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魔法協会の目的

 そこは、外観の古びた会計事務所の面影を微塵も残していなかった。部屋の広さはカントリーハウスの図書館にも匹敵し、壁には緻密な星図と、世界のことわりを秘めた幾何学模様が、古びたフレスコ画のように描かれている。 中央の大きなテーブルには、真鍮製の奇妙な天球儀や、彼女が古書でしか見たことのない、鳥の羽根を思わせる軽やかな天秤が置かれていた。石炭の匂いも、蒸気機関の唸りも、この空間には届かない。まるで時間が、合理の喧噪から遠く隔たった、独自の律動で流れているようだった。


 テーブルの奥で待っていたのは、協会の会長ルーサー・スペルマンと、大仰なドレスをまとったバイオレット・ムーンだった。 ルーサーは快活な笑顔で席を勧め、まるで積年の友を迎えるように言った。


「やあ、スカーレット。よく来たね」


 バイオレットはティーカップを優雅に傾けながら、ふわりと笑う。


「あなたが来たってことは、わたしの負けね。ヘンリーお爺様の鉄の戒めは、十代の好奇心の前にはあまりにも脆かったのね」


 スカーレットは、祖父の厳しい顔と、自分が抱える重すぎる秘密を、まるで遊びの種のように扱われたことに一瞬ムッとしたが、すぐに言葉を返した。


「……賭けの事、ペネロペさんに聞きました」


 ルーサーは、そんなスカーレットの緊張を和ませるように、本題に入った。彼の声は明朗だが、その響きには、この世界の深淵を覗き込んでいる者の持つ、得体の知れない重みがあった。


「さて、まずはこの協会の事を説明しよう。正式には『英国魔法協会アシュフォード支部』というんだ。イギリス全土に支部を持つ、結構大きい組織でね。ここに登録されている会員は、ざっと数百人はいる。みんな、君と同じように魔法使いだよ」


 数百人――スカーレットは息を飲んだ。 彼女の知る世界は、たかだかアシュフォードという小さな町で完結していた。蒸気機関と金融の話題、羊毛の価格、そして祖父の厳格な「正しさ」が支配する、四角い箱のような世界。


(全国にそんなに魔法使いが居るんだ。なぜ社会がそのことに気がつかないんだろう)


 彼女の心の中で湧き上がった疑問を、ルーサーは見透かしたように頷いた。


「皆、会員であることを隠しているんだよ。目立つと排斥されるからね。君の祖父、ヘンリー・アシュフォード貴族院議員が君に厳しく言い含めた通り、この時代は合理的であること、科学的であることが全てだ。我々が外の世界で知られることは、火刑に等しい。ただ火で焼かれるのではない。非合理という烙印を押され、社会という冷たい合理性の壁から永久に締め出される」


 彼はテーブルに並んだ古道具をそっと撫でた。


「そして、協会の目的は、野良魔法使いのあと始末さ。合理の世界に残る不合理の痕跡を消して回っている。それは、君の起こしたような、制御不能な魔法の発現であったり、あるいは、町外れで囁かれる幽霊騒動であったり……。合理の盾を持つ世界から、わずかに滲み出る不合理の血を拭い去る。結構大変な仕事だよ」


 そこで、バイオレットがすっと立ち上がり、ティーカップの熱を確かめるように、微笑んだ。


「あと、真に不可思議な現象に、合理的な説明を考えてあげることかな」


 その言葉には、どこか冷めた皮肉が込められていた。


「例えば、君の起こした『真っ赤な閃光と衝撃波』を、『ボイラーの軽微な故障による爆発的な蒸気漏れ』と説明してあげる。本当は魔法の仕業でも、私たち魔法使いが、嘘の合理で世界を塗り固めてあげるの。そうしなければ、この世界は私たちを排除してしまうから」


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