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大成功の試運転

 マイクはジャックの肩を叩き、現実的なアドバイスを続けた。 「道は二つだ。一つは、ダイムラーの特許に抵触しないよう、吸気システムを根本から再設計すること。キャンベルの連中なら、電気的な制御を組み込んで『機械式』とは別の回避策を見つけられるかもしれない。……もう一つは、正攻法でいくことだ。ダイムラーから正式な特許の使用許諾を得る。幸い、イギリス国内にはダイムラーの権利を扱う代理人がいる。俺が口を利いてやってもいい」


 スカーレットがジャックの隣に立ち、真剣な眼差しで設計図を見つめた。 「……再設計は時間がかかりすぎるわ。でも、マイク。正式なライセンスを得るには莫大な資金が必要でしょう?」


「その通りだ。だがスカーレット、考えてもみろ」 マイクはガレージに集まった面々を見渡した。 「アシュフォードの信頼、キャンベルの知恵、そしてジャックの熱意。これだけのメンツが揃って造った『最強の英国製エンジン』だ。ダイムラーの連中だって、自分たちの特許がこの怪物を支えているとなれば、悪い気はしないはずだ。むしろ、彼らをパートナーにして『公式な英国産心臓』として売り出す方が、商売としては一等賞だぜ」


 ジャックは深く息を吐き、銀色に輝くシリンダーを見つめた。 「……マイクの言う通りだ。せっかくの最高傑作を、法廷で殺したくはない。我々の技術が本物だと証明するためにも、ダイムラーに認めさせてやろうじゃないか」


「決まりだな」とマイクは満足げに頷いた。 「さあ、お前ら! 法律の壁を越える準備をしろ。ジャック、俺は今すぐ書類を整える。スカーレット、お前はダイムラーを納得させるだけの、精緻な性能試験データを用意してくれ。アシュフォードのオヤジさんたちは、その鉄の塊を世界一美しく磨き上げておいてくれよ!」


 マイクの現実的で野心的な助言が、エンジニアたちの情熱に「商売のプロ」としての確信を注ぎ込んだ。ただの夢想家ではなく、一実業家として立ち上がるジャック。


 マイク・バートンの機転とスカーレットの緻密な交渉により、ついにダイムラー社との特許ライセンス契約が締結された。英国の鉄と知恵が詰まった「銀色の心臓」は、いまや法的な後ろ盾を得て、正真正銘の自由を手に入れたのだ。


 ロンドン郊外、高い塀に囲まれた広大なプライベート・テストコース。まだ夜明けの霧が芝生を白く包む中、一台のプロトタイプが姿を現した。


 外観はパンハード・ルヴァッソールをベースにしながらも、アシュフォードの職人たちが叩き出した堅牢な補強が施され、どこか軍艦のような力強さを湛えている。


「準備はいいかい、スカーレット」


 運転席のジャックが、ゴーグルを装着しながら隣を向いた。助手席のスカーレットは、膝の上にストップウォッチと記録用のノートを広げ、自信に満ちた笑みを浮かべている。


「ええ、いつでも。アシュフォードの鉄がどれほど叫ぶのか、キャンベルの火花がどれほど鮮やかなのか、世界に見せてあげましょう」


 ジャックがクランク棒を力強く回すと、直列4気筒エンジンは一発の爆音と共に目覚めた。以前の単気筒のような不規則な振動ではない。4つのシリンダーが奏でる、重厚で滑らかな金属のアンサンブルだ。


「……行くぞ!」


 ジャックがレバーを操作し、クラッチを繋ぐ。 背中をシートに押し付けられるような加速。これまでの電気自動車や馬車鉄道では決して味わえなかった、内燃機関特有の力強いトルクが、アシュフォード製の駆動軸を通じて後輪へ伝わる。


 霧を切り裂き、車体は速度を上げていった。 時速15マイル、20マイル……かつての赤旗法が禁じた壁を、彼らは軽々と、そして優雅に突破していく。


「見て、ジャック! 針が25マイルを指しているわ! それにこの安定感……石畳を想定した荒れ地でも、シャシーが少しも悲鳴を上げていない!」 スカーレットが風に声を乗せて叫んだ。


 キャンベルの技師たちが改良した点火系は、高回転域でも一切の失火を許さない。そしてアシュフォードの熟練工たちが焼き入れをしたクランクシャフトは、猛烈な爆発の力を受け止めながら、シルクのように滑らかに回転を続けている。


 コーナーに差し掛かると、ジャックは巧みなハンドル捌きで車体を操った。 「素晴らしい……フランスの設計を、僕たちの技術が完全に昇華させたんだ! スカーレット、これが僕たちの造った、新しい英国の足だ!」


 テストコースの直線に入ると、ジャックはさらにスロットルを開いた。エンジンの咆哮が一段と高まり、二人の視界から景色が飛ぶように後ろへ流れていく。


「ジャック、最高よ! まるで特急列車に乗っているみたい!」 スカーレットの瞳には、昇り始めた太陽の光と、技術の勝利への歓喜が輝いていた。


 コースの端で見守っていたマイク・バートン、アシュフォードの重鎮ヘンリー、そしてキャンベルの若き技術者アーサーたちが、帽子を振りながら快走する二人に向かって歓声を上げている。


 霧が晴れたテストコースを、銀色の怪物は風を従えて駆け抜ける。 それは単なる走行テストではなかった。馬車から自動車へ、そして輸入品から国産へ。ロンドンの交通史が、いまジャックとスカーレットの手によって、力強く塗り替えられた瞬間だった。


「さあ、ロンドンの街が僕たちを待っている!」


 ジャックの言葉と共に、英国製エンジンの咆哮が、新しい世紀の到来を告げるファンファーレのように朝の空気に響き渡った。


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