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合理の中に組み込まれていく不合理

 マイケルとヘンリー卿が、事業の未来について話し込む中、ジャックはスカーレットの傍へと歩み寄った。 彼の表情は、試作車の成功による喜びと、新たな課題に直面した探求心で満たされていた。


「スカリー」


 ジャックは、スカーレットを真っ直ぐに見つめた。


「君の言う『魔法陣』。それを、うちの工場の熟練の職人たちに教えてはくれないか」


 スカーレットは目を見開いた。


「納品されてくるバッテリーの電極は、すべてあの特別製のものに交換する必要がある。そのためには、あの紋様を、ある程度の量産ができるようにしなければならないんだ」


 彼の言葉は、理性の世界に生きるジャックが、目の前の「不合理」の成果を認め、それを自らの技術に取り込もうとしている証であった。 それは、科学と伝承が、手を結ばざるを得なくなった瞬間でもあった。


「いいでしょう。でも、生半可な腕では駄目よ。髪の毛よりも細く、正確な溝を刻める職人を連れてきてちょうだい」


 スカーレットは静かに、けれど有無を言わせぬ響きを含んで言った。 その言葉に、ジャックは怯むどころか、待っていたとばかりに口の端を少しだけ持ち上げた。 それは自信というよりは、解くべき謎の答えをすでに掌中に収めている者の顔だった。


「幸いなことに、キャンベル家は代々、毛織物の商いで生計を立ててきた。その縁で、綿織物の親方衆とも古くから懇意にしているんだ」


 ジャックは、さも当然のことのように語りだす。


「彼らの抱える手彫り職人の腕は確かだ。複雑な更紗さらさの文様を彫り抜くその指先で、鋼鉄のミル――種型に、スカリーの描いた魔法陣を刻み込ませる」


 彼は空中に指で図を描くように、その工程を説明した。


「そうして出来上がった鋼の型を、鉛の電極に強く押し当てて転写するんだ。これならば、きみの魔法を損なうことなく、量産の仕組みに乗せることができる」


 スカーレットは、熱を帯びて語る若き技術者の横顔をじっと見つめた。 魔法という、本来ならば理屈の通らぬ「不合理の盾」。 それをこの男は、あろうことか近代の製造工程という巨大な「合理」の歯車の一つとして、いささかの違和感もなく組み込もうとしている。


(あるいは、彼ならば本当に――)


 その強引なまでの適応力に、スカーレットは微かな戦慄と、それによく似た奇妙な頼もしさを同時に感じていた。


 ***


 手彫り職人が到着したのは、約束からちょうど十日が過ぎた昼下がりのことだった。 工房の扉を叩いたのは、すすと鉄の匂いを衣類に染み込ませた、ジョンとパトリックという二人の男たちである。


「キャンベルの旦那に呼ばれてやってきた、ジョンとパトリックだ」


 先頭に立ったジョンとおぼしき男が、ごつごつとした節くれだったてのひらを軽く掲げて言った。


「お嬢さんが描く文様とやらを、正確にミルへ刻み込むように頼まれている。……さて、その文様とやらを見せておくれではないかい」


 その言葉の端々に混じる、粘り気のある独特の響きに、スカーレットはわずかに目を見張った。 それは彼女が聞き慣れた言葉とは違う、荒涼とした風が吹くイングランド北部の訛りだったからだ。 マンチェスターの職人たちがまとう空気は、どこか油と蒸気の気配を帯びている。


 スカーレットは驚きを表情には出さず、作業台の上に広げてあった羊皮紙を彼らの前へと滑らせた。


「文様はこちらに用意してあります。転写しなければならない鉛板の大きさは、このサイズです」


 彼らの視線が、羊皮紙の上に走る複雑な線へと注がれるのを見計らい、スカーレットは静かだが、きっぱりとした口調で告げた。


「この文様はただの飾りではありません。いにしえまじないが込められたものです。ですから、寸分の狂いもなく正確に刻んでいただきたいのです」


 二人の職人が顔を上げた。 スカーレットは彼らの目を真っ直ぐに見据え、言葉を重ねた。


「線の一部を勝手に省いたり、あるいは途切れていたり、あまつさえ余計な線が一本でも交じれば、すべてが水泡に帰します。……いえ、それどころかわざわいを招くことにもなりかねません」


 張り詰めた沈黙が流れた。 ジョンはパトリックと顔を見合わせ、それから再び手元の図面へと視線を落とした。 その目が、先ほどまでの愛想の良いものから、獲物を狙う狩人のような鋭い光を帯びたものへと変わる。


 彼は懐から取り出した眼鏡をかけ、太い指先で羊皮紙の上の線を、愛おしむように慎重になぞった。 やがて、彼はふっと息を吐き出し、口元に微かな笑みを浮かべた。


「お嬢さん、心配には及びませんよ」


 ジョンは顔を上げ、自信に満ちた声で言った。


「複雑だと聞かされていたが、我々にとっちゃあ、これくらいの文様ならいつもの仕事サーだ。この線がどれほど大事なもんかは知らねえが、俺たちののみが道を間違えることはねえよ」


 隣にいたパトリックも、ニカっと白い歯を見せて頷いた。


「問題ないよ、お嬢さん。マンチェスターの技、とくと見せてやらあ」


 その言葉には、鉄と炎と共に生きてきた者だけが持つ、揺るぎない矜持が宿っていた。


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