知りたくなかった魔法協会の秘密
スカーレットは、息を飲んだ。ただの呼吸が、世界との合流。その言葉は、彼女の内に秘めた力を、恐ろしい暴走するものとしてではなく、世界の一部として捉え直す視点を与えてくれた。
「魔力は、外の大きな力と、あなた自身の小さな命の力が、触れ合う場所で生まれる。だからこそ、あなたの心――あなたの『流れ』が乱れ、速すぎたり、澱んでしまったりすると、外の力とうまく結びつけず、ただ暴れまわるものになってしまうの。呼吸は、あなたと世界を繋ぐ、最も古く、最も確かで、そして最も静かな『結び目』を整える術なのよ。」
バイオレットは、摘んだ野草を、そっと鉢の上に返した。
「焦らなくていい。急いで力を引き出そうとする必要もない。まずは、この世界の呼吸と、あなたの呼吸を、ひとつに重ねることから。それが、真に強い魔法使いになるための、最初の一歩だから。」
スカーレットの魔法修行はまだ始まったばかりだった。
静謐な奥の部屋で、ルーサーは、まるで古の神話の始まりを告げるように、厳かな空気をまとわせながら話し出した。
「スカーレット嬢に、我が魔法協会の秘密を教えよう」
その言葉は、古めかしい羊皮紙のように重く、この部屋に満ちる真鍮や星図の持つ、非合理な権威を帯びていた。しかし、スカーレットにとってそれは、自分を縛りつける鎖の音に他ならなかった。
「私はそんな秘密を聞きたくありません」
スカーレットは即座に拒絶した。彼女が求めていたのは、秘密の共有ではない。祖父の怒りを鎮め、自分自身を取り戻す道筋だけだ。彼女の心には、ヘンリーの「正しい世界」の冷たい鉄則が、まだ深く打ち込まれたままだった。
ルーサーは、その反抗を静かに受け流した。その明朗な顔から一瞬、会長としての冷徹な厳しさが滲み出る。
「君にはその権利はない」
その一言が、スカーレットの僅かな抵抗を、音もなく打ち砕いた。
「君は、既にこの世界の『矛盾の修正』に関わってしまった。そして、制御不能な魔法の力を持つ限り、この協会の管理下にある。これは契約だ。そして、君の一族にとって、これは義務なのだよ」
ルーサーは、言葉の端々に、拒否権のない古の掟の重さを滲ませながら、ゆっくりと続けた。彼の視線は、スカーレットの背後、つまり彼女が背負うアシュフォード家の影を見据えているかのようだった。
「では聞きたまえ。君の祖父、ヘンリー・アシュフォードは魔法使いだ」
その言葉は、教会のステンドグラスを割るほどの、凄まじい衝撃となってスカーレットの耳朶を打った。世界は、一瞬にして音を失い、色彩を失った。
(魔法使い……?)
自分の耳を疑ったのではない。自分の脳が、理解を拒否したのだ。
あの祖父が。 朝から晩まで、新聞や議会の報告書を読み込み、数字や論理、そして合理的であることに、鬼気迫るほどに拘泥していたヘンリーが。 非合理なものはすべて、時代の塵芥として切り捨て、魔法をはじめとするすべてのオカルトを、愚かな迷信として嘲笑していた、あの合理主義の守護者が。
彼の厳格な顔、冷たい視線、そして彼の吐くすべての言葉は、アシュフォード家という堅固な要塞を守るための、鋼鉄の門そのものだった。その門の向こうに、自分と同じ「異端の火」が燃えているなど、どうして信じられようか。
スカーレットの呼吸が浅くなるのを、ルーサーは待っていたかのように、追撃の言葉を放つ。
「そして、彼は、我がアシュフォード魔法協会の名誉会長であり、惜しみなく資金援助をしてくれているパトロンでもある」




