一族にまつわる歴史の重み
夕映えに染まった古びた煉瓦の校舎。その裏手に立つ大きなプラタナスの木は、剥がれかけた白い樹皮を夕闇に晒し、まるで古の守護者のように静まり返っていた。
ジャックは、幹に背を預けるスカーレットの、どこか浮世離れした横顔を盗み見た。彼女が「魔法」を使えることを、彼はすでに知っている。先日の騒動で見せた、人の荒ぶる気を吸い取り、静寂へと変えてしまうあの業は、間違いなく人知を超えたものだった。
「スカリー……ずっと聞きたかったんだけど、あの、人々の心を静める魔法は、いつ身につけたの?」
ジャックの問いに、スカーレットはふっと目を伏せた。 (――彼には、私が術を使えることは話してある。けれど、ヘンリーお爺さままでが『こちら側』の人間だとは、まだ話すわけにはいかないわ) 彼女は喉元まで出かかった言葉を飲み込み、注意深く記憶の断片を繋ぎ合わせた。
「魔法の使い方ね……。それは、鉄道車両工場での日々が大きかったと思うわ。あそこでは労働者たちが、それこそ獣のように猛ることも珍しくなかったの。そういう時、お爺さまが彼らを上手く御していくのを、私はずっとそばで見ていたから。それで、なんとなくやり方が分かったのよ」
「ヘンリーお爺さまが?」
「ええ。親会社の労働組合から派遣されてくる幹部たちは、本当に手強くて、言葉一つで人の心を火のように燃え上がらせる。だから、少し前にあったキャンベル社の工場での騒ぎも、私にとっては怖かったけれど、どこか見慣れた風景でもあったの」
スカーレットはそこまで言うと、少し表情を和らげてジャックを見つめた。
「でもね、ジャック。私が術を使って場を鎮めた後に、あなたが彼らに向き合ったでしょう? なぜ会社が電気自動車の製造に舵を切ったのか……これからの時代に、彼らの働きがどう必要なのかを。あの時、あなたが誠実な言葉で彼らを説得したからこそ、皆は納得して帰っていったのよ。魔法で気を静めることはできても、人の進む道を指し示すのは、私にはできない。私は、あの時のあなたを心から尊敬しているの」
ジャックは思いがけない言葉に顔を赤らめ、照れくさそうに首の後ろを掻いた。
「スカリーはすごいよ。僕と同じ年なのに、そんな風に社会の厳しい裏側を見て、魔法なんて力まで持っている。それなのに、僕のしたことまでそんな風に言ってくれるなんて」
スカーレットは微かに微笑み、再び大きなプラタナスの木を見上げた。
「……お爺さまがすごいのよ。伊達にアシュフォード家を率いてきたわけではないのね。私は、その背中を追いかけているだけ」
風が吹き抜け、プラタナスの葉がカサカサと乾いた音を立てる。ジャックは、彼女の纏う空気の中に、言葉では説明できない重みを感じていた。それは、一族が長きにわたって背負ってきた、鉄と、火と、そして人々の情念にまつわる歴史の重みだったのかもしれない。




