凱旋展示会
1900年、冬。ロンドンの霧を貫き、水晶宮の巨大なガラス屋根が朝日に輝いていた 。かつて万国博覧会の舞台となったその聖地を借り切り、1000マイル・トライアル完走記念の展示会が幕を開けた。
会場の入り口付近、最も光り輝く場所に鎮座するのは、泥と油にまみれた死闘を乗り越えた「キャンベル号」だ。そのフロントグリルには、過酷な旅路を走破した完走車にしか許されない栄光のメダルが掲げられ、ボディの側面には記念のバッジが誇らしげに刻まれている 。
この日ばかりは、マイケル・キャンベルとジャック・キャンベルも油の染みた作業着を脱ぎ捨て、見事な正装に身を包んで愛車の傍らに立っていた。その隣には、夜会服で美しくドレスアップしたスカーレットの姿がある 。彼女の凛とした佇まいは、技術の結晶であるキャンベル号に華やかな彩りを添えていた。
会場には、アシュフォード・ワークスの重鎮ヘンリー・アシュフォードや、このプロジェクトの陰の立役者であるマイク・バートンなど、見知った顔が揃っていた 。だがそれ以上に目立つのは、ノートを構えたマスコミ関係者と、獲物を狙うような鋭い視線を送る競合他社の技術者たちだった 。
「キャンベルさん! 完走できた最大の要因は何ですか!」 「噂に聞く、新設計のエンジン冷却システムについて詳しく教えていただきたい!」
記者たちの怒号のような質問がジャックとマイケルに浴びせられる。かつては魔法(奇跡)に頼らざるを得なかった熱対策も、今やジャックの手によってメルセデス式を改良した「キャンベル式高効率ラジエーター」と「強制循環ウォーターポンプ」という確かな科学へと昇華されていた 。
「完走の要因は、アシュフォードの鉄の剛健さと、我々の技術が融合した結果です 。そしてこの冷却システム……これは魔法ではありません。機械自身の力で呼吸し、自らを冷やす、人の知恵の産物なのです」
ジャックが落ち着いた声で答える中、一人の記者がいたずらっぽくスカーレットに視線を向けた。 「では、ジャック氏。隣にいらっしゃるスカーレット嬢との関係は? 彼女もまた、このエンジンの『女神』なのでしょうか?」
不意の質問に、ジャックは一瞬言葉を詰まらせ、隣のスカーレットを見た。スカーレットは風に髪を遊ばせていたあの時のように、静かに、そして確信に満ちた微笑みを浮かべていた 。
「彼女がいなければ、このエンジンが産声を上げることはありませんでした 。彼女は……僕にとって、この道を進むために欠かせない光です」
その言葉は、フラッシュの光の中に溶け込んでいった。競合他社の技術者たちは、公開されたウォーターポンプの構造に驚愕し、最新技術への興味を隠せずにいた 。
魔法と科学の境界を越え、今や法的な後ろ盾と確かな実績を得た「銀色の心臓」 。ロンドンの交通史が塗り替えられたその瞬間を、水晶宮のガラス越しに差し込む陽光が、祝福するように照らし出していた 。




