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ジャックが魔法の種明かしをした

 ジャックは、その問いに、熱意を帯びた、透明な眼差しを向けた。 それは、技術者が世界の秩序を解き明かす瞬間の、純粋な喜びの光だった。


「簡単に言うと、鉛電極の表面積を広げると蓄電池の性能が上がるだろうということが想像されるんだ。あの微細な文様は、魔法の記号ではなく、ただの幾何学的な工夫だ。細かな文様を彫り込むことで、ただの平らな鉛板よりも遥かに表面積は広がっている訳だよ」


「例えるなら、ただの板切れに水路を掘り込み、毛細管のように水を吸い上げやすくするのと同じ理屈だよ。今度、もっと緻密な、格子状の鉛電極をこしらえて試してみようと思っている」


 スカーレットは、彼の合理的で、計測可能な説明を聞き終えた時、深い息を吐き出した。 それは、長く張り詰めていた心が、静かに弛緩していく音だった。


「雷魔法の効果とかじゃなかったのね」と、彼女は返す。 その声には、期待が外れた寂しさではなく、むしろ安堵の色が濃く滲んでいた。


 ジャックは、スカーレットの心の底にある(彼女自身も気づかない)恐怖を察することなく、ただ技術への信頼を込めて微笑んだ。


「スカリー、君の想像も素晴らしいけれど、技術的に文様を読み解くと、それは魔法ではなく、この世界の厳格な、そして同時に美しいことわり――すなわち『表面積の増加』の効果って分かったんだ。これで、我々は、安定した原理に基づいて、この技術をどこまでも発展させられる」


 スカーレットの胸に満ちたのは、この世界のすべてが、人知を超えた奇跡や、いつ爆発するかわからない未知の魔力にではなく、ことわりと工夫という、信頼できる土台の上に築かれているという、揺るぎない確信だった。 彼女は、自らの内に潜むかもしれない「魔女」の影を忘れ、その安心感に深く身を委ねた。


 ***


 ジャックが夜を徹してこしらえた、格子状の構造を持つ鉛電極――それは、微細な水路を縦横に巡らせ、ただの平滑な板には想像もつかないほどの接触面積を持たせた、技術の結晶だった。


 彼がそれを装備した鉛バッテリーを試運転させた時、結果は、すべての疑惑を一掃し、彼の理論の正しさを静かに、しかし絶対的に証明した。 その性能は、スカーレットが魔女として雷の力を与えていた「秘密の文様」を施した旧式のバッテリーの性能を、遥かに凌駕していたのである。


 それはまるで、古の神々が振るう「不合理の盾」を、人の知恵と工夫が生み出した「合理の矛」が、図らずも守り抜いた瞬間であった。 スカーレット自身の内に潜む、制御不能な力の秘密は、ジャックの精密な物理理論という、冷たくも確かな鎧の下に、完全に隠されてしまったのだ。


 彼女は気づかぬうちに自分を不安にさせていた神聖な力を、ジャックの明快な論理と技術が、ただの「表面積の最大化」という、誰にでも納得できる事実へとすり替えてくれたことに、深く安堵している。


 高性能化が実証された翌日、アシュフォード家の長ヘンリーは、興奮冷めやらぬマイケル・キャンベルを前に、毅然とした表情で告げた。


「マイケル。この格子状電極は、世界を変える。この原理を、直ちに特許として押さえ込むべきだ。特許は、技術の堅牢な領土となる。他家の追随を許さぬために、申請を強く勧める」


 ヘンリーの言葉は、アシュフォード家が数多の富を築き上げてきた、商いのことわりに基づいていた。 技術を公開し、権利を独占する。 それが、競争という名の荒波を乗り切るための絶対的な錨であると信じていたのだ。


 だが、マイケルは、隣で静かに頷くジャックと目を合わせた後、首を横に振った。


「ヘンリー卿、我々は特許申請を見送ります。確かに、特許は領土になるでしょう。しかし、それは同時に、敵にその領土の地図を渡すことにもなる」


 マイケルの声は穏やかだが、その瞳にはキャンベル家が長年培ってきた、職人気質の技術者の意地が宿っていた。


「この高性能化のノウハウ――この微細な水路を、いかに精密に、いかに安価にこしらえるかという手の内を、文字として公にすることは、競争優位を自ら放棄することに等しい。技術とは、紙に書かれた原理ではなく、触れることのできる、手の内の感覚だ。我々の優位は、他家には決して真似できない、その緻密な製造の技にこそあると、私は信じています」


 ジャックもまた、静かに頷きながら、ヘンリーに背を向けた。 彼にとって、理論の正しさが証明されたことこそが、最大の報酬であった。


 そして、彼が築いた「合理」の結界は、図らずも、スカーレットが抱える、世界の裏側に潜む「不合理」への怯えを、これからも静かに守り続けることになるのだろう。


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