第31話「拳の先を読む男」
「……今、考えてんだよ」
天馬は拳を構えたまま、東条雅人を睨んでいた。
東条は余裕のある表情を崩さない。
「考えたところで、俺に勝てると思ってんのか?」
「やってみなきゃ分かんねえだろ」
「そうか。だったら来いよ」
天馬はすぐには動かなかった。
東条の右足。
左肩。
そして拳の位置。
先ほどまで何度も攻撃をかわされた理由を考える。
(俺が殴ろうとした時には、もう動いてやがる……)
天馬が右足を前へ出した。
すると、東条の重心がわずかに後ろへ移った。
(……やっぱり)
天馬は踏み込むのをやめた。
東条が眉を上げる。
「どうした?」
「いや、ちょっとな」
天馬は再び右足を動かす。
東条の身体が反応した。
今度は天馬が笑った。
「……なるほどな」
「何がだよ」
「お前、俺の拳を見てから避けてるんじゃねえんだな」
東条の表情が少し変わった。
「へえ。気づいたか」
「俺が踏み込む前から、どっちに来るか読んでんだろ」
「正解」
東条は肩を回した。
「喧嘩ってのは拳だけ見てても駄目なんだよ。足の向き、肩の動き、目線。全部に次の動きが出る」
「……随分詳しいじゃねえか」
「それなりに喧嘩してきたからな」
天馬は拳を握り直した。
「だったら、読ませなきゃいいんだろ?」
東条が笑う。
「できるならな」
天馬が動いた。
右足を踏み出し、顔面を狙うように肩を動かす。
東条は後ろへ下がった。
しかし、天馬は拳を振らない。
そのまま左へ踏み込み直した。
「おっ?」
東条が視線を動かす。
天馬の左拳が腹へ向かった。
だが、東条は肘を下げて防いだ。
「惜しいな」
直後、東条の右拳が天馬の頬を捉えた。
「っ……!」
天馬が後退する。
「読ませないつもりだったんだろ?」
東条は笑った。
「でもな、途中で迷ったら意味ねえんだよ」
天馬は口元を拭った。
「……くそ」
「動きを変えるなら、最後までやり切れ」
「敵に助言してんじゃねえよ」
「教えたところで、すぐにはできねえからな」
東条が踏み込んだ。
今度は向こうから攻めてきた。
右拳。
天馬は腕で受ける。
続く左拳をかわそうとしたが、東条は途中で拳の軌道を変えた。
天馬の腹に衝撃が走る。
「ぐっ……!」
さらに肩を押され、体勢を崩した。
東条の拳が顔面へ迫る。
天馬は咄嗟に頭を下げた。
拳が頭上を通り過ぎる。
「……っ!」
そのまま東条の懐へ踏み込む。
「おらぁ!」
天馬の拳が東条の脇腹を捉えた。
東条の身体がわずかに傾いた。
「……!」
初めて、はっきりと拳が入った。
「よっしゃ!」
離れた場所で夢斗が声を上げる。
海斗も身を乗り出した。
「当たった!」
椿は黙って見つめていた。
桐生が小さく笑う。
「……やっと一発か」
東条は脇腹を押さえた。
「今のは効いたな」
天馬は息を切らしながら答える。
「どうだよ。俺の拳も悪くねえだろ」
「ああ。悪くない」
東条の笑みが消えた。
「でも、もう同じ手は通じねえぞ」
「別の手を考えりゃいいだろ」
「……言うじゃねえか」
東条が再び構えた。
今度は先ほどよりも腰を落としている。
天馬はその変化を見逃さなかった。
(……来る)
東条の右肩がわずかに動いた。
天馬は顔面への攻撃を警戒して腕を上げる。
しかし、東条が狙ったのは腹だった。
「しまっ……!」
拳が深く入った。
天馬の身体が折れる。
続く左拳が頬を捉えた。
天馬は数歩後退し、片膝をついた。
「天馬!」
夢斗が叫ぶ。
東条は拳を下ろさず、天馬を見つめた。
「一発当てたくらいで、勝てると思うなよ」
天馬は地面に手をついた。
呼吸が苦しい。
身体中が痛む。
それでも、東条から目を離さなかった。
(……さっきの右肩)
東条は顔を狙うように肩を動かした。
だが、実際には腹へ拳が来た。
(俺が読もうとしてることまで、分かってやがった……)
天馬はゆっくり立ち上がった。
東条が尋ねる。
「まだやるか?」
「……当たり前だろ」
「何度立っても同じだぞ」
「同じじゃねえよ」
天馬は拳を構え直した。
「さっきより、お前のことが分かってきた」
東条が目を細める。
「……そうかよ」
天馬は深く息を吸った。
今度は、東条の拳だけを追わなかった。
肩の動きも、足の向きも見る。
だが、それだけで判断しない。
(こいつだって、俺を騙そうとしてんだ)
相手の動きを読む。
そして、読まれることも考える。
天馬は右足を半歩前へ出した。
東条がわずかに腰を落とす。
その瞬間、天馬は拳を振らずに距離を詰めた。
「……!」
東条が初めて自分から後退した。
天馬はその動きを見て、口元を緩めた。
「……今、下がったな」
東条は答えなかった。
天馬はさらに一歩踏み込む。
「次は、もっとまともに当ててやるよ」
東条の目つきが鋭くなった。
「だったら見せてみろ、秋山!」
二人は再び拳を構えた。
勝負は、まだ終わらない。
第31話 完




