第30話「東条雅人の実力」
高架下に、冷たい風が吹き抜けた。
秋山天馬と東条雅人。
二人は数歩の距離を空けて向かい合っていた。
「先に来ていいぜ」
東条が笑った。
天馬は眉を寄せる。
「随分余裕だな」
「お前、もう何人も倒してるんだろ? 少しくらい有利にしてやるよ」
「……後悔すんなよ」
天馬が地面を蹴った。
右拳を東条の顔面へ振る。
しかし、東条はわずかに首を傾けただけだった。
拳が頬の横を通り過ぎる。
「遅いな」
東条の拳が天馬の腹に入った。
「っ……!」
息が詰まる。
天馬が反射的に身体を丸めた瞬間、東条の左拳が頬を捉えた。
天馬は横へよろめいた。
「天馬!」
夢斗が叫ぶ。
天馬はすぐに体勢を立て直した。
「……大丈夫だ!」
東条は追撃せず、その場で待っていた。
「どうした? もう終わりか?」
「んなわけねえだろ!」
天馬が再び踏み込む。
今度は顔面を狙うと見せかけ、腹へ拳を放った。
だが、東条は肘を下げて受け止めた。
「考えたな」
「まだだ!」
天馬は左拳を振る。
東条は後ろへ半歩下がった。
さらに右拳。
今度は東条の頬をかすめた。
「おっ」
東条が笑う。
「少しはやるじゃねえか」
「上から目線が気に入らねえんだよ!」
天馬が距離を詰める。
しかし、その踏み込みを待っていたかのように、東条の拳が腹へ突き刺さった。
天馬の足が止まる。
続けて顎を狙う一撃。
天馬は辛うじて腕で防いだが、衝撃で後退した。
「くそ……!」
東条は構えを崩さない。
「お前、喧嘩の仕方が雑だな」
「あ?」
「勢いはある。拳も悪くない。でも、攻めることしか考えてねえ」
「……うるせえ」
「相手が下がったら追いかける。隙が見えたらすぐ殴る」
東条が一歩近づく。
「だから動きが読めるんだよ」
天馬は奥歯を噛みしめた。
少し離れた場所で、椿が二人を見つめていた。
「……強い」
海斗が隣を見る。
「東条が?」
「ああ。天馬の攻撃をほとんど見切ってる」
「じゃあ、どうすんだよ」
「分からない。でも……」
椿は東条の足元に目を向けた。
「ただ反応が速いだけじゃない」
桐生も険しい表情をしていた。
「東条の野郎、秋山が動く前から位置を変えてやがる」
夢斗が拳を握る。
「だったら俺たちも!」
「やめとけ」
桐生が制した。
「秋山が一対一でやるって決めたんだ」
「でも!」
「危なくなったら止める。今は見てろ」
夢斗は悔しそうに唇を噛んだ。
その頃、天馬は三度目の攻撃を仕掛けていた。
「これならどうだ!」
右拳を振る。
東条はかわす。
だが、天馬はそのまま身体を回し、左拳を続けた。
東条の腕に拳が当たる。
「……なるほど」
東条が初めて表情を引き締めた。
天馬はさらに前へ出る。
しかし、東条は横へ回り込み、天馬の肩を押した。
踏み込んだ勢いを利用され、天馬は体勢を崩す。
「しまっ――」
東条の拳が顔面を捉えた。
天馬は地面に倒れた。
「天馬!」
夢斗が駆け出そうとする。
「待て!」
桐生が腕を掴んだ。
天馬は片手を地面につき、ゆっくり顔を上げた。
頬が熱い。
口の中には血の味が広がっていた。
「……痛ってえな」
東条が見下ろす。
「まだ立つのか?」
「当たり前だろ」
天馬は膝を立てた。
「お前、俺が倒れるまでやるつもりなんだろ?」
「ああ」
「だったら……」
天馬は立ち上がった。
「まだ終わってねえよ」
東条は目を細めた。
「本当に面白え奴だな」
「それ、さっきも聞いた」
「何度でも言ってやるよ」
東条が構え直す。
「ただし、次はもっと痛えぞ」
天馬も拳を握った。
だが、先ほどまでとは違い、すぐには踏み込まなかった。
東条の肩。
腰。
足の位置。
一つずつ目を向ける。
(……こいつ、俺が動く前に分かってんのか?)
東条が不思議そうに笑った。
「どうした? 来ねえのか?」
「……今、考えてんだよ」
「へえ」
「どうやったら、お前を殴れるかってな」
東条の笑みが深くなった。
「だったら考えてみろよ」
天馬は息を整えた。
目の前の男は強い。
これまで戦った誰よりも、拳が届かない。
それでも、天馬は視線を逸らさなかった。
第30話 完




