魔法制御訓練
スカーレットは、自分の秘密が、この町の合理性を守るための、大きな偽りの物語の一部に組み込まれようとしていることを悟った。その物語は、祖父ヘンリーが築いた厳格なアシュフォード家の名誉を守る、鉄のように冷たく、重い秘密の盾でもあった。 そして彼女は、今、その秘密の番人たちの中に座っている。
「さて、これから君には、魔法を制御する修行をしてもらう。」
ルーサーは、まるで畑の雑草を抜く話でもするかのように、事もなげに言った。
「修行といっても大したことはない。君の力を暴走させないように、常に心を穏やかに保つ訓練をするだけだよ。」
魔法の力を持つことすら、つい最近知ったばかりのスカーレットには、その言葉はあまりに遠い響きを持っていた。胸の奥が、恐れと戸惑いとでざわめく。昨日までの日常が、音もなく崩れ去ってゆくようで、不安に駆られるばかりだった。
そんな彼女の様子を察したのだろう。バイオレットが、そっと身を乗り出した。
「手っ取り早いところで、呼吸法を教えてあげるわ。」
彼女の声は、朝靄のように静かで、聞く者の胸を安らげる力があった。
「ねえ、魔力ってね、この世に満ちている“気”とか、生き物たちが内にもつ“生命力”に、とても近い概念なのよ。だから、まず、その根っこを整えてあげる。」
バイオレットは、手のひらを胸元にそっと当てた。
「呼吸を整える。意識して、深く、ゆっくりと呼吸をしてごらんなさい。吸う息が、身体の隅々まで澄んだ水のように満ちてゆき、吐く息が、心の中に淀んだものを取り去るように。そう、自分の気持ちが静かに落ち着くようになれば、上手くいっている証拠よ。」
スカーレットは、バイオレットの静かな瞳に見つめられながら、倣うように深い呼吸をゆっくりと繰り返した。
肺腑の奥まで空気を満たし、時間をかけて、細く吐き出す。ただそれだけの動作なのに、胸のざわめきが、まるで水面に広がったさざ波のように、静かに、静かに鎮まってゆくのを感じた。
「少し、落ち着く気がします……。」
不安で強張っていた頬の筋肉が、わずかに緩む。
ルーサーが、満足そうに頷いた。
「それでいいんだよ。力の暴走というのは、感情の波がそのまま表に吹き出すようなものだ。君の胸に、嵐が来そうだと思ったら、いつでもこの呼吸法を思い出すといい。君の心こそが、魔法の真の手綱なのだから。」
バイオレットは、スカーレットの落ち着きを取り戻した横顔を見て、優しく微笑んだ。その微笑みは、草木が芽吹く春の日の光のようだった。
「さあ、落ち着いたところで、もう少し力の話をしましょうか。ルーサーが言ったように、あなたの心が手綱なのだけれど、その手綱につながっている『馬』――魔力という名の力は、あなたの身体と、この世界が織りなす生命の網目の中にいるのよ。」
彼女は、傍らの植木鉢に生えていた小さな野草をそっと摘み上げ、その葉脈をスカーレットの前に差し出した。
「見てごらんなさい、この葉の筋を。私たちは、息をするたびに、ただ空気を取り入れているだけではないの。この世界を巡っている、目には見えないけれど、確かに存在する『流れ』を吸い込んでいる。それが、私たち自身の血や肉、そして『気』となる。魔力は、その『気』が、ある種の『かたち』をとって、外の世界と響き合う時に生まれるものなのよ。」
バイオレットの指先が、葉脈の上を辿る。その様子は、まるで、世界の秘密の地図を読み解いているかのようだった。
「あなたが深く、ゆっくりと呼吸をした時、何が起こったか。あなたは、その『流れ』を無理やり掻き乱すのではなく、身体の中の淀みをそっと押し流して、流れの速さを、世界全体の脈動と同じくらいに、静かに合わせたの。そう、それは、小さな池の水が、大河の水と合流して、その大河の一部となるようなこと。」




