世紀末のオカルトブーム
オーウェン・クロムウェルの幽霊屋敷――そう呼ばれるその古びた石造りの邸宅は、最近、時代の薄い膜のように危うい流行の先端をゆく場所となっていた。もとは名門貴族の館であったが、不吉な噂が絶えず、世紀末の気配が濃くなるにつれ、その陰鬱な雰囲気がかえって「神秘」の香りを呼び込んだらしい。
そう、スカーレットが魔法の目覚めを迎えたあの屋敷だ。
その屋敷が週末の夜ともなれば、屋敷には馬車が列をなし、降霊会の会場として賑わうのだ。フリルとレースをふんだんに使った優雅なドレスに身を包んだ貴族階級のご婦人方から、新興の産業資本家の奥方まで、白くあいたデコルテに真珠を光らせた女性たちがひそやかな期待を携えて集まってくる。 彼女たちは、薄暗い部屋でろうそくの火を囲み、この世ならぬ者との交信に、儚い夢と、ささやかな刺激を見出していた。
アシュフォード家でも、その波は避けようがなかった。
スカーレットの母、キャサリンは流行の最先端を行くのが好きで、姉のマーガレットは物語の裏側に潜む「真実」というものに心惹かれる質だった。二人は連れ立ってこのオカルト的集会に参加し、先ごろ亡くなった高名な女性作家の霊と、その作品について語り合う時間を楽しみにしていた。
「この間はね、シャーロット・ブロンテの霊と、彼女が書いた『ジェーン・エア』について話し合ったのよ」
降霊会から帰ったばかりのマーガレットは、まだ神秘的な熱気にうかされたように頬を染め、茶卓を挟んで座るスカーレットに興奮気味に話しかけた。
「物語の裏には、こんなエピソードがあったのねって、びっくりしたわ。ブロンテ夫人がどれほどあの主人公に魂を込めていたか、生の声で聞けたような心地がしたの!」
彼女の瞳はきらきらと輝いている。それは、幼い頃に読み聞かせてもらった古い童話に耳を傾けている時の、純粋な好奇心に満ちた輝きと同じだった。
末娘のスカーレットは、暖炉の火を見つめながら、手に持った刺繍の針を静かに動かしていた。
「スカリー、あなたも一度、参加してみる?」
姉のマーガレットがそっと声を掛ける。スカーレットは顔を上げず、淡々とした声で答えた。
「あの幽霊屋敷にはいい思い出が無いから、いかないわ」
それは建前だった。スカーレットにとって、あの屋敷は魔法の目覚めと結びついた苦い場所だった。だが、本当の理由は別にある。
スカーレットは知っている。
アシュフォード魔法協会のバイオレット・ムーンとペネロペ・シャドウが、降霊会で亡くなった女流作家を「演じて」いることを。バイオレットが口にしたブロンテのエピソードは、彼女がどこかのゴシップ誌から仕入れた、あるいは単に創作した代物に過ぎない。薄闇に紛れて小遣い稼ぎをする彼らの話を、スカーレットは偶然、知ってしまったのだ。
だから、スカーレットはちっとも興味をそそられなかった。真実の物語は、すでに本の中に書き込まれており、亡霊のふりをした三流女優の口を借りる必要など、どこにもないのだ。
屋敷の主、ヘンリー・アシュフォードは、妻キャサリンと娘たちのこの行動を苦々しく思ってはいた。合理主義者であるヘンリーにとって、降霊会など「夜会で着飾るのと同じ、単なる流行もの」であり、精神的な堕落に他ならなかった。しかし、世紀末の奔流を前にして、妻や娘たちのささやかな楽しみまで取り上げて、家庭に重苦しい空気を持ち込むことは避けたかった。
ヘンリーが行動に出たのは、ただ一度だけ。
「オーウェン・クロムウェルにはやりすぎるなとくぎを刺しておいたぞ」
ヘンリーは降霊会を取り仕切る屋敷の所有者であるオーウェンを呼び出し、曖昧な言葉ながらも警告を発した。それ以上は踏み込まない。この時代を覆う薄気味悪い霧のような流行が、いつか自然に消散するのを待つほかないと、彼は観念していたのだ。
だが、スカーレットだけは知っている。降霊会の「霊」が偽物であっても、姉たちの胸の内に沸き起こる感情――物語への渇望、見えないものへの憧れ、そして、時代の閉塞感から逃れたいという、あの切実な熱だけは、本物であることを。
スカーレットは刺繍の糸を切り、そっとため息をついた。 幽霊屋敷の暗闇で交わされた秘密は、バイオレットとペネロペの、そして姉たちの、胸の内に深く隠されている。だが、ヘンリーとスカーレットが知っているこの小さな嘘こそが、アシュフォード家の中で、最も静かで、最も痛ましい秘密なのかもしれない。
***
煉瓦造りの校舎の裏手、古いプラタナスの木の下。そこはいつも、二人が世界の秘密を囁き合う場所だった。黄昏時が迫り、薄れゆく光が、親友ジャック・キャンベルの頬に影を落としていた。
ジャックは、その整った顔に、かすかな戸惑いの色を浮かべながら、ぽつりと口を開いた。
「スカリーが、あの降霊会に参加しないのは意外だな。君はああいう類の話が好きだったのに」
スカーレットは、彼のまっすぐな視線から逃れるように、ふと遠い空を見上げた。その瞳の奥には、今や誰にも見えない、秘密の炎の残像が宿っている。
「会場があの屋敷でしょ。あそこには、もういい思い出が無いから」
彼女の声は、かつての、目を輝かせて幽霊の正体を暴こうとしていた少女のものではない。どこか冷たい鉄のような、重い響きを含んでいた。
ジャックはすぐに合点がいったように頷いた。
「ああ、あの晩のことだね」
「そうよ。もう、あの時みたいに悲鳴を上げて、誰かの手を煩わせたくないの。あの時はあなたにも、ずいぶん迷惑をかけたわね」
スカーレットの心には、恐怖に駆られて魔法の力を発現させてしまった、あの夜の生々しい記憶が、今も鋭い棘のように残っている。それは、紅茶を飲みながら楽しむサロンの余興などとは決して異なる、本物の「不合理」の力だった。
「迷惑なんてことはないさ。ただ、クロムウェル先生が突然登場したのは驚いたけどね」
ジャックはそう言って、懐かしむように微笑んだ。だが、その微笑みの下で、彼はかすかな寂しさを感じていた。
「でも、スカリー、あれ以来、あんまり会ってくれなくなったよね」
スカーレットは持っていた手袋をきゅっと握りしめ、その感触で心の揺らぎを鎮めた。
「忙しくなったのよ、ジャック。ヘンリーお爺様の『仕事』を手伝うようになったから。鉄道車両工場のこととか、色々とね」
「合理の盾」を守るための秘密の活動――彼女は、その重さを、ただ「忙しさ」という言葉の裏に隠した。それは、彼女の孤独が深まったことの、ひとつの証でもあった。
ジャックは、彼女が背負い始めた、彼には測り知れない大人の世界のことを考えた。そして、話題を変えるように、肩をすくめた。
「降霊会には、僕の母さんのローラや、ドロシーまで参加しているんだ。まったく、変なものが流行ったよな」
蒸気機関の唸りとともに合理が世界を支配し始めたこの時代に、人々は皆、何かしらの「不合理」なものに、一時の慰めを求めているのかもしれない。スカーレットはそう思った。だが、自分の身に起きた真実を知っている彼女にとって、それはあまりに軽薄で、あまりに遠い、別世界の話のように聞こえたのだった。
煉瓦造りの校舎の裏手に差す、冬の斜陽は、もうほとんど力を失っていた。静寂が深まる中、スカーレットは、何か閃いたように身を乗り出した。
「そうだ、思い出した。ジャック、電気自動車って、興味ある?」




