第3話「広がる噂」
翌日の昼休み。
天馬が弁当を広げていると、後ろから肩を軽く叩かれた。
「なあ、秋山」
振り返ると、同じクラスの大地夢斗が立っていた。
「昨日の東公園、お前だろ?」
「……なんで知ってんだよ」
「朝からその話ばっかりだぞ」
夢斗は自分の椅子を引き、天馬の前に座った。
「黒田たちとやり合ったって」
「別に。向こうが勝手に絡んできただけだ」
「五人相手だったって聞いたけど」
「五人じゃねぇよ。途中から竜胆が来た」
「竜胆?」
「別のクラスの奴」
夢斗は少し意外そうな顔をした。
「竜胆もいたのか」
「知ってんの?」
「名前くらいはな。あんまり話したことないけど」
天馬は弁当を食べながら頷いた。
「まあ、助かったよ」
「お前、昨日もそうだったけどさ」
「何だよ」
「喧嘩になったら、意外と躊躇しないよな」
天馬の箸が止まった。
「……そうか?」
「そうだろ」
夢斗は笑った。
「普段はそんな感じしないのに」
「喧嘩なんて好きじゃねぇよ」
「へえ」
「本当だって」
「じゃあ、なんで喧嘩に巻き込まれてんだよ」
「知らねぇよ」
二人の会話を近くで聞いていた男子たちが笑う。
「秋山、昨日黒田倒したってマジ?」
「だから倒してねぇって」
「じゃあ逃げたの?」
「向こうが勝手に帰った」
「それを勝ったって言うんじゃね?」
「知らねぇよ」
教室に笑い声が広がる。
天馬は面倒そうに頭を掻いた。
昨日までほとんど話題にならなかった自分が、たった一晩で注目されている。
落ち着かない。
だが、夢斗だけは妙に自然だった。
変に持ち上げるわけでもない。
怖がるわけでもない。
ただ、昨日の出来事を面白がっている。
「秋山」
「ん?」
「今日、放課後暇?」
「何で?」
「飯食いに行こうぜ」
「二人で?」
「嫌か?」
「別に」
「じゃあ決まりな」
夢斗が弁当を閉じた。
その頃、別の教室でも同じ話題が出ていた。
「竜胆、お前昨日いたんだろ?」
椿が顔を上げる。
「何が?」
「東公園」
「……いたけど」
「秋山と一緒だったって聞いた」
「途中からな」
「喧嘩した?」
「少し」
「秋山って強かった?」
椿は少し考えた。
昨日の光景が頭に浮かぶ。
「強いと思う」
「へえ」
「ただ、まだ分からない」
「何が?」
「本人も、自分がどれくらいできるのか分かってないんじゃないか」
「何それ」
「俺にも分からない」
椿はそれ以上話さなかった。
放課後。
昇降口で靴を履き替えた天馬を、夢斗が待っていた。
「行くぞ」
「どこ?」
「駅の近く。安くてうまい店がある」
「お前、そこまで食にこだわってたっけ?」
「昨日から腹減ってんだよ」
「昨日からって何だよ」
二人で校門へ向かう。
その途中だった。
校門の脇に、一人の男子が立っている。
夢斗の足が止まった。
「……佐久間」
「知り合い?」
「同じ学年」
男子――佐久間海斗は、こちらを見るとゆっくり近づいてきた。
「大地」
「何だよ」
「こいつが秋山?」
夢斗が天馬を見る。
「そうだけど」
海斗は天馬をじっと見た。
「昨日、黒田とやった奴だろ」
「またその話かよ」
「気になっただけだ」
「何が?」
「どんな奴なのか」
海斗は天馬の目を見る。
数秒の沈黙。
「……思ってたより普通だな」
「悪かったな」
夢斗が吹き出した。
「何だそれ」
海斗も少し笑う。
「別に喧嘩売ってるわけじゃねぇよ」
「じゃあ何しに来たんだよ」
「顔を見に来ただけだ」
海斗はそう言って、二人の横を通り過ぎる。
数歩進んだところで振り返った。
「秋山」
「ん?」
「また会うと思う」
「そうかよ」
海斗はそれ以上何も言わず、その場を離れていった。
夢斗がその背中を見る。
「……変な奴だろ?」
「まあな」
「でも、悪い奴じゃない」
「ふーん」
天馬は興味なさそうに歩き出した。
「飯、行くんだろ?」
「おう」
二人は校門を出た。
その少し離れた場所。
椿もまた、校舎から一人で出てきていた。
スマホをポケットにしまったところで、前から一人の男子が歩いてくる。
「竜胆椿」
突然、名前を呼ばれた。
椿が足を止める。
「……誰?」
男は立ち止まり、椿を見た。
「ちょっと話がある」
椿の表情が変わった。
「俺に?」
「ああ」
男は周囲を確認する。
「昨日、秋山と一緒にいたよな」
椿は黙った。
「だったら話は早い」
男が一歩近づく。
「秋山について、聞きたいことがある」
椿は相手の目を見返した。
「……本人に聞けば?」
男は答えなかった。
校門の向こうでは、天馬と夢斗の姿が小さくなっていく。
椿はその背中を一度だけ見た。
そして、目の前の男へ視線を戻した。
「場所、変えようか」
男が頷く。
二人は校門から離れていった。
第3話 完




