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新しい時代

 ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズの講演会から始まった、石炭の時代への不穏な予感は、今やアシュフォードの町を、湿った冬の空気のような沈鬱な雰囲気の中に包み込み始めていた。


 親友のジャック・キャンベルが目を輝かせ、将来の夢として語っていた石炭の高度利用――その合理的な探求は、資源が完全に枯渇するのを待つことなく、より大きな波、すなわち燃料転換という革命によって、あっという間にどこかに押し流されてしまった。


 ジャックの一族が営むキャンベル家の織物工場にも、古い合理と新しい合理との選択の時期が、確実に近づいていた。長年、工場を動かしてきた蒸気機関を置き換えて、まだまだ高価な電力に頼るか。


 父マイケル・キャンベルは、この世の変化に経営判断を誤るまいと、情報収集に余念がなかった。彼は、この国の合理の頂点に座る人物の一人、貴族院議員であるヘンリー・アシュフォードのタウンハウスを足繁く訪ね、ロンドンの奥で交わされる秘密めいた言葉や、議会の論調を必死に探っていた。


 一方、その息子ジャック・キャンベルは、すでに新しい合理の世界を満喫していた。 彼は、父の経営の苦悩とは無縁であるかのように、ドイツから輸入された最新のガソリンエンジン自動車を駆っていた。蒸気機関のような「待ち時間」のないその機械の速さは、彼にとって未来そのものであった。 しかし、アシュフォード周辺には、その新しい合理の心臓を満たすガソリンを売る店など、一軒も存在しない。


 ジャックは、給油のためだけに、機関車で1時間半も掛かるロンドンまで、あの異音を立てる自動車を走らせていく。その様子を見たスカーレットは、「何という不合理」と、思わず笑いを堪えることができなかった。


 ジャックは得々としてロンドンでガソリン入りの5ガロン缶を買って来て、自宅の車庫にストックしていた。しかし、ロンドンへの往復だけで、5ガロン缶一缶分のガソリンを使ってしまうのだ。せっかく買ってきたガソリンも、次にガソリンを買いに行くだけで消えてなくなるという、笑えない自転車操業だった。


 魔法協会会長のルーサーもまた、時代の波の速さに乗り遅れまいと必死だった。 彼の本業の看板には、いつの間にか「蒸気自動車評論家」から、その「蒸気」の二文字が静かに削られ、「自動車評論家」として大陸へと取材に渡っていた。彼は、合理の最先端を追うことで、不合理な秘密を隠し続ける、まさにこの世界の縮図のような人物であった。自動車の世界も新しい動力源を内燃機関にするか電気にするか、迷っているようだった。


 そして、バイオレット・ムーン。 彼女の家は、燃料転換の荒波の中で、文字通り没落してしまった。かつて、ロンドンの社交界で貴族の奥方のような華やかな身なりをしていた彼女は、今や、質素な田舎町の夫人の出で立ちに変わっていた。


「私の本来の姿に戻ってしまったわね。まるで魔法が解けた感じだわ」


「バイオレット、大丈夫なの。お爺さまに支援をしてくれるように話すことも出来るわよ」


 スカーレットが案じて言うと、バイオレットは自らの境遇を悲観することなく、まるで舞台の幕が下りた後のように、けらけらと笑った。


「慣れない社交から解放されただけでもありがたいと思っているの。多少生活が不便でも、最初からそうだったと思えば気にならないし、私には魔法もあるしね」


 彼女のその達観した笑い声は、華やかな富も、合理的な繁栄も、所詮は移ろいやすい幻影に過ぎないという、冷たい真実を語っているようだった。スカーレットはアシュフォード家が没落したらバイオレットのように達観できるかなと考え、多分無理だろうと思った。


 ただ一人、アシュフォード家という揺るぎない富の土台の上に立つスカーレットの生活には、まだ大きな影響は出てきていなかった。羊毛と羊肉のブランドは依然として盤石であり、鉄道からの配当金もすぐに途絶えるわけではない。


 しかし、彼女の心の中は、かつてないほどの戸惑いに満ちていた。


「私の秘密の力は、この新しい時代の中で、いったい何を成すことが出来るのだろうか」


 蒸気機関のボイラーを秘密裏に守るという役割は、新しい合理の波が来れば、いずれは終わる。古い合理が新しい合理に駆逐されていくとき、彼女の持つ不合理な力は、その二つの世界の間に立ち、何をなすべきなのか。スカーレットは、自分が持つ力の新しい活かし方を見いだせず、静かな焦燥を感じていた。


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