第25話「竜胆椿」
「おらぁ!」
男の拳が椿の顔面へ迫る。
椿は上体を反らしてかわした。
すぐに二発目。
今度は腕で受ける。
「っ……!」
衝撃が腕に響いた。
「どうした! さっきから避けてばっかじゃねえか!」
男が笑う。
椿は口元の血を拭った。
「……お前、名前は?」
「あ?」
「名前だよ」
「今さら聞くのか?」
男は拳を構え直した。
「神谷亮介だ」
「神谷ね」
「覚えとけよ!」
神谷が踏み込む。
右の拳。
椿は左へ動く。
しかし神谷はすぐに身体を回した。
「読んでんだよ!」
左拳が椿の頬を捉える。
「ぐっ!」
椿がよろめいた。
神谷は止まらない。
「もう一発!」
腹へ拳。
「っ……!」
椿が後退する。
「どうした、竜胆!」
神谷が笑った。
「秋山の仲間って聞いたから期待してたのによ!」
椿は頬を押さえた。
「……別に、あいつの仲間だから強いわけじゃないだろ」
「だったら見せてみろよ!」
神谷が再び突っ込む。
椿は構えた。
右。
左。
右。
三発の拳をかわす。
神谷の足が前へ出た。
椿はその動きを見逃さなかった。
「……またか」
「何がだ!」
神谷が拳を振る。
椿は横へずれ、腹へ拳を返した。
「ぐっ!」
続けて顔面を狙う。
しかし神谷も反応した。
腕で受け止める。
「甘い!」
神谷の拳が椿の肩を捉えた。
「っ!」
椿は後ろへ下がった。
簡単には倒せない。
それでも、少しずつ分かってきた。
神谷は強い拳を打つ直前、必ず右足へ体重を乗せる。
そして左拳を出す時だけ、肩がわずかに上がる。
椿は静かに息を吐いた。
「……なるほど」
神谷が眉を寄せる。
「何がなるほどだよ」
「いや、ちょっと分かっただけ」
「ふざけんな!」
神谷が走り出す。
右足に体重が乗る。
椿は動いた。
拳が届くより早く、神谷の右側へ回り込む。
「なっ!?」
脇腹へ拳。
「ぐっ!」
神谷が振り返る。
左肩が上がった。
椿は身体を沈める。
頭上を拳が通り過ぎた。
「また避け――」
「今度はこっち」
椿の拳が神谷の顎を捉えた。
「がっ!」
神谷が数歩下がる。
初めて、その表情から余裕が消えた。
「……てめえ」
椿も拳を構え直す。
「お前、強いよ」
「だったら!」
「でも、同じ動きが多い」
神谷が歯を食いしばった。
「調子に乗るなよ!」
勢いよく踏み込む。
だが今度は右拳ではなかった。
低い姿勢から、椿の腹を狙う。
「!」
椿の反応が遅れた。
ドゴッ!
「ぐっ……!」
拳が腹へ突き刺さる。
神谷が笑った。
「同じ動きばっかだと思ったか!」
さらに椿の胸元を掴む。
「これで終わりだ!」
顔面へ拳が迫る。
椿は咄嗟に神谷の手首を掴んだ。
「っ……!」
拳が頬のすぐ横で止まる。
神谷が力を込める。
「離せ!」
「……嫌だね」
椿は神谷の腕を外側へ押し、身体を捻った。
二人の距離が離れる。
椿は腹を押さえながら息を整えた。
神谷も肩で息をしている。
「……やるじゃねえか」
椿が小さく笑う。
「そっちこそ」
少し離れた場所では、天馬も二人の男と戦い続けていた。
「椿!」
天馬の声が響く。
椿は一瞬だけ振り返った。
「こっちは大丈夫!」
「分かった!」
天馬はすぐに自分の相手へ向き直る。
神谷が拳を握った。
「随分余裕だな」
「余裕なんかないよ」
椿はゆっくり構える。
「だから、ちゃんと集中する」
神谷も腰を落とした。
二人の視線がぶつかる。
次の一撃を先に当てるのは、どちらか。
神谷が右足を踏み出した。
椿も同時に動く。
拳と拳が、再び交差した。
第25話 完




