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石炭時代の終焉

 ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズの講演会の前後から、まるで冬の嵐が近づくように、石炭の価格は静かに、だが確実にその高値を更新し始めていた。


 合理主義が最も愛した動力源である石炭は、人々の生活と産業の隅々まで行き渡っていたが、その価格は、これまで見向きもされなかった遠い炭鉱の掘削コストや運搬コストといった、「合理の論理」の外側にある要因によって、容赦なく釣り上げられていった。


 アシュフォード周辺の鉄道は、すでに運賃競争という荒波を乗り越え、サウス・イースタン・アンド・チャタム鉄道(SECR)という一つの巨大な組織に統合されていた。そのため、競争による運賃の値下げは起きず、石炭価格上昇の波は、運賃の形で市民の生活に直接的な重圧となってのしかかった。


 石炭がその力を誇示すればするほど、市場はそれ以外の安価なエネルギー源を渇望する。合理の歯車は、新しい可能性を貪欲に探し求めた。


 まずは、夜の闇を照らしていた照明用ランプの油が、高価な鯨油から、安価で大量に手に入る石油(灯油)へと置き換わった。工場で唸りを上げる機械の軸を滑らかにしていた潤滑油もまた、動物性脂肪から、鉱物性の石油製品に置き換えられていった。


 しかし、鉄道の機関車ほどの巨大な馬力を、休むことなく、長距離にわたって供給できる動力源は、未だ石炭以外には存在しなかった。鉄道車両工場は、依然として石炭の蒸気機関に未来を賭けている。


 その一方で、蒸気自動車の時代は、あっという間に終わりを告げていた。 大陸のドイツで発明された、石油ガソリンを燃焼させて力を得るエンジンは、走り出す前にボイラーを焚いて蒸気を溜めるという、蒸気機関特有の「合理に反する待ち時間」を不要にした。その即応性と速度は、人々の要求を満たし、蒸気自動車は、かつてない速さで市場から駆逐されていった。


 ロンドンのタウンハウスに居を構えるヘンリー・アシュフォードは、貴族院議員として、議会や社交界の奥深くで交わされる、こうした燃料転換の状況を、誰よりもつぶさに見ていた。彼は、時代が合理的な蒸気の世界から、石油という新しい合理の時代へと移行し始めていることを理解していた。


 だが、ヘンリーは、燃料転換を加速させるための、いかなる法案にも手を下すことはなかった。彼には、秘密があった。


 合理の砦であるアシュフォード家の財と、彼が名誉会長を務める魔法協会の不合理な秘密。そして、その秘密を必要とする彼の最愛の事業、アシュフォード鉄道車両工場。


 石炭時代の終わりは、彼の持つ「合理と不合理の綱渡り」を、極限まで引き裂く予兆であった。しかし、彼は自ら動くことなく、ただ冷徹な合理主義者の仮面を被り、時代の流れが、彼の秘めたる戦場へと向かってくるのを、静かに待っていた。


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