第29話「東側の頭」
「東条雅人……」
天馬は男の名前を繰り返した。
東条は制服の袖をまくりながら笑った。
「ようやく名乗れたな、秋山天馬」
「最初から名乗ればよかっただろ」
「お前がここまで来るとは思ってなかったんだよ」
東条は周囲を見渡した。
倒れている仲間たち。
立ち上がれずにいる神谷亮介。
そして、膝をついたままの相馬恭介。
「神谷も相馬も負けたか」
相馬が顔を上げる。
「……悪い、東条」
「謝るな。お前が負けるなんて久しぶりに見た」
「次は勝つ」
「期待してるよ」
東条は再び天馬へ視線を戻した。
「さて、どうする?」
「何がだよ」
「今からでも俺たちに入るか?」
夢斗が呆れた顔をする。
「まだ言ってんのかよ!」
「当たり前だろ。これだけの連中を倒せる奴らだ。欲しくなるに決まってる」
「だったら諦めろ」
椿が口を開いた。
「俺たちは誰かの下につくために来たんじゃない」
東条は椿を見た。
「お前が竜胆椿か」
「そうだけど」
「神谷を倒したんだってな」
「それが?」
「いや、いい腕してると思ってさ」
東条は楽しそうに笑った。
桐生が一歩前へ出る。
「東条。お前ら、東側で随分好き勝手やってるらしいな」
「好き勝手?」
「他校の連中を脅して仲間に引き入れてるって話だ」
東条は否定しなかった。
「俺たちは東尾張連合だ。東側の学校をまとめてる」
「まとめてるんじゃなくて、従わせてるだけだろ」
海斗の言葉に、東条の後ろにいた男が眉を吊り上げた。
「おい、口の利き方に気をつけろ!」
男が前へ出ようとする。
だが東条が片手を上げた。
「いい。黙ってろ」
男は不満そうに下がった。
「確かに、入りたくないって奴もいるよ」
東条は続けた。
「でもな、学校ごとに好き勝手やってたら、いつまでも喧嘩が終わらねえだろ」
「だから全部お前の下につけって?」
天馬が尋ねた。
「ああ。俺がまとめりゃ、東側じゃ誰も逆らえなくなる」
「……それで?」
「それでって?」
「逆らえなくなった奴らは、楽しいのかよ」
東条の笑みが薄くなった。
天馬は拳を握ったまま続ける。
「お前が強いのは分かった。でも、嫌がってる奴まで無理やり仲間にする必要あんのか?」
「力がなきゃ守れねえものもあるんだよ」
「だったら守ればいいだろ。脅すんじゃなくてさ」
二人の視線がぶつかった。
東条はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……お前、面白いこと言うな」
「別に面白いこと言ったつもりねえけど」
「そういうところだよ」
東条は天馬の傷だらけの顔を見た。
「お前ら五人、もうまともに動けねえだろ」
夢斗が反論する。
「まだまだ余裕だっての!」
「お前、さっき膝に手ついてただろ」
海斗に指摘され、夢斗が顔をしかめた。
「うるせえな!」
桐生も口元の血を拭った。
「秋山。無理すんなよ」
「先輩こそ、かなり殴られてるじゃないですか」
「俺はいいんだよ」
「よくないでしょ」
椿が二人の間に入る。
「東条の後ろには、まだ二人いる」
「ああ、分かってる」
天馬が答えた。
東条は後ろの二人を振り返った。
「お前ら、手を出すな」
「東条さん?」
「こいつとは一対一でやる」
一人が納得できない様子で言った。
「でも、そいつはもう何人も相手にして――」
「だから何だ?」
東条の声が低くなった。
男は言葉を止めた。
「俺が決めた。下がってろ」
二人は高架の柱の方へ移動した。
天馬が首を傾げる。
「いいのか? 二人とも使わなくて」
「五人がかりで潰しても、つまんねえだろ」
「そっちが人数揃えて待ってたくせに」
「それはそうだな」
東条が笑った。
天馬もわずかに笑う。
だが、椿の表情は険しかった。
「天馬」
「何?」
「あいつ、さっきから一度も焦ってない」
天馬は東条を見た。
「……分かってる」
神谷も相馬も倒れた。
それでも東条は、余裕を崩していない。
「俺がやるよ」
天馬が前へ出る。
桐生は止めなかった。
「秋山」
「はい」
「相手の動きをよく見ろ。勢いだけで突っ込むなよ」
「分かりました」
「本当か?」
「……たぶん」
桐生が苦笑する。
「頼むぜ、まったく」
東条は天馬と向かい合った。
「最後にもう一回だけ聞くぞ」
「何だよ」
「俺たちに入る気は?」
「ねえよ」
即答だった。
東条は満足そうに笑った。
「いいねえ」
ゆっくり拳を構える。
「だったら、力ずくで認めさせるしかねえな」
天馬も構えた。
「やってみろよ」
二人の距離が縮まる。
東尾張連合をまとめる男と、秋山天馬。
高架下での最後の勝負が始まろうとしていた。
第29話 完




