第2話
言霊を試してみたくなった俺は、明日も体験入部に行くことにした。
翌日。
俺はまた部室のドアをノックした。
コンコンコン。
「失礼します」
ドアを開けると、今日も部屋の奥に大悟先輩がいた。
「あ!紡君!」
昨日よりも弾んだ声だ。本にしおりを挟むことも忘れて、こちらに小走りでやってきた。
「今日も来てくれたんだね!」
「は、はい…」
ここまで嬉しそうな反応をされると、こちらとしてもむず痒くなってしまう。
「今日はどうする?」
「昨日先輩が見せてくれたみたいに、俺も言霊を使ってみたいです」
「お!いいね!ならシンプルなのから始めてみよう。じゃあ廊下に行こうか。この部屋より広いからね」
俺と先輩は廊下に出た。
「今日はシンプルな『電光石火』をやってみよう。見ててね」
先輩の目つきが変わる。
「……電光石火」
その瞬間、先輩は陸上選手ですら出せない速度で駆け出した。そうかと思えば、その速度を維持したまま、こちらへ戻ってきた。一瞬遅れて、強い風圧が俺の顔を叩く。
「ま、こんな感じかな。電光石火ってのは、雷のように一瞬で動くことを意味するんだ。もっと上手な人は、俺よりもずっと速いんだけどね」
「先輩も速かったのに……」
先輩の動きを思い返す。あの動きを遥かに超える速度なんて想像もつかない。
「これならシンプルだし、初めてでも効果を実感しやすいんじゃないかな」
「どうやるんですか?」
「まずは、言葉の意味を理解してあげる。次に、その言葉の表す情景を頭の中で描くんだ。最後に、そのイメージを持ったまま思いを込めて、言葉を唱える」
電光…雷のように速く……
「やってみます。…………電光石火」
心なしか、体が軽くなったように感じた。
「どう?何か変わったかな?」
「なんだか…動きやすい気がします……」
「お!じゃあ早速走ってみよう!あ、先生に見つかったら怒られるかもしれないから、見つからないようにね……」
俺は一歩目を踏み出す。今までより明らかに走るのが楽だ。そのまま流れるように二歩、三歩と足が動く。
「いい感じだよ!じゃあ、こっちに戻ってきて〜!」
先輩の声が聞こえたので、俺は戻ろうとした。しかし、戻る途中に体の軽さがふっと消え、勢いそのままにすっ転んでしまった。
「大丈夫かい!?ケガは無い?」
「すみません…大丈夫です…」
「なにも謝ることじゃないよ。ただ、途中で効果が切れちゃったんだね」
「効果が切れた……?」
「実はね、言霊の力を使うときは、集中力も大切なんだ。集中力が高いほど効果が強く長くなる。反対に、集中できていなかったら、効果が弱かったり、短くなったり、そもそも発動できないこともあるんだ」
「そうだったんですね……」
「まぁ、何はともあれ、言霊の力を出すことには成功したね!初めてなのにすごいよ!」
先輩はにこやかに笑う。
「一旦部室に戻ろっか」
俺たちは部室に戻った。
「言霊について整理してみようか」
先輩がチョークを手に取り、黒板に四つの項目をまとめていく。よく見ると、黒板には様々な言葉が書いては消された跡がある。
「大事なのは、『言葉を理解する』、『情景を頭の中で描く』、『描いたイメージを持ったまま唱える』、そして『集中する』の四つだね」
「なるほど…」
先輩が嬉しそうに笑った。
「紡君みたいに言霊にここまで興味持ってくれる子なんて珍しいよ。せっかくならうちに来ないかい?…なんてね」
すぐに決めてしまっていいのだろうか。しかし、この興味は今のうちでないと消えてしまうかもしれない。
「……はい」
途端に先輩が目を見開く。
「いいのかい!?他の部活にはまだ全然行ってないよね?ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です。先輩のおかげで言霊競技をやってみたいと思えたんで」
「紡君…君ってやつはほんとに……」
先輩の声が少し震えている。
「わかった。なら明日、ここに入部届を持っておいで。さ、体験入部はもう帰る時間だよ」
荷物を持って俺は部室を出る。
「さようなら」
そう言ってドアを閉める直前、わずかな隙間から、笑顔のまま目元を拭う先輩の姿が見えた。




