表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

14話 祈りの力

 夜勤だったヴァルブルガはその日は昼前まで寝ていた。塩漬けの肉の脂身で味をつけたお粥という遅い朝食を終えたあと、ヴァルブルガは仕事を始めた。


 しかし、今日はいつもと雰囲気が違った。消毒液の匂いが漂う重苦しい空間のはずなのに、なぜか明るい空気が漂っていた。


 「ねぇねぇ、リリエンタール看護少尉。聞いた? ロズベルグ閣下が奇跡的に回復されたそうよ」


 同僚の看護婦が少し興奮したように話しかけてくる。なんでも朝、目が覚めたアルベルトが視力が戻っていることに気づいたらしい。医者は奇跡だ、医学の法則にまったく反していると驚いたそうだ。


 ヴァルブルガは「それは良かったわね」と平静を装って喜びを口にしたが、頭は混乱していた。


 (どういうこと!? ユウカはアルベルトを好きじゃないのに祈りの力が覚醒した?)


 もしかしたら恋愛としての愛情の自覚ではなく、親愛として自覚しても祈りの力が覚醒したのだろうか。しかし、祈りの力を発動させるためには、手を握るなどして相手に触れていなければならない。


 小説では、アルベルトが負傷したことにより「私はこの人が大切なんだ」と気づいたユウカがアルベルトとキスをすることで発動していた。


 しかし、アルベルトの病室にはユウカは出入りできないようになっている。遠隔発動ができるようになったのだろうか。ヴァルブルガは悶々としながら、業務を進めた。


 「今日は良い天気ですよ。よろしければ窓際に寄って日光浴をしてください」


 点滴や包帯を替えたり、脈や熱を測ったりしながら、ヴァルブルガは朗らかな笑みを浮かべて患者たちのベッドを回った。まだ意識が戻っていない患者に話しかけたり、手を握ったりしながら患者たちのベッドを回った。


 仕切りのカーテンを閉めて次の患者の元へ行こうとした時だった。


 「待ってくれ…看護婦さん」


 弱々しい声がヴァルブルガを引き止めた。ヴァルブルガは息を呑んだ。その人は戦闘機に乗っていたが砲撃で機体が燃え、パラシュートでかろうじて脱出したものの全身に重度の火傷を負ってしまったパイロットだった。


 皮膚は全部が塊になって、あちこち剥けて薄い膜となっているほどひどい状況だった。


 「痛みが引いたんだ。もうどこも痛くない。俺は…良くなっているのか?」


 「良かった、痛み止めが効いたんですよ。大丈夫です。きっと良くなります」


 中毒になってしまうからモルヒネなどは多用できなかった。この患者は痛み止めを投与しても完全に痛みが取れることはなく、いつも「痛い」と訴えていた。痛み止めを新たに投与したわけでもないのに、急に効き出すことなどあるのだろうか。


 医学の法則だとか、小難しいことは考えずに、目の前の人の痛みがなくなったことを今は喜ぶべきだった。


 しかし、これははじまりに過ぎなかった。ヴァルブルガが担当した患者たちが次々と奇跡的な回復を遂げて、医者や看護婦たちは驚いていた。最初の一人、二人の時は、ヴァルブルガも偶然だろうと思っていたが、十人を超えはじめたあたりで、さすがのヴァルブルガも偶然とは思えなくなってきた。


 (ど…どういうこと!?)


 ヴァルブルガは「戦場の天使」というやや恥ずかしい異名が轟きはじめた。手紙を代筆してくれる聖女ユウカと、献身的な看護をしてくれる天使ヴァルブルガとして、双璧をなすようになってしまった。


 (どうして私がユウカと同列に語られているの? ユウカの功績を邪魔するつもりはなかったのに!)


 ヴァルブルガは前線にいたことがある珍しい看護婦だ。その時のエピソードが、助けられた負傷者たちにより大袈裟に吹聴されて、天使という呼び名にまでなってしまった。血まみれだろうと優しく手を握ってくれると。


 (もしかしてユウカじゃなくて、私が祈りの力を発動させたの…?)


 建国神話の予言の内容は「黒髪の乙女が現れて国の危機を救う」というものだ。ユウカは異世界から現れたが、この「現れた」を拡大して解釈した場合、外国から亡命してきたヴァルブルガもまた「現れた」ということになるのではないか。


 ヴァルブルガは三つ編みにして頭に巻き付けて制帽の中に隠してしまった黒髪を思い出す。一応、聖女の条件である黒髪を満たしていることになる。


 (そもそも私もユウカもフリードリヒ帝国から見ると外国人よね)


 どうして建国神話の中に、国の未曾有の危機に国の中から救世主が現れるのではなく、外からやって来るとしたのだろう。神話はこの国のものなのだから、外からやってきた人たちは信じる神が違うはずだ。


 もしかしたら、ユウカが特別なのではなくこの国──帝室にまつわる血筋、ロズベルグ家の人間を愛したものが聖女になるのではないか。ユウカは最初から聖女だったわけではなく、アルベルトを愛したことにより聖女になったのではないだろうか。


 (特別だったのは、アルベルトの方だった…?)


 小説の中にはユウカが聖女になる前はヴァルブルガが聖女だったという裏設定があるのかもしれない。ヴァルブルガが死んだことにより聖女の祈りの力がユウカに譲渡された。ユウカがこの世界に来る前にヴァルブルガは死んでいるので、無理矢理だが辻褄は合う。


 今なら、どうして小説の中のヴァルブルガが自殺してしまったのかわかる気がする。ヴァルブルガも小説の中で書かれてはいなかったが同じ人生を歩んだのだとしたら。


 きっとヴァルブルガは父を自分のせいで密告し、間接的に殺してしまったという罪悪感に耐えられなかったのだ。その証拠に、小説の中でヴァルブルガが死んでしまったのは父の命日だから。


 ヴァルブルガの人生を自分の人生として生き抜かなければ気付かなかったことだ。


 「リリエンタール看護少尉、院長がお呼びよ」


 婦長である看護少佐が伝えにきてくれて、ヴァルブルガは他の同僚たちに業務を引き継ぐと院長室に向かった。院長は窓を背に険しい顔で椅子に座って腕を組んでいた。


 「リリエンタール看護少尉、君はルチア語を喋れるそうだね。前線では通訳をしていたとか。君には捕虜の治療に当たってもらいたい」


 ヴァルブルガはその言葉を聞いた時に、顔にはカッと血が上ったが体は急に冷えて震え出した。捕虜の通訳として尋問補助をしたことはあるが、治療をしたことはなかった。


 前線にいた時、硝煙の中負傷者を引きずって塹壕へ連れて行こうとしていた時だった。二人の負傷者がいて、ヴァルブルガは交互に運びながら塹壕へ向かっていた。二人とも脚の付け根付近を撃たれていて、早く治療しなければ出血多量で死んでしまうことは容易に想像がついた。

 

 硝煙が晴れてくると、負傷者の顔が見えるようになった。一人は戦車兵だが、よく見るともう一人は敵の軍服をきていた。ヴァルブルガはパニックに陥った。今、仲間が戦っていて一刻も早く味方を救出しなければいけないのに、自分は敵を助けようとしていたことが信じられなかった。


 ヴァルブルガは味方の兵士をそのまま塹壕へ引っ張った。しかし、頭の中を占めるのはその場に置いてきた敵兵の存在だった。あの人も早く助けなければ死んでしまうことがわかっていた。


 あれは敵だ。今も助けを待っている仲間がいるのに。仲間が死んでいくというのに。でも、あの敵兵だって故郷に家族がいるはずだ。誰かの夫で、父親で、息子であるはずなのに。


 ヴァルブルガはパニックのまま敵兵の元へ戻って、最初と同じく交互に引きずりながら塹壕へ戻った。自分の行動が信じられなかった。


 「多くの戦友が敵に殺されています。愛した人も敵に怪我をさせられました。敵の体を切ることはできても、治療なんて…」


 ヴァルブルガは震えながら、手をぎゅっと握った。アルベルトの痛々しい包帯姿が頭に残っていた。無残に殺された死体や黒焦げになった死体を思い出す。


 「わかってくれ。これは命令だ」


 そう言われて仕舞えばヴァルブルガは従うしかなかった。ヴァルブルガが治療に当たるのはルチア連邦人の将校だった。情報を引き出すために、まずは治療しなければならなかった。


 「やめろ、治療するな。捕虜になって生き残ったなんて知られたら俺はお終いだ。我が国には敵に投降した将校なんていないんだ」


 そう言って彼は口では治療を拒んだが、一人では身動きができない状況なので大人しく治療を受けるしかなかった。ヴァルブルガの流暢なルチア語が引っかかったのか、彼はこう尋ねた。


 「あんた、顔がフリードリヒ帝国人ぽくないな。言葉だってまるで訛りがない」


 古く、ルチア連邦になる前の帝国時代では貴族階級は外交言語であるフランソワーズ語を話した。母もフランソワーズ語が堪能で、ヴァルブルガに教えてくれた。革命後はそういったものは廃れ学校でルチア語の統一教育を受けていた。

 

 「お前、革命で逃げ出した人民の敵か」


 人民の敵という言葉にヴァルブルガはびくりと肩を震わせた。


 「この、裏切り者! ルチア人としての誇りを捨てたか。恥ずかしくないのか」


 捕虜は急に口汚くヴァルブルガを罵倒した。先に裏切ったのは祖国の方なのに。父を奪ったのは祖国の方なのに。


 「くたばれ! ファシストのクソ野郎! お前もファシストの×××に媚びたクソアマが」


 ヴァルブルガは罵倒に体が震えた。恐怖と怒りが混じって頭がぐちゃぐちゃになった。


 「私の妻を侮辱するな」


 その時、部屋にアルベルトが入ってきた。体の包帯はまだ少し残っていたが、目に巻かれていた包帯はもうとれていて、真っ直ぐヴァルブルガを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ