国産エンジン開発
ガレージの熱気は、もはや冬のロンドンの冷気を完全に追い出していた。
ジャックのガレージには、本来ならば交わるはずのなかった二つの集団が集結していた。一方は、アシュフォード・ワークスから来た、巨大な蒸気機関車を素手で手懐けるような無骨な職人たち。もう一方は、解散の憂き目に遭いながらも、最先端の電気制御と精密工作を学んできた「キャンベル電気自動車工場」の若き技師たちだ。
「いいか、これはただの機械じゃない。英国のプライドを取り戻す心臓だ!」
ジャックの声が、旋盤の唸る音を突き抜けた。彼の前には、フランスのパンハードを凌駕するために設計された、直列4気筒エンジンのシリンダーブロックが鎮座している。
キャンベルから来た若き技師、アーサーが鋭い声を上げた。 「ジャック、この点火系の設計を見直させてくれ。キャンベルで培った絶縁技術を使えば、電気接点の火花はもっと確実に、もっと強くできる。大陸製の頼りないプラグじゃ、この高圧縮には耐えられない!」
「やってくれ、アーサー! 電気の扱いはお前たちが一番だ!」
一方で、エンジンの「骨組み」を担うのはアシュフォードの重鎮たちだった。ヘンリー卿が差し向けてくれた技師たちが、巨大なカリパスでクランクシャフトを測定しながら唸る。 「おい、キャンベルの若造! お前たちの電気の理論は素晴らしいが、このシャフトの材料は『粘り』が足りねえ。アシュフォードの炉で焼き入れ直したクロム鋼を使え。機関車の車軸と同じ、100トンを支える鉄だ。こいつなら、ガソリンの爆発ごときじゃビクともしねえぞ」
スカーレットは、その両者の間を飛び回り、図面に次々と修正を書き加えていった。 「ベン、その鋼材を使うなら重量が変わるわ。アーサー、あなたの点火タイミングを0.5秒早めて! アシュフォードの『剛健さ』と、キャンベルの『緻密さ』……今、この二つが一つになるわ!」
ジャックは自ら旋盤に向かい、ピストンを削り出していた。 「蒸気はパワーを、電気は制御を。そして、それらを繋ぐのがこのガソリンという爆発だ!」
職人たちの罵声にも似た熱い議論が飛び交い、火花が散る。アシュフォードの職人が巨大なハンマーで鉄を叩き、キャンベルの技師が繊細なピンセットで配線を整える。一見正反対の彼らが、ジャックという男の情熱と、スカーレットの冷静な差配によって、一つの生命体を造り上げていく。
「ジャック、準備ができたわ」 スカーレットが、オイルで汚れた手で最後の一本のボルトを締め終えた。
ガレージの中が、一瞬の静寂に包まれる。アシュフォードの男たちも、キャンベルの技師たちも、皆が固唾を呑んでその「銀色の心臓」を見つめていた。
ジャックがクランク棒を握りしめる。 「さあ、目覚めてくれ。英国の新しい時代の夜明けだ!」
渾身の力を込めて、ジャックがクランクを回した。一度、二度。 三度目。
ガレージを揺るがすような轟音と共に、4つのシリンダーが力強く脈動を始めた。アシュフォードの鉄が耐え、キャンベルの火花が爆ぜる。
「回った……回ったぞ!」 誰からともなく歓声が上がった。ベンとアーサーが、油まみれの顔で力強く握手を交わす。その中心で、ジャックとスカーレットは、ロンドンの石畳を切り裂くであろう「最強の心臓」の鼓動を、誇らしげに聞き続けていた。
完成が目前に迫ったガレージ。狂熱的な作業が続く中、一人の男が静かに、しかし鋭い視線をその「心臓」に注いでいた。
いつから作業を見ていたのか、それはマイク・バートン氏だった。彼は手に持ったステッキで、組み上がったばかりのエンジンの側面、キャブレター(気化器)の周辺をコンコンと叩いた。
「見事な出来だ、ジャック。アシュフォードの鉄とキャンベルの火花……。だが、一つだけ厄介な『爆弾』が埋まっているよ」
歓喜に沸いていた職人たちの動きが止まった。ジャックが眉をひそめてマイクに歩み寄る。
「爆弾だと? マイクさん、何のことだ。計算も加工も完璧なはずだ」
マイクはニヤリと笑い、エンジンの設計図の一角を指差した。 「ああ、機械としては完璧だ。だが、法律としてはどうかな。この噴霧式キャブレターと吸気バルブの連動構造……これじゃあダイムラーの特許に真正面からぶつかっている。ドイツの連中はこの権利をガチガチに守っているんだ。このまま世に出せば、ロンドンの街を走る前に弁護士軍団に差し押さえられることになるぞ」
ガレージに冷たい沈黙が流れた。アシュフォードの職人たちが「特許だと? 法律が機械を動かすのか」と不満げに唸る。ジャックはこの壁をどう越えようかと思案し始めた。




