり身体を起こした。
「……秋山」
天馬が振り返る。
「何だよ」
東条はしばらく天馬を見つめた。
「今日の勝負は、お前の勝ちだ」
「ああ」
「東尾張連合の連中には、もうお前らに手を出させねえ」
天馬は頷いた。
「それと、嫌がってる奴を無理やり引き入れるのもやめろよ」
東条が苦笑する。
「……注文が多いな」
「嫌なら、また喧嘩するか?」
「勘弁してくれ。今日はもう立てねえよ」
天馬も笑った。
「俺もだ」
少し離れた場所で、神谷亮介が椿を見ていた。
相馬恭介も桐生へ視線を向ける。
今日の勝負は終わった。
だが、彼らの間に生まれた因縁まで消えたわけではなかった。
第32話 完




