自動車業界の将来
アシュフォードA発電所の構内、油と鉄の匂いが微かに漂う車庫の奥に、その電気自動車は静かに息を潜めていた。
スカーレットに案内され、キャンベル家の技術者トーマスは、まるで未知の獣の腹を探る狩人のような眼差しで、その機械の内部を覗き込んでいた。 傍らには、ジャックと父マイケルが、固唾を呑んで見守っている。
「……なるほど。自分たちで作り始めてから見ると、発見があるものですね」
トーマス技師が、感嘆とも溜息ともつかぬ声を漏らした。 彼の手には、細かな数字が走り書きされたメモ帳と、定規が握りしめられている。 彼の指先が、駆動部の歯車を愛おしげに撫でた。
「ギアが……この電気自動車ではヘリカルギアを使っているのか。歯すじが斜めに切られている。これならば、我々が使っている平歯車よりも、接触線が長く、力の伝達ではこちらの方が遥かに有利なはずだ」
トーマスは、アシュフォード家の技術の粋を盗み取ろうと、一心不乱に寸法を測り、鉛筆を走らせる。 その背中には、技術者としての焦りと、新たな知見を得た喜びが入り混じっていた。
ジャックもまた、その複雑な機構を瞳に焼き付けようと必死だった。 合理の塊であるこの機械の中に、自分たちがまだ掴めていない「何か」があるはずだと信じて。
スカーレットはトーマス技師でも決して見つけられない不合理の技については公開する勇気がなかった。 自らが中世の魔女の系譜に繋がる者だとはジャックに打ち明けられなかった。
その時、車庫の入り口から、陽気な風が吹き込むように、快活な声が響き渡った。
「やあやあ、皆さんお揃いで! キャンベルさんが新型の電気自動車を開発中だと風の噂に聞きましてね、居ても立っても居られず様子を見に来ましたよ」
現れたのは、自動車評論家のマイク・バートン氏――またの名を、アシュフォード魔法協会会長ルーサー・スペルマンであった。 彼は、満面の笑みをたたえ、マイケル・キャンベルに歩み寄った。 その足取りは軽く、彼が背負う「不合理な秘密」の重さを微塵も感じさせない。
「マイクさん……」
マイケルが顔を上げると、マイクは大きく頷き、未来を予言する預言者のように語り始めた。
「良いニュースがありますよ。あの悪名高き『赤旗法』も、いよいよ廃止の方向が見えてきました。蒸気自動車の前に赤い旗を持った先導者を歩かせ、速度を制限するなどという時代錯誤な法律が消えれば、これからは我がイギリスも、真の意味で自動車の時代がやってきます」
彼は、工場の外に広がる道路、そこを行き交う馬車の方角を指差した。
「ロンドンをご覧なさい。馬車が落としていく馬の糞の処理は、今や都市の大問題となっています。衛生面でも、都市機能の面でも、限界が来ているのです。だからこそ、自動車への転換、それもクリーンな電気自動車の普及は、加速度的に進むというのが私の見方です」
マイク・バートンの言葉は、熱を帯びていた。 「自動車業界の未来は明るい」――その言葉は、技術的な壁にぶつかり、暗礁に乗り上げかけていたキャンベル家の人々の心に、雲間から差す一条の光のように響いた。
スカーレットは、その光景を少し離れた場所から見つめながら、合理の世界が大きく音を立てて動き出そうとしているのを、肌で感じていた。




